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第一章:廃工場の謎

インシュランス・ワン

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 正式に契約をしてから数週間が経ち、問題ばかりだった事務所と倉庫も、四人の手によって以前の輝きを取り戻してきていた。

修「ようやく終わった……」

 事務所に敷き詰められた新品のフローリング。修はその上に力なく寝ころび、大の字になった。

知哉「結構かかったよな……」

 知哉は部屋の隅に設置された脚立にまたがり、貼り直した壁紙の具合を確認していた。

修「はぁ…… やっぱ、臭いのせいで作業が遅れたよな……」

知哉「まあな。けどよ、あの臭いに耐えてここまでキレイに出来たろ? なんか変に自信がついちまったったよ。これから依頼でいろんなとこに行くだろうけどよ、どんな場所に行っても大丈夫な気がする」

修「確かに。ちょっとやそっとじゃ効かないぞ? 今の俺たちには」

知哉「んで? 未だに家賃の安さの最後の理由を詳しく説明しないってのはどういう了見なの? なんなの? バカなの?」

修「うるせぇなぁ。だからさぁ……」

 修は面倒くさそうな声を出すと、上半身だけを起こして続けた。

修「万が一の問題が起きた時には、俺が先頭に立って解決するって言ってるだろ?」

知哉「そうじゃなくて理由を言えって言ってんだよ俺たち三人は!」

修「はいはい、わかったわかった」

 修の言葉を予想していた知哉は、脚立からふわりと飛び立ち、フライングボディプレスを修に見舞った。

知哉「ザッーシュ!」

修「うおっ!」

 知哉は攻撃が当たると、満足そうに立ち上がった。だが、修がその隙を見逃すわけもなく、ボディプレスのダメージを抱えながらも体勢を整え、カニばさみで知哉を転ばせた。

修「はい、どん!」

知哉「あぶっ!」

修「重いんだよ!」

知哉「うるせぇ! 理由を言えって言ってんだよ!」

修「だから! 時期を見て言うって言ってんだろ!」

知哉「何の時期だよこの野郎!」

 二人が言い合いを始めたとき、昼食を買いに外へ出ていた渡と重が帰ってきた。言い合うバカを見た渡は眉間にシワを寄せた。

渡「大先生、これ……」

 渡は弁当の入ったレジ袋を重に渡すと、騒いでいる二人に飛び蹴りを放り込んだ。

修「あばっ!」
知哉「がすっ!」

渡「うるさいんだよ! 引き戸全開で騒いでんじゃないよ!」

 吹き飛ばされた二人はノソノソと起き上がる。

重「ほら、昼飯だよ」

 修と知哉はその言葉を聞くや否や、目にも止まらぬ速さで重からレジ袋を奪い去った。

修「さてと……」

 臭いもなくなりキレイになった事務机に、修は弁当を規則正しく並べていく。知哉はというと、修の横で人数分の紙コップにお茶を注いでいた。

知哉「これでオッケーっと」

 知哉は自分の頼んだ弁当がある席へ座り、修もそうした。

修「おい、んなとこ突っ立ってねぇで、早く座れよ?」

渡「うるさいよ。引き戸全開で騒ぐなって言ってんの」

重「外まで聞こえるでしょ?」

 二人は説教しながらもイスに腰かけた。

修「悪かったよ。けど知哉がふっかけてくるからさぁ……」

知哉「お前が理由を言わねぇからだろ!」

渡「まだその話してんの? もうほっときなさいよ」

知哉「えぇ!? 何でだよ!」

渡「本人が『その問題で何かあったら俺が先頭に立って解決する』って言ってんだから」

重「そうそう、どのみち痛い目に遭うのは修なんだか、あっ!」

 重の急な大声に驚く三人。

知哉「なんだよ! でけぇ声を出すなよ急に!」

重「忘れてた忘れてた! ちょっと待っててよ!」

 重は席を立つと、ポケットからクシャクシャのレジ袋を取り出した。丸まってはいたが、中に何か入っているようだった。

重「単二の電池を持ってきたんだよぉ」

 リズムに乗せて喋る重は、倉庫へ向かったかとおもうと、ラジカセを手にして戻ってきた。

渡「なにそれ?」

重「はぁ…… これだから平成生まれは……」

渡「ギリ昭和だよ! ラジカセだっていうのはわかってんの! それに、平成生まれでも知ってる人は知ってるよ!」

修「ラジカセをどうしたんだ、って聞いてんだろ教授さんは」

重「どうした? 倉庫のガラクタの中にあったんだよ。んで、電池のところ見たら液漏れしてなかったから使えるかなっと思って、家から持ってきたんだよ」

修「単二の電池を?」

重「うん」

修「5本も?」

重「うん」

修「よく家に単二が五本もあったな。最近はあんまし使わねぇだろ?」

重「なんだか知らないけど、電池はいろんな種類の蓄えがあるんだよ。これが本当の蓄電池なんてね」

渡「あっ、面白いことを言うわけじゃないんだ」

修「いいから飯にしようぜ?」

知哉「じゃあ、いただきます」

重「ちょ、ちょっと! 待ちなさいよ!」

知哉「待つ意味がわからない」

修「だよな」

渡「ゴミはこの袋に入れて」

修「おっ、サンキュー」

 本当に弁当を食べ始める三人に、重は急いで電池をセットすると、事務机の真ん中にラジカセを置いた。

重「はい、スイッチオン!」

 重が電源を入れると、ラジカセは元気に動き出した。

重「おっ! まだ使えるじゃない! どーこの局にしようかな?」

修「流行りモンは勘弁な」

知哉「飯時だから暗いのも勘弁」

渡「今はニュースも勘弁して」

重「急に注文が多いなぁ、レストランかここは!」

修「違うと思いますけど」

 いたって真面目な表情を見せる修に、重はプッと吹き出し笑ってしまった。笑わそうとして逆に笑わせられてしまった重は、修に対しての嫌がらせをすることにした。
 重はアンテナを目一杯に伸ばし、選局のツマミを動かし始める。そして重がツマミから手をひょいと離した途端、修の耳を強かに攻撃する流行りの音楽が流れてきた。

修「ハウッ! ヤメて! 美味しいお弁当がぁ、私の愛おしいお弁当がぁ…… 美味しくなくなってしまう……」

知哉「うるせぇな! 修の声のせいで飯が不味くなるわ!」

修「シゲちゃんよぉ……」

重「なによ?」

修「ゴメンってぇ、お願いしますよぉ」

重「まったくさぁ……」

知哉「大先生さ、あのー、クラシックばっか流してるとこでいいよ」

重「はいはい、ちょっと待っててねぇ」

 重の子供をあやすような話し方が、渡には面白かった。

重「は、はい…… はいっと、入りましたよ! よし、それじゃ、いただきまーす」

 重が手を合わせてそう言うと、他の三人も手を合わせた。

修「ごちそうさまでした」
渡「ごちそうさまでした」
知哉「ごちそうさまでした」

重「はぁっ!? もう食べたの!?」

渡「大先生が遅いんだよ。それじゃ、大先生が食べてる間に……」

 渡は引き出しから一枚の紙を取り出すと、楊枝ようじを加えている修に渡した。

修「ん? なんだ?」

渡「大先生が食べ終わったら、二人でホームセンターへ買い物に行ってきて。それリストだから」

修「おう、わかった。そういや倉庫の二階の電球は?」

渡「一休みしたら知ちゃんと二人で交換するよ。あと二階の部屋のカーペットも敷きなおしちゃうから」

修「オッケー」

知哉「あ、そうだ。明後日の午前中に大ちゃんがコーキングしに来てくれるってよ」

渡「明後日の午前中ね」

知哉「おう。何か明後日は休みなんだと」

修「一日中いるきじゃないだろうな? アイツがいると、作業が進まなくなるぞ?」

渡「一緒になってフザけ出す修が言うんじゃないよ!」

修「いや、だから言ってんだよ、今のうちに」

渡「いま言ったからって保険にならないからね!」

修「インシュランス!」

渡「明後日はずっとこんな感じか……」

修「インシュランス・ワン!」

知哉「インシュランス・ツー!」

渡「よし、今のうちに張り倒しておくか」

修「ごめんなさい、ごめんなさい」
知哉「ごめんなさい、ごめんなさい」

渡「まったくもう…… それじゃ知ちゃん、作業始めるよ」

知哉「おう、やるか」

修「よし、じゃあ大先生、俺たちも行くぞ?」

重「サンサイ、バンザイ! サンサイ、バンザイ!」

修「なんだ、弁当腐ってたのか?」

重「違うよ! 山菜が美味しいって言ってんの!」

修「山菜山菜うるせぇなぁ、シダ植物みてぇーな髪しやがって」

重「アゴにこけを生やしてる奴に言われたかないよ」

修「いいから行くぞ?」

重「はいはい。それじゃ行ってくるよ」

知哉「あいよ、気ぃーつけてな」

修「おう」

 修と重は席を立つと、外の駐車スペースにある軽トラへと歩き始めた。だが二人の後ろからすぐに声が聞こえてきた。

渡「何を買うか覚えてんだろうね?」

 渡が低い声を出した。

修「あっ……」

 修はきびすを返して、事務机に走り寄った。

修「あははは、リストも持ったし、安全運転でいってきまーす……」

 修は再び踵を返すと、逃げるようにして事務所を出て行った。

渡「明日は手の平が痛くなりそうだ……」

知哉「勘弁してくれよぉ」

渡「こっちのセリフだよ!」
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