先生、って呼ばないで!

藍川 東

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1.王都に入って王城に行くまで

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 人が多いなぁ、というのが第一印象だ。
 事前に渡されていた許可証を見せて城門を抜けると王都に入った。
 育ってきた辺境の村では、祭の時にしか見かけないような人数が、見渡した通りに溢れている。
 それだけでも驚きなのに、それぞれが慌ただしく動き回っていて秩序があるようには見えない。
 いっそ動き回っていることが目的なんじゃないか、と思ってしまうほどだ。
「せんせー」
 いつもはうるさいぐらいの子どもが、腰にしがみついてくる。
 てっきり王都の賑やかさに興奮するかと思っていたが、逆に気圧されてしまったようだ。
「どうした? ルカ」
 細い方を軽く叩いてやる。
「王都なんて、先生も初めて来たよ。いやぁ、賑やかだなぁ。村とはぜんぜん違うな」
 二人な道の端にいたにも関わらず、後ろから走ってきた荷車にぶつかられそうになった。
「どいた、どいたっ。邪魔すんじゃねぇぞ」
 ルディオがルカスをかばうように避けると、荷車を引く男はすれ違いざまに悪態を吐いた。
 通り過ぎていく背を見ていると、道をまっすぐに進むでもなく、左右に揺れている。
 その先には女性や老人、小柄な子どもたちで、慌てて避けたり、不幸にも荷車にぶつけられたりしている。
 ちゃんと相手を『見分けて』いるのか、値が張りそうな装いをした者や、連れの男がいる女性は避けているようだ。
 倒れ込んだ者に差し伸べらられる手は少なく、ほとんどの物が見て見ぬふりか、さらに邪魔な物のように舌打ちしながら避けていく。
 店の壁際に2人で寄っていると、扉が開き、店主らしき女が桶の水をかけてきた。
「どいとくれっ。そんなとこに突っ立てられちゃ、商売の邪魔だよっ」
 道に並べられた商品の前でもなく、窓も塞いでいない。
 逆によくその場所に立ってるのを、わざわざ店の中から見つけたものだ、とルディオは感心すらした。
 かけられそうになった泥水は、当然避けた。
「せんせー、もう帰ろー」
 ルカスが袖を引いてくる。
 もともと王都に行くことに乗り気ではなかったが、こうも人身が荒んでいるさまを見せつけられると、嫌気がさしてくる。
 ルカスも村では優遇されているとはいえないが、もし転んでたら(もっとも、ルカスが転ぶことなどないけれど)、近くにいる大人は悪態をついたとしても助け起こして、埃を叩いてやり、痛みに耐えたことを褒めて頭を撫でてやっただろう。
 ポケットに乾燥果実でもあれば、口に突っ込んでやるぐらいはする。
 荒っぽくて品もないかもしれないが、自分より弱いもの、小さいものに対して、それくらいの余裕を絞り出している。
 村よりも裕福なはずの王都でほんの一刻も経たないうちに、嫌になってしまった。
「まあなぁ。先生も早く帰りたいよ。お触れだけだったら無視してもよかったんだけど、わざわざ調べにこられて見つかっちゃったからな。とにかく、 『ちゃんとおいいつけ通り来ましたよ』って証だけたてなとな」
「わかってるけどさぁー」
 10を少し過ぎた子どもに、大人の建前と道理を察してくれ、といってもむるな話だろう。
 ルディオは代案を提示した。
「集めるだけ集めたって、選ばれるのは王様とか貴族の子どもたちだろうから、俺達はすぐ帰れるさ。
王様の気前が良ければ、ちょっとは報奨金なんか出るかもしれないし。そしたら」
 なんかうまいものでも食べよう、とルディオは続けよう押したが、ルカスが、
「新しいナイフが欲しいっ。それで先生と一緒に狩りをしながら帰ろうぜ。魔物の皮や角とか売りながら帰れば、俺達2人ならけっこう儲かると思う」
 子どものほうが先見の明があり、感心させられた。
 こんな素晴らしいことを考えつく子どもを教育したのは誰だ。
 ……俺だ。
 と自画自賛もさせてもらうと、ルディオは今日の宿を決めるため、王都の中へ二人で進んでいった。

     ・・・

 大きな辻に立っていた、くたびれた制服の憲兵らしき男に、ルディイオは声をかけた。
「お忙しいところすいません。このあたりに子どもも一緒に安心して泊まれる宿屋はないでしょうか」
「ああん?」
 兵士はあからさまに面倒がっているのがわかる顔を向けてきた。
 ルディオが人並みより背が高いので、見下げようとしたのだろうが、逆に下から見上げるようになった。
「あ? お前には俺がお前に宿屋を教えてやるほど、暇そうに見えんのか?」
「ですから、『お忙しいところ』とお声がけしました」
「あぁ? いちいちうるせーんだよ」
 ひとこというたびに凄んでこようとする兵士に、ルカスは次にいこうとルディオの背を押してくる。
 しかし日々つけている稽古で、ルカスがルディオをまかせたことはない。
「当然、職務に精励してらっしゃってお忙しいところと思いますが、何しろこちらは今日王都に出てきた田舎者でして。しかも子どもを連れているので、安全な宿屋に泊まりたいんです」
「あ? どっから来たんだ、お前ら」
 ルディオが村の名を告げた。
 兵士は鼻で笑うと、ここまでの長旅で汚れているルディオとルカスの身なりを、下から上までジロジロと見た。
「はっ、知らねぇ名前だな。よっぽどのど田舎から来たってんなら、親切な俺様が、お勧めの宿を教えてやってもいいぜ」
 兵士は悪びれない様子で、手を上に向けて差し出してきた。
 ルディオは一応その手を見た。
 間を作っても、兵士は手を引かなかったし、周りからの非難の声も視線も上がらなかったので、ルディオはその手に小銭を落とした。
 村にくる税務感に握らせるより少なめに出してみたが、王都の相場の範囲だったようだ。
 兵士は小銭をチャリっと手の中で鳴らすと、全く当然のように懐にしまった。
「そうだな。王都の治安と民草の安寧を守るのが、我ら憲兵の役目だからな」
 どうやら本当に憲兵のようだ。
「この先に『山猫の巣』って宿屋がある。ちょっと騒がしい場所だが、ガキがいちゃ夜も出かけねぇだろ。俺の名前を出しゃ、いろいろ融通つけてくれるぜ」
 そういうと、店の場所と自分の名を名乗った。
 ルディオは丁寧に礼をいった。
「ご親切に、ありがとうございます。ぜひ行ってみますね」
 そいうって道を進み、話した兵と同じ制服を着た別の兵に同じ質問をして小銭を渡すと、同じ宿を紹介された。
 さらに進んでもうひとりにも。
 二人目の兵は吐く息が酒臭く、頬も鼻も赤く酒焼けしていた。
 三人目の兵は寒くもないのにブルブル震え、見開かれた目は充血していた。
「ねー、せんせー。なんでこんなことしてるの?」
 ルカスから至極まっとうな質問がきた。
「うん。いい質問だよ、ルカ。でもどうしてだと思う?」
 せっかくなので、先生として質問を質問で返してみた。
「今はそうゆーのいいから。なんで?」
 ……生徒にあしらわれてしまった。
 いくらルカスが森の中では鹿よりも速く走り、リスよりも身軽に木々の間を飛び回れる子どもだとしても、人いきれでの疲れは、また別なのだろう。
 少しズレてしまった帽子を深くかぶり直す仕草にも、疲れが見えて、いつもの小生意気なほど元気が感じられない。
 訓練で疲れさせるのはいいが、元気をなくさせるのは先生としてよろしくない。
「おぶってやろうか?」
「いいよ。歩けるし」
「じゃぁ、手をつないでもいいか?」
 ルカスが頷いたので、二人は手をつないで歩いた。
 兵たちがそろって紹介してきた『山猫の巣』亭は表通りから奥まったところにあるようで、歩いて行くうちに周囲は日の暮れないうちから酔っ払いが増えていった。
「どうやら王都は、田舎者には厳しいようだからなぁ。なんとなくそのあたりにいる人に聞いたんじゃ、どんなところを紹介されるかわからないだろ? それだったらせめて制服を着ている奴らの方が、少しはマシかな、と思ったんだ」
「でも、オレから見たって、三人ともちゃんとした兵じゃなかったよ」
「だろうな。俺もそう見えた」
 ルディオは笑って、帽子越しにルカスの頭を撫でた。
 ルカスはその年頃の男の子によくあるように、少しだけ嫌がるそぶりだけみせつつ、そのまま撫でられていた。
「三人とも、同じ宿を紹介してきただろう? 今日泊まるのは、憲兵たちの息のかかったぼったくり宿だ。
 アイツらには、俺たちのことがカモに見えていただろうな。田舎者で子供を連れて王都に出てきたんだ。ある程度旅費は持っている。知り合いの宿屋を紹介して、宿屋がぼった分け前をもらえばいい。
 せっかくのカモなんだから、生かしたまま絞り取って身ぐるみをはがしちまえばいい。
 その後は、生かしてるんだから自力でさっさと田舎に帰ればいい。
 そんなことを考えてるんだろうな。
 と、いうことで、今日俺たちが泊まるのは『ぼったくられるけど、命はとられない安全な宿』ってわけだ」
 どうだ? と生徒の顔を覗き込むと、なんだか大人びた顔でため息をつかれた。
「先生ってさ、見た目によらず屈折してるよね」
 どうやら生徒は疲れてしまって、感受性が変な方向に行ってしまったようだ。
 これは速やかに宿屋に行って、飯を食って休ませなくてはならない。
 ルディオはルカスを抱き上げると、大股で道を進んでいった。
 大柄なルディオが勢いよく歩くと、酔っ払いたちも少し覚めて、道を空ける。
「先生っ。やだっ。降ろしてよっ。恥ずかしいってっ。図星指されてむかついたんだったら、ちゃんと言葉でいえよなっ」
 ルカスの背中と膝裏に腕を回し抱き上げた状態で、ルディオは進んでいく。
「なぁっ、先生ってばっ。なぁ、ってっ」
 ルカスは勘違いをしている。
 ルディオは図星を指されてむかついたのではない。
 生徒のの観察眼が成長したことを、嬉しく思っているのだ。
 だからご褒美に抱きかかえてあげているのであって、断じて図星を指された報復ではない。
 断じて、ない。
 そこのところをわかってもらうため、ルディオは王都の裏通りをルカスを胸に抱えたまま、大股で闊歩していった。

     ・・・

 『山猫の巣』亭の扉を開けた途端、ルディオとルカスは一斉に注目を浴びた。
 二人の風体を、客全員が推し量り終えたところで元の喧騒が戻ってくる。
 カウンターに近づくと、主らしきでっぷりとした男が、汚れた前掛け指を拭きながら奥の厨房から現れた。
「アンタら、運がいいぜ。憲兵の旦那方からウチの宿を教えてもらえるなんてな。ガキ連れで泊まる奴がいるからよろしく、と連絡がきてるぜ。しかも、三人もからな。
 おかげでちゃぁんと、でかめの寝台の部屋を押さえておいてやってる。掃除もばっちりだ。
 料金は前払いで頼むぜ」
 主が示した額は、なかなかに法外な額だった。
「ちなみにこれは、一泊分だ。二泊するなら倍、もらっておく」
 ルディオとルカスが村から王都まで旅してして来た時にかかった宿代の半分近くになる。
 二泊すれば、帰りに残してある旅費が底をつく。
 なかなかいい読みの金額だ。
 ルカスにもわかったのか、驚いた顔でルディオを見上げてきた。
「先生。オレたちそんなすごい部屋に泊まるの?」
 ちょっとうれしそうにも見えたが、ルディオは首筋を掻いた。
「いや、普通の部屋で充分なんだけど。ご亭主。それが『普通の部屋』の料金なんですね?」
「あぁ、そうだよ。お若いの。都では金は回りものでね。財布の中に眠らせておくモンじゃねぇのさ。
 ほら、とっとと出しな」
 宿の亭主は、ルディオとルカスが泊まることが当然といった体で迫ってくる。
 周りの客たちも、いつもの風景なのか、幾人かは人の悪い笑いを浮かべてルディオたちを見ているが、あとは特に興味を引くこともなく、目の前の食事や酒や、馬鹿話に夢中になっている。
「そうかぁ。憲兵への分け前分も三倍になって上乗せされる、ってのは計算外だったな」
 財布の中身を確認しても、減りもしないし増えもしない。
 ルディオが躊躇していると、突然声をかけられた。
「よう、ニイチャン、王都は初めてかい? なんならオレが案内してやってもいいぜ」
 現れた男は、ルディオをカウンターと壁に押しつけるように、体を近づけてきた。
「おい、ヨエル。こっちの客だぞ」
 宿の亭主が少し声を荒げるが、男はへらへらと返すだけだ。
「なんだよ、固いこというなよ。オレの客になった後、そっちの客になればいいだろ」
 目配せしているのは、ルディオたちの金の行方だ。
 どうやら直接宿屋が巻き上げる前に、ヨエルとかいう男が分け前を得る算段になるらしい。
「え~、と。あなたは?」
「オレはヨエルっていって、このあたりの生き字引みたいなもんさ。安心安全な遊び場から、ちょっと刺激にあるとこでも、田舎に帰って自慢できるお楽しみ場まで、とこでも案内してやれるぜ」
 いいながらグイグイ近づいてくるので、自然ルディオも壁に下がっていく」
「いえ、明日には行かなくてはならないところがありますので、あまり時間がないんです」
 愛想笑いでルディオが答える。
 実際、明日の昼過ぎには行かなければならないところがある。
 本当はそれに合わせて王都に来ればよかったのだが、ルカスと一緒に半日ほど王都をぶらつくつもりで早めに来たのだが、王都では田舎者は須らく「カモ」なのだろう。
 よく回るヨエルの口と、馴れ馴れしい態度に目が奪われるように、ヨエルは動いている。
 体の後ろから回された手が、ほとんどの人間には見えない速さでルディオの財布に伸び、そのままヨエル自身の背嚢に放りこまれた。
 なかなかに鮮やかなお手並みだ、とルディオは感心した。当然見えている。
 ルカスはルディオを見上げてきた。
 ちょうどいいので、このヨエルとかいう男には、教材になってもらおう。
 ルディオはルカスに向かって軽く頷いた。
 ルカスはヨエルの死角から後ろに回り、背嚢から二つの物を出した。
 ひとつは自分たちの財布。
 もうひとつは、金の詰まった別の財布。
 スリはf犯行の発覚を防ぐため、擦った財布は捨て、中身だけもらっておくことが多い。
 それを知っていての仕返しだ。
 ルディオにはルカスの動きが見えた。
 ルディオ以外には、誰にも見えなかった。
 ついでにしっかりとルディオの袋に押し込んだ。
 どうだ、とばかりに自分を見上げてくるルカスに、ルディオは頭を撫でてやる。
「おい、このガキはニイチャンのかい? ずいぶん頑張ったもんだな」
 『スリ終わった』と思っているヨエルがルカスを見ていった。
「まさか。この子は俺の生徒ですよ。とても優秀なんで、この子が王都に呼ばれたんです。俺はその付き添いで」
「先生は強いし、なんでも……じゃないけど、けっこういろいろ知っているんだっ」
 いや、そこは『何でも』一択じゃないのか。
 どうだ、とルカスがヨエルに対してルディオを自慢する。
「へぇ、そうかい。坊主、名前はなんてぇんだ」
「ルカス。先生はルカって呼んでいい。施設の人は勝手にルカって呼んでる。先生の名前はルディオっていう」
「施設?」
 ルカスに合わせてかがんでいたヨエルが、ルディオを見上げた。
「俺の伯父夫婦が村で孤児院をしているんです。ルカスはそこで育っているので」
「森にいたオレを、先生が拾ってくれた」
 ルカスにとって『ルディオに拾われた』のは自慢で、村でもよくいっているのだが、聞く人が聞くと心の柔らかい所を刺激されるらしい。
「そうか……坊主も苦労してんだな。ほら、おじちゃんが飴玉やるからよ」
 ヨエルは懐から、大人の親指ほどの大きさの紅い飴玉を出し、ルカスに差し出した。
 ルカスはルディオを見上げ、頷いたのを見てから、手の平を上に向けて飴玉を受け取った。
「……ありがと」
 ちゃんと挨拶とお礼をいうこと、というルディオの教育方針が身になっている。
 ルカスが手の平で飴玉を転がしていると、ヨエルが声をかけた。
「なんだ。食わねぇのか。べつにばっちくねぇぞ」
 いささか気分を害したように、ヨエルはいったが、ルカスの返答はそうではなかった。
「あとで、先生と半分こしてから食べる」
 ルカスの迷いのない言葉に、ヨエルの目が潤んでいる。
 宿の主人もすっぱいものを口に放り込まれたように、くっと顔の中心に口と鼻と目を寄せている。
 聞こえた範囲の客たちも、目元を拭ったり、小さく頷いたりして、ルカスの言葉をかみしめている。
 当のルディオとしては、嬉しさもあるが恥ずかしさが先に立つ。
「ルカ。お前がもらったんだから、お前が全部食べていいんだぞ」
「やだ。先生と食べる」
 重ねられた言葉に、『山猫の巣』亭はしんみりとした感動に包まれていった。
 ルカスは飴玉を握りこまないように、落とさないように気を付けながら、ルディオの鞄の中を探ると、財布を出した。
「お礼に、財布返す」
「へ?」
 見知った自分の財布が、ヨエルの前に突き出された。
 慌てて自分の背嚢を探るが、当然、ない。
「ん」
 改めてルカスが突き出してくる『自分』の財布を受け取って、ヨエルは、
「あぁ、ありがとうな」
 と気の抜けた声で礼をいった。
「うん」
 とルカスが答えた。
 宿中を占めている、感動からの理解が追い付いてこない空白の雰囲気。
 この状況を打破する魔法、剣技があったらぜひ習得した。
 ルディオは切実にそう思った。

      ・・・・・・

 破壊者は外から現れた。
 『山猫の巣』亭の扉が、荒々しく開かれ、憲兵たちが入り込んできた。
「おい。ここに10歳くらいの子どもを連れた奴がきているそうだなっ」
 兵たちは横柄に怒鳴りながら店内を一瞥する。
 子どもを連れいているのは、ルディオしかいない。
 兵たちは一直線にルディオに対した。
 途中テーブルに当たり、テーブルから料理が落ちても、一切斟酌していない。
「ルカスと付き添いのルディオだな。王都への門をくぐりながら、なぜそのまま王宮に来なかった」
「いやぁ、田舎者なので、王都の楽しんでみたくて」
 三人の憲兵のうち、誰かが漏らしたのだろう。
「楽しみたいなら、王宮内でもてなしてくださるとのお話だ。だがその前に、『証』を見せてもらおうか」
 隊長らしき兵が、横柄と生真面目を足してこねたような態度でルディオとルカスを見る。
 ルカスはルディオを見上げ、頷いたのを見てから、深くかぶっていた帽子を抜いた。
 そしてへたっていた前髪をかき上げ、額を晒した。
「『英雄』の証……」
 それを見た兵たちは態度を一変させ、畏怖するようにルカスを見た。
 隊長らしき男が、ルカスに頭を下げる。
「お迎えが遅れて申し訳ございませんでした。王宮へご案内させていただきます」
 後ろに控えていた兵たちも、上の階級の者に対するように、礼を取る。
 田舎者を「カモ」扱いすることも、身代わりの速さも、王都の人間の特徴なんだろうか、とルディオは思った。

     ・・・・・・ 

 『英雄 ルカス』が王都に入ってから初めて接した人間ということは、後に自慢話にできることだったが、兵はルカスの名を聞き逃していた。
 手の中の小銭と、この馬鹿な田舎者から宿屋がぼったくった金の分前のことが頭を占め、歴史の一端に加わる機会を逸してしまった。
 それが幸いか不幸かは、誰にもわからない。
 ひるがえってスリのヨエルは『英雄 ルカス』に会ったこと。話をしたこと。飴玉をあげたことを生涯の語り草にしていた。財布をすったこととすり返されたことは、語らなかったので、なかったことになっていた。
 だが子どもだったルカス出し抜かれたのが悔しかったのか、それともなにかを感じたのか、スリの稼ぎを減らしていき、料理屋を開き、家族を持った。
 客が聞きたがると、厨房から出てきて『英雄 ルカス』について語った。その中に、
「英雄 ルカスはずいぶんとその『先生』に懐いて、全幅の信頼を預けているようだった』
 のひとことが、つけ加えられることもあった。
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