何でも屋

ポテトバサー

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第三章:さよなら未確認

ナマコとタヌキが入ってた

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知哉「ったく、何でこんなとこまで、荷物を持って歩いてこなきゃならねぇんだよ! 教授さんもよぉ、勉強のできるバカだからよぉ!」

 知哉が前日から軽トラを使うと口酸っぱく言っていたのにも関わらず、渡が和食ドライブスルー『稲穂屋』へ朝食を買いに軽トラに乗っていってしまった。渡がたまにみせる天然ボケである。

知哉「にしても、公園のどの辺…… あらぁ……」

 知哉は公園に入るやいなや、広い芝生エリアの一番奥にあるものを見つけた。それは銀色に光るテントと同じく銀色に光る人物で、地球人がUFOを調べているというよりは、降りたった宇宙人が地球を調べているように見えた。

知哉「よく市役所が許可出してくれたなぁ」

 公の園と書いて公園。つまりは公の場で勝手にテントを設営して研究とはいかない。その公園の管理者や近隣の住民に許可を得なければならない。だが灰田は何でも屋に依頼する前にそれを済ませていたらしい。気になるのは、許可を得る際の灰田の服装だ。
 普通の服なのか、はたまた銀色のまま、つまりは8ピースマイルドチーズで行ったのか。もし、8ピースマイルドチーズで行ったのならば『どうでもいい快挙』を成し遂げたことになる。いやならない。

知哉「灰田さん、おはようございます」

 知哉の声に振り返る灰田。だらしなく伸ばした白い髪が、朝日に照らされて無駄に美しく輝き、風になびく。
 灰田は、大荷物姿の知哉を見ると、不思議そうな顔をして近づいていった。

灰田「どうしたんですか、その格好?」

 こっちのセリフという言葉を、知哉は懸命に飲み込んだ。

知哉「い、いやぁ、軽トラで来る予定だったんですけどね、諸事情ありまして……」

灰田「そうだったんですか? それじゃ大変だったでしょう。どうぞテントの中に荷物入れて下さい」

知哉「あ、どうも。それにしても、とんでもなくデカいテントですねぇ」

灰田「大人十人くらいは余裕で横になって休めますからね」

知哉「十人もですか!? へぇ、じゃ荷物を置くついでに中見せてもらってもいいですか?」

灰田「どうぞどうぞ」

知哉「それじゃちょっと失礼して…… うわ、こりゃ広い!」

 知哉が持ってきた大量の荷物を置いても、狭さをまるで感じさせないテント。広さもさることながら、180センチを超える知哉が屈まなくてもいいほどの高さが、開放感というやつを与えていた。

灰田「そうでしょう? こっちが簡易ベッドで、これがなかなかの寝心地でしてね」

知哉「本当だ、すんごくフカフカしていい感じですね!」

 そのころ。何でも屋の事務所では修・重・椎名の三人が朝食を買いに出かけた渡を待っていた。

修「ん?」

 事務所の少しだけ開いている引き戸から、軽トラのエンジン音が聞こえてきた。

修「勉強の出来るバカが帰って来たぞ?」

 相変わらず調子の悪そうな軽トラの音にうんざりしながら呟く修。

渡「いやぁお待たせ、買ってきたよ。ふぅー、何だか知らないけど混んでてさぁ、ドライブスルー全然進まないんだよ」

修「なんで車で行ったんだよ?」

渡「へ? だってドライブスルー……」

修「はぁ…… まったく、それであだ名が教授かよ? 誰だよ、こんな奴に教授なんつーあだ名をつけたのは!?」

重「修でしょ!」

 重は渡から受け取った紙袋から朝食セットAを取り出しながら答えた。そしてポカンとしている渡に呆れながら教えた。

重「あのね教授さん、知ちゃんはこんなに荷物を抱えてポムポム公園まで歩いていったんだよ?」

渡「へっ? 軽トラに荷物を積んでいけばいいじゃない。まったく何を考えて生きてるんだか……」

 修は近くにあった紙くずを渡めがけて投げつけた。

渡「アイタッ! なにすんの!?」

修「さっきからへっ、へっ、うるせぇんだよ! 屁こき虫かお前は! 肝心かなめの軽トラを乗っていったバカはどこのどいつなんだよ!」

渡「バカって…… あらぁ!?」

修「あらぁ!? じゃねーよ、ったく」

渡「後で電話して謝っておこう……」

修「んじゃ飯食って仕事だ仕事」

 事務所で4人が朝食をとっている頃、知哉はほんの少し、ほんの少しだけうんざりしていた。

知哉「……灰田さん、今度は何の計測器ですか?」

灰田「これですか? これは気温を計るものなんです」

知哉「気温ですか…… あの、さっきから思っていたんですけど、なんかこう、大げさな機械が多いですよねぇ? 気温、水温、体温、風速その他もろもろ。全部ピコピコポンポコと変な‥ ユニークな音をたてて……」

灰田「いやね寺内さん。これは雰囲気を出すために私がわざわざ作ったものなんです。確かに、さっきから調べたものなんてスマートホンやパソコンを使えば全てわかります。ユニークな音なんかたてずにね。けど一つ一つ専用の計測器を使ってユニークな音を立てているとね、不思議とUFOだとか超常現象に遭遇出来るんですよ」

知哉「あぁ、そうだったんですか! へぇー…… でもどうしてなんでしょうね?」

灰田「うーん、類は友を呼ぶってことなんじゃないですかねぇ?」

知哉「なるほど……」

灰田「それじゃ、機材の設置も済んだから一休みしましょうか?」

知哉「はい、それじゃ今コーヒーいれます!」

 可笑しな二人をよそに、江戸川は静かに流れていた。時折、魚が水中から飛び出して水しぶきを上げている。そんな光景を、知哉はいれたてのコーヒーを飲みながら見つめていた。
 そんな時だった。

知哉「ん?」

 知哉は対岸に人だかりが出来ていることに気がついた。気になった知哉が、近くにあった双眼鏡で見てみると、複数の人たちに何やら熱心に話をしている男の姿が見えた。その男は何かを身振り手振りも使って懸命に説明しているのだが、笑い転げる者もいれば、腕を組んで首をかしげている者もいた。

知哉「何の騒ぎだ? ………あっ!」

 その人だかりに見覚えのある男がいた。高校の後輩のポン太だ。もちろんポン太はあだ名で、麻雀の際にポンばかりしていたためにポン太と呼ばれていた。そのポン太を見つけるや否や、知哉はスマホを取り出す。

知哉「…………あぁもしもし? 俺だけど?」

ポン太『知哉先輩じゃないですか! お久しぶりです!』

知哉「おう。あのよ? 今さ、ちょうどお前の対岸にいるんだわ、ポムポム公園に。手を振ってんの見えんだろ?」

ポン太『え!? ……あぁ、見えます見えます! 手を振ってるのが先輩…… ちょっと! 先輩危ない! 先輩の後ろに銀色の、銀色の奴が!』

知哉「あ? あぁ、心配すんな一応あれだ、知り合いだから…… じゃなくて、何の人だかりなんだよ?」

ポン太『え? あぁそのことですか…… ぷっ、だーはっはっはっ! 今そっちにいって話します! だーはっはっはっ……』

知哉「いや、おい! 電話なんだから、いま話せよ! おい! ったく切りやがった」

 テントの中から煎餅を持って出てきた灰田は、ブツブツ言ってる知哉に気がついた。

灰田「どうかしましたか寺内さん?」

知哉「え? あ、いや、バカな後輩がいまして……」

 知哉が灰田に説明している間に、ポン太は原付で橋を渡り、ポムポム公園へとたどり着いた。

ポン太「いやー、お久しぶりです先輩!」

 ペンキや泥で汚れた作業着姿で笑うポン太。

知哉「お前さぁ……」

 知哉はポン太を見て頭を掻いた。

ポン太「どうしました?」

知哉「よくもまぁさっき銀色だ何だと騒いでたな。なんだよこのフルフェイス!」

 知哉はポン太のヘルメットをコンコンと小突いた。

ポン太「何って、先輩の教えの通り、頑丈なフルフェイスにしてるんじゃないですか!」

知哉「そうじゃなくて、なんだよその柄!?」

ポン太「何って、俺の愛するたこ焼き柄のフルフェ…」

知哉「たこ焼き柄なんてねぇんだよ! ご丁寧に鰹節までかけやがって!」

ポン太「わざわざ本場大阪の塗装屋の人にやってもらったんですから!」

知哉「塗装の腕は文句のつけようがねぇくらいの出来だよ! たこ焼き食いたくなってきたよコノ野郎!」

ポン太「まっ、これが平成生まれのハイセンスってとこですよ?」

知哉「ったく、ギリ昭和生まれで良かったよ俺は…… あ、灰田さんすみません、俺の高校の時の後輩でポン太って言います」

ポン太「なんで本名で紹介してくれないんですか! どうも灰田さん、ポン太といいます!」

知哉「訂正しねぇのかよ!」

灰田「あ、どうも、ギン太と申します」

知哉「ボケて返さなくていいんですよ! それで?」

 知哉は何でも屋から持ってきた小さなパイプイスをポン太の為にもう一つ用意した。

ポン太「あ、すみません、ありがとうございます」

知哉「で、なんの人だかりだったんだ?」

ポン太「え? あぁはい! 俺がですね、土手沿いの道路を原付で走ってたら、急に男の人が道路に飛び出してきたんですよ!」

知哉「おぅ、穏やかじゃないな! 大丈夫だったのか?」

ポン太「いや、もうギリギリでしたよ! 急ブレーキかけて止まって、危ないだろって注意しようと思ったら……」

知哉「思ったら?」

ポン太「すごい剣幕で『早く来てください! 飛行機がぁ!』って何回も言うんですよ。なんか切羽詰まった感じだったんで、原付を邪魔にならないように脇に止めたんです」

知哉「うん、それで?」

ポン太「来てくれるとわかったら、もうすごい勢いで俺を原付から引きずり降ろして、引っ張る引っ張る。その間も『こっちです早く!』の繰り返し。それで土手の斜面まで連れていかれたんですよ。そしたらその男、枯草ばっかの斜面の部分を指差して『ここだ!!』って言うんです」

知哉「は?」
灰田「え?」

 話を聞いていた二人は思わずそう言った。

ポン太「俺もお二人みたいな反応したら、『いやだ・か・ら、今ここに旅客機が墜落したんだ!』って言うんですよ」

知哉「はぁ!?」
灰田「えぇ!?」

ポン太「そうなりますよね? だって目の前には何もないんですから。ですからね、一回ちょっと落ち着いてくださいと、最初から順を追って説明してくださいって言ったんです。そしたらその人『私は今から27前に生まれまして……』なんて言うんですよ? いやそういうことじゃなくて、今あった話の……」

 それからポン太の話を聞いて笑わせてもらった二人は、研究そっちのけで自分の持つ笑い話を披露し始めた。知哉が終わると灰田が、灰田が終わるとポン太がといった具合で話し続け、昼食夕食を挟んでも終わらなかった。そう、三人はその日やることを全て放り投げて、バカ話に花を咲かせてしまったのだ。

渡「はぁ、もう九時だもんなぁ。一日って早いんだか遅いんだか……」

 知哉との交代のために、渡は軽トラで公園までやってきていた。渡は軽トラを近くのコインパーキングに停めて公園の中に入っていった。

知哉「いやー笑った笑った、ねぇ灰田さん?」

灰田「いやいやホント! でもまさか中にナマコとタヌキが入ってるとは思わなかったよ!」

知哉「それ言わないでくださいよ! 思い出しちゃうじゃないで‥ ん? おう教授。教授が来たってことは交代の時間だな?」

 渡は知哉に返事をしようとしたが、ポン太に気が付き話しかけた。

渡「あれっ? ポン太君じゃないの、元気そうだね」

ポン太「あっ渡先輩! お久しぶりです! お陰様で元気にやってます!」

渡「それで灰田さん、どうでしたか公園での研究初日は?」

 灰田は笑い涙をぬぐいながら渡に説明した。

灰田「だめだめ! もう知哉君とポン太君とで笑い話に話が咲いちゃってね、ナマコとタヌキだよ? ウサギとマンゴーじゃないんだよ? ナマコとタヌキだって! あーはっはっはっ……」

 渡は知哉とポン太をグッと睨みつけた。

渡「……………おい、お前ら」

 すごんだ声を出す渡。これに一早く反応したのはポン太だった。見た目からは想像もできない渡の怖さを高校時代に味わっているポン太は、文字通りあっという間に帰り支度を整えた

ポン太「それじゃ灰田先生、知哉先輩さようなら! 渡先輩お元気で!」

 引きつった笑顔を見せたポン太は原付に向かって走り出した。

渡「こら! 待てポン太!」

 君付けをやめた渡の制止に従えるわけがないと、ポン太は原付に乗って走り去ってしまった。その後ろ姿を見ていた渡はほんの少しの油断を知哉に見せてしまった。

知哉「……………」

 渡の持つ車のキーを奪い取った知哉の動きは、ポン太の先輩だけあって更に早かった。

知哉「車どうも! それじゃ灰田先輩、渡先輩さようなら! 僕はこれで失礼します!」

 そう言いながら全力疾走で公園を出ていく知哉。

渡「ちょっと知ちゃん! ……まったく。灰田さん、どうもすみませんでした」

灰田「いやいや、そんな、頭上げてよ。久しぶりに楽しい時間だったんだから」

渡「は、はぁ……」

灰田「それで申訳ないんだけど、笑い疲れちゃったから一、二時間ほど横になって休憩してもいいかな?」

渡「はい、どうぞ。もう一、二時間なんて言わずゆっくり休んで下さい。FYEは私が探しておきますので」

灰田「そう? それじゃお言葉に甘えて休ませてもらうね……」

渡「はい」

 渡は灰田がテントの中に入ったことを確認すると、ふぅーっと息を吐いて空を見上げた。千葉とはいえ都会とは川一本の近さ。夜空も寂しげで、星の数もその気になれば数えられる数しか輝いてない。渡はそんな空があまり好きではなかった。が、今回の依頼にはもってこいの夜空だと思っていた。光るものが少ない分、UFOが見つけやすそうだったからだ。
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