先生、って呼ばないで!

藍川 東

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プロローグ 昔語りに入るまで

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 ーーーあ。向かって来てるな。
 ルディオはまだ何も見えない空を見上げた。
 急に空を見上げたルディオに、生徒たちが声を上げる。
「せんせー、どうしたのー」
 ルディオはいつもの癖で首筋を掻いた。
「ん? ちょっとなぁー。それで、どこまで話したっけ?」
「英雄ルカスが魔王倒したってとこまで! それで平和になったんだろ」
 子どもたちは英雄やお姫様の話が好きだ。
 みんな生き生きした目でルディオを見上げてくる。
 普段の授業でも、これくらいの熱心さを見せてくれたらいいのに。
 それは新人教師の自分の力量不足か、とやや反省もする。
 とにかく気分を変えるために、教室から出て青空授業にしたのは、悪くない。
 まだ10歳にも満たない生徒たちの集中力を維持するのは、至難の業だとルディオは日々学んでいる。
「それで、英雄ルカスと仲間たちは、人々の平和を見守るため、今も王様のお城にいるって父さんがいってたよ」
「そうだなぁ、先生もそう聞いてる」
「えーっ。お城にいるまんまーっ。たまには故郷に帰ったりしないのーっ。そしたら会えるかもじゃん」
 そうだよー、と生徒たちは口々に賛同の声を上げる。
 英雄ルカスの生まれは、この村からそれほど遠くない。
 村人はは自分たちを『英雄ルカスが生まれた村の隣村』の者だ、といって自慢の種にしている。
 確かに英雄ルカスが生まれ育った村はこの近隣だが、今は誰もいない廃村だ。
 『魔物に襲われて全滅した村』には、禁忌のように誰も近寄ろうとしない。
 それでいて、『英雄ルカス』の名声は高まるばかりだ。
「先生はルカスを見たことあるのー?」
 実は待っていた質問に、ルディオは口の端を上げた。
「先生か? 先生は英雄ルカスを見たことが……ある」
 もったいをつけた答えに、幼い生徒たちは蜂の巣をつついたような騒ぎになる。
「え、えっ。先生、英雄ルカスを見たことあるのっ」
「どうだったっ。光り輝いてるんだ、って父さんいってたけど、本当?」
「おでこの『英雄の証』ってどんな形してるのっ」
「仲間も見たの?。オレ、『疾風のエウク』好きっ」
「あたしは『癒やしのリリファ』! すごいキレイで素敵だってっ」 
「やっぱり『万知のレノルズ』だよ。すっごく頭いいんでしょ」
 それぞれが自分好みの英雄の名を挙げていく。
 憧れとは理解と程遠い位置にある、というのは昔からの言葉だが、本当のことを知ったらこの子達はどんな反応をするのだろう。
 その想像は大人の楽しみとして、ルディオはとっておきの話をするために、腰をかがめて生徒たちに顔を近づけた。
「先生はなぁ、英雄たちが魔王と戦っているとき、ちょっと王都にいたことがある」
 子どもたちの期待が高まっていく。
「先生、それでっ」
「だから、ルカスもエウクもリリファも、レノルズも見たことがある。しかもっ」
 言葉を切ると生徒たちの期待が、いやが上にも高まっていく。
「しかもっ、『英雄ルカス』と喋ったこともあるっ」
 どうだっ、と胸を張ると、生徒たちはわあっと声を上げた。
「先生すげーっ」
「そうなんだよ。先生すごいだろ?」
 『英雄ルカス』のご威光を思い切り使わせてもらう。
 実際話したことはあるので、嘘はついていない。
 もう少し年のいった子どもたちなら、大人をまねて疑ったりもするけれど、まだまだ『先生』を全面的に信じてくれている。
 もう少しだけこの純粋さを持っていてくれ。
 ただし、そのまま大人になったらヤバいからね。
 ルディオは薄汚れた大人の勝手な要望を、生徒たちに押しつけた。ただし心の中。


 ーーーあ、思ったより早い。
 しばらく会わない間に、真面目に修練していたのか。
 随分近づいてきてはいるが、まだ姿は見えない。
 ルディオは生徒たちの気を集めるよう、胸の前で手を叩いた。
「じゃあ、今日の授業はこれでおしまい。明日もちゃんと来いよー」
 はーい、と教えた通りの元気のいい返事して、子どもたちがそれぞれの家に戻るために散っていく。
 その中で、ふと足を止めた子どもがいた。
 この村の中では、飛び抜けて魔法感知力が高い子だ。
「先生ぇ……」
 不安げにルディオの上着の裾を掴んできた。
 ルディオは背中に汗をかきながら、首筋を掻いて笑顔を作って答える。
 「なんか……来る?」
 恐れを含んだ声に、生徒たちの足が止まる。
 英雄ルカスのおかげで平和になったといっても、ここ2年のことであるし、辺境であるこの村では、魔物の気配を感じてきてきた。
 魔物の恐怖は親たちから伝えられている。
 途端にパニックに陥りそうな子どもたちに向けて、ルディオはこの2年で鍛え上げた笑顔で答える。
「よくわかったなぁ。どうやら先生の知り合いが、魔法で飛んで来てるみたいだ。だから今日はこれで解散……」
 空からの来訪者は、豆粒ほどの大きさで見えた、と思ったらさらに加速し次の瞬間ルディオの腹を直撃した。
「ぐえっ」
 事前に足を踏ん張っていたこと。
 地面と自分を魔力の流れで一体化していたこと。
 そして全身に流した魔力で、肉体を強化していたこと。
 ルディオがそのすべてを行っていたので、半歩下がって踏まれたカエルのような声を出すだけですんだ。
 周りに残って目撃した生徒たちも、驚いたものの恐怖を感じている様子はない。
 しかし他の人間、というよりルディオ以外の人間に同じことが起こったら、ぶつかったところから体がちぎれ、血反吐を吐いて倒れていただろう。
 火山から飛ばされてくる岩にぶつかったのと同じほどの衝撃だ。
 上半身と下半身が同じ場所にとどまっていたかも危うい。
 ルディオに空から激突してきたものは、少年だった。
 生徒たちよりは少し大きいようだが、頭はルディオの胸元までしかない。
 ルディオの背に手を回し、しっかりと抱きついている。
 少年はおもむろにルディオの胸元から顔を上げると、満面の笑みでいい放った。
「せんせー、久しぶりー」
 その額には、深紅の『英雄の証』があった。
「ルカス、お前ねぇ」
「だって、先生ぜんぜん来てくれないじゃん。だからこっちから来ちゃった」
 ルディオが説教に入る気配を感じ取ったのか、ルカスは抱き着いたまま後ろの空を振り返った。
「オレだけじゃないし。エウクもリリファもレノルズも。あと大神官様も来るよ。他の奴らも来るっていってたけど、飛べない奴らはちょっと時間かかるかも」
 ルディオが空を見上げると、二人の少年とひとりの少女。そして神官服をまとった、ルディオとそう年の変わらない男がにこやかに手を振っている。
 道の上から、たとえば丘の向こうから歩いて近づいてくるなら、こちらっも微笑んで迎えよう。
 しかし、空を飛んできて、かつ空中から微笑んでくるというのは、魔力量と魔力操作がずば抜けているのが一目瞭然であり。
 そんな知り合いがいると知られた一般人がどんな思いをするか。
 そんな忖度を一切することなく、魔王との戦いを経て『英雄』になった子どもたちが、ルディオの前にそろった。
 拳闘士『疾風のエウク』
 治癒士『癒しのリリファ』
 魔術士『万知のレノルズ』
 そして『英雄 ルカス』
 少年たちはそれぞれが、どんな拙劣な似姿絵でも必ず描かれている特徴をもってルディオの前に降り立った。
「せんせーってば、また稽古つけてくれるっていたのに、なかなか戻ってこねーし」
「そうだよねー。これはもうおごってもらわないとダメ案件」
「新しい魔術を作れそうなので、ぜひご助言をいただきたいです」
 村の『生徒たち』は突然の出来事にぽかんとしたまま動かない。
 多少魔力感知ができる村人が、膨大な魔力が突然現れたことに驚いて家から出てきた。そして『生徒たち』と同じようにぽかんと立ち尽くす。
 他の村人たちも次々と現れては、立ち尽くすか、小声で囁き合っている。
『まさか、なぁ』『まさか、ねぇ』『でもあの証は』『なんでルディオ先生のこと『先生』って呼んでるんだ?』
 ざわざわとざわめきが広がっていく。
 村の生徒たちの親が、自分の子どもを抱えるように、ルディオたちから距離を取っていく。
 向けられるのは、かつて親しみいはしないけれど慣れた視線。
 自分たちと異なるものを見る警戒と、恐れと、滲み出る嫌悪を隠し切れない視線。
 遠くからは称賛の視線を送るけれど、いざ自分の生活圏にいるとなると、異物でしかない。
 まして魔王の脅威が取り除かれた今では、生きている人間ではなく物語として消化してしまいたいのが、『英雄』でない人々の思いだろう。
 獲物がいなくなれば、猟犬はいらないのだ。
 かつての『生徒』たちを預けていた大神官に視線をやると、相変わらずにこやかに微笑んでいる。
 微笑んでいるだけで、言い訳も謝罪も悪気も毛筋一本、砂の一粒の責任も取る気はないのが伝わってくる。
 ため息をつきつつも、まだ抱き着いたままの頭を2年ぶりに撫でる。
「ふへへっ」
 と笑う顔が、2年前よりも近い。
 手を伸ばして、3人の頭も撫でる。
「首もげるってっ」
 陽気に笑う。
「やだ、もうっ。髪ぐしゃぐしゃになるっ」
 気兼ねなく文句をいう。
「あの……。はい」
 照れながらも素直に受け取る。
 この子たちと、そしてこれから集まってくるらしい子どもたちのために、布石を残してきたはずだ。
 もう一度、今度は明確に不満の意思をもって、大神官を見る。
 ザククロシオ国の大神官、ルードルファは『神に愛された姿』と信徒たちが崇め褒めたたえる姿で、少し眉根を寄せた。
 その曇った表情を晴らすためなら、全財産を浄財として神殿に捧げるという信徒が後を絶たないと思わせる容姿を、今は惜しげもなく辺境の小さな村で晒している。
「すまないね。これでも少しはがんばったんだけれど」
「がんばっても、結果がともなわなきゃ、やってないのと同じ」
 生徒には絶対にいわないことを、ルードルファ大神官にいう。
「セルフィリオス王太子が危篤になられた途端、抑えが効かなくなってしまってね。人間の浅ましさと欲深さに、きっと神も驚かれていると思うよ」
 笑顔に戻って答える。
 その瞳の奥が、子どもたちがいる前では絶対に教育上よくない表現をあらん限りに駆使して罵り倒したい輩どもがいる、と語っている。
 ルードルファ大神官の健全ではない精神状態を察し、ルディオは改めて空に向けてため息をついた。
 離しているうちに、村の生徒たちは親たちによってルディオたちから引き離され、大人だけがルディオたち5人を囲んでいる。

 村長をしている魔術師が、ルディオたちを取り前いている輪から、一歩だけ前に出て声をかけてきた。
「この子らは……。いや、この方々は……」
 ルディオは癖で、首筋を掻きながら答えた。
「あぁ。俺の『生徒』たちです」
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