楽な片恋

藍川 東

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夏 3/3

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 高校生活最後の夏休み。
 その一秒一秒が、なにものにも代え難い宝物になっていく…………

 何年かすれば、そんな感想も出るのかもしれないけれど、目下高校三年生の夏休み、しかも最終日は、友人たちの凄まじい集中力に圧倒されながら、お高いチェーン店の喫茶店で、自腹では絶対頼めないお高いドリンクを、さらにトッピングマシマシで飲んでいる。
 出資者はもちろん、目の前で無言なのに阿鼻叫喚感を出している友人たちだ。
 異常気象といわれている外に比べて、快適な温度が保たれているはずなのに、この周辺だけ、圧縮された空気が熱をはらんでいる。

 「この集中力があれば、わざわざ写さなくても、宿題終わったんじゃない?」
 僕がいうと、
 「やかましいわ。そんな時間が一秒でもあったら、夏を一秒でも多く堪能しつくすわ」
 友人が恨みがましい目で僕を見上げる。それに、
 「その結果が、今、今日なんですね」
 優一朗が笑顔でとどめを刺す。
 これがここ数年の夏休み最終日の、様式美だ。

 図書館ではそのレベルの静けさを守れないし、かといってファーストフードでは滞在時間が長すぎる。
 僕は僕の部屋でもいいといったんだけど、なぜか優一朗が断固拒否。(笑顔でだけど。)
 友人たちも先輩風を吹かすことなく、唯々諾々と従って結果、ちょっとお高めのチェーン喫茶店、で落ち着いてる。
 まぁ、落ち着いているのは、すでに宿題を終えて、友人に提供している僕と、その隣で同じく宿題はとうに終わらせて、一学年上である僕の宿題の回答の監修までした優一朗だけであって、友人たちは、以下前述。
 「ねぇ、さわちゃん、それ、おいしい?」
 優一朗は甘いものが得意じゃないくせに、僕が食べているとねだってくる。
 「ん? 一口食べてみるか?」
 優一朗が呪文のように唱えた名前とトッピングで、僕の前にあるのは生クリームにキャラメルシロップとナッツがかけられまくった、激甘ドリンクだ。
 おいしいけど。
 僕はカップを優一朗に差し出したが、受け取ろうとしない。
 「ひとくち、ちょーだい」
 理知的で精悍な優一朗が、子供のように口を開けて、少し舌を出した。
 ……ここであらぬことを想像してしまうのは、男子高校生の性だと思う。
 他の人間がやったら、ちょっと引くけど、できればこの瞬間を写メって消去絶体不可のフォルダに永久保存したい。
 と、走馬灯のように一瞬で妄想した僕だけれど、現実には周囲の、特に女性からの悲鳴にも似た小さな溜息で我に返った。
 そうだ。
 こんな顔を衆愚に晒してはならない。
 「ん。ほら」
 僕はついていた細長いスプーンで生クリームを掬うと、優一朗の舌に乗せた。
 「うわ。甘い」
 甘いものを食べて、なぜ眉をしかめるのか。これは謎。
 「んじゃあ、ゆうのも一口」
 僕も真似して口を開けて舌を出してみた。
 ま、フツメンの男子高校生がやっても、誰得だけど。
 「ブラックだけど、さわちゃん飲めるようになったっけ?」
 優一朗が、一瞬の躊躇もなく、自分のマグカップを俺に渡してきた。なんか、素早い動きじゃないか?
 「ん? 一回苦いの入れた方が、甘いのが引き立つと思って」
 「ははっ。無限ループ? それじゃあ、お互いに一口ずつあげ合おうか?」
 「別にいいけど」
 そんなにきっちり交互にしなくてもいいんだけどなぁ。
 視線を感じて目をやると、友人たちのジト目にぶつかった。
 低く机に伏して、提供しているノートを自分の宿題ノートにひたすら書き写していた手が、止まっている。
 「これも……この光景を突き付けられるのも、このノートの対価の内なのか。片桐」
 視線は優一朗に向いている。
 「そんな。なにをおっしゃっているんですか、先輩方。みなさんも夏休みは楽しまれたんでしょう? さわちゃんから聞きました。俺が生徒会の用事でいない時に、みなさんで遊びに行ったって。楽しかったですか? もしかして、恋人ができた人もいたりして」
 優一朗がやさしい笑みで、配慮した言葉をいってくるけれど、そんな夏の思い出を作れるような奴だったら、今、この場にはいないんだよ。

 「やめろ。突っ込みは無駄だ。その分、俺たちの貴重な時間が削られていくだけだ」
 「くそっ、俺だって、俺だってなぁっ」
 なぜか友人たちの、ペンを動かすペースが上がった気がする。
 それを見た優一朗は、
 「先輩方、なるべく早く終わらせてくださいね。俺たちこのあと、さわちゃんの部屋で夏休み最後の時間をふたりでゆっくり過ごす予定なので」
 血を吐くんじゃないかと思うほど、ぐはっって息を吐いて、友人のペンが一瞬止まる。
 「ばかっ、見るな、触るな、視界に入れるな。それしか俺たちが生き残る道はないんだ」
 …………ひとつ目と三つ目、一緒じゃない?
 
 でも、この後は僕の部屋で優一朗と夏休み最後の日を過ごす予定だ。
 夕飯は、優一朗の母親の夕夏さんも加わって、餃子パーティーの予定。
 優一朗が作る餃子は、限界まで身が詰まっているのに、形が崩れないので、ほかの4人で争奪戦になる。
 ビールに合うと父さんに好評で、ワインに合うと夕夏さんのお気に入り。ご飯が進むと母さんが絶賛している。
 もっとも、僕は製作者特権で確保した、優一朗の分を横流ししてもらうんで、他の三人よりスタートの位置が高い。
 「楽しみだな、餃子」
 座っていると、立っているときほど身長差がないのはなぜなのか、深く考えたくはないけれど、いつもより顔の距離が近い。
 「そうだね。俺にはさわちゃんが作ったのを頂戴ね」
 惚れているイケメンが、自分を見て微笑んでくれているのを、至近距離で見られるのは、幸せなことだ。
 それが、相手がこちらをまったく意識していなくとも。
 まったく叶う見込みがない恋だからこそ、思うがままに思っていられる。
 わずかでも叶う可能性があれば、それにすがってしまうかもしれないけれど、ゼロになにをかけてもゼロだ。
 だからこそ、片恋を楽しんでいられる。

 「だからなぁ、お前ら。公衆の面前で垂れ流すのやめろ」
 一番進行具合の進んでいる友人が、ペンを止めてこっちを見た。
 「え? なにを?」
 俺が聞くと、
 「だからな、二人の世界っつか「先輩、早くお願いしますね」」
 友人の言葉に、優一朗の声がかぶさった。
 もしかして、優一朗は不快なんだろうか。
 僕の宿題のノートではあるけれど、実質解いたのは優一朗だし。
 それをたかが幼馴染の友人たちに提供する。あまつさえ写させる、っていうのは、真面目な優一朗からしたら、気分の良くないことかもしれない。
 少し不安になって、優一朗を見上げた。
 目が合うと、優一朗は軽く首を振った。
 「別に、宿題を写させるのが嫌なんじゃないよ」
 そういって、僕を見て笑う。 
 「お腹、すいちゃったから」
 僕を見て笑う優一朗に。
 僕は何度でも片恋をする。
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