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04.姉上の身代わり悪役令嬢を頑張る事にした

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「殿下…近いです」

腰に腕が回されて密着度が高くなる。あまりの近さに殿下の胸を軽く抑えて注意するが普段から剣術や体術で身体を鍛えられている殿下にはびくともしない。
あの後、美味しいランチにデザートまでご馳走になって、教室まで送ってくれるという申し出を断らずに長い廊下を好奇に満ちた視線に晒されながら歩いている訳だけども。

「どういう訳か最近はエリザベートの後釜を狙うご令嬢が増えてね。結構迷惑してるんだよねぇ」

たぶん母様のせいだろう。
社交界を好きにブン回しちゃってるからなぁ…。

「…それはすみません。でも密着する理由とどんな関係が?」
「婚約中はせめて女性避けになって貰えるとありがたいんだけど」
「でも次の婚約者を選ぶ機会を減らしてしまう事になりませんか?」
「君は自分の婚約者を変にすり寄ってくる有象無象の中から選びたいと思うかい?」
「それは…ちょっと」
その気持ちは侯爵家嫡男としては痛いほどよく分かる話で。

「はぁ…そういう事なら」
「だからこそ、こうやって仲睦まじい姿を見せておかないとね?」
鼻先をちょんと指で押して悪戯な笑みを向ける。
それにしても近すぎるんだってば。
端正な顔立ちとはまさな彼のような事を言うんだろうな、なんて思う。
「殿下」
「…トール、って呼んで」
「………は?」
「トール」
「それはいくらなんでも…。それに姉様だって呼んでなかったですよね?!」
小声で抵抗する。周りに聞こえないぐらいの声量で話すように注意は忘れない。
「リューは友達でしょ?」
いや、姉の婚約者としか思ってませんでしたけども。
絶対権力の前では逆らえない。
というかNo以外の答えは聞いてないって顔で微笑むのやめて欲しい。なんか怖いから。
「…トールさ、ま」
「様はいらないのになぁ」
「そこは譲れません!」
半分涙目で訴えると困ったように眉を下げて、はいはいと軽くあしらわれてしまった。
長すぎる廊下にうんざりしながら教室へ向かって歩いていると、何かを探しているような鮮やかなピンクの髪色した少女と一瞬目が合った。
目が合った、はずなのに急にこちらに向かってくるスピードがあがり、殿下を危険に晒すわけにはいかないので咄嗟に殿下の前に立ち身構えると勢いそのままに少女は僕にぶつかってきた。
まだ細身の僕は易々と彼女の勢いに吹き飛ばされ、壁に激突した。

あぁ…情けない。
僕だって男の子なのに。

倒れ込みながら見た殿下は無事そうだったから、名誉の負傷だよね。
痛みに堪えながら立ちあがろうとすると軽々と横抱きにされて何故だか怒っている殿下と目が合った。

「痛むところはない?すぐに医務室へ向かおう」

「いたーい!!あぁ、わたしったらおっちょこちょいだからまた人にぶつかってしまったわー!本当にごめんなさぁい!!」

…棒読みである。

この疑わしき少女を困惑した目で見ていると殿下の護衛が駆け寄り取り押さえた。

…まぁ、そうなるよね。

「ちょっと!!わたしなにもしてないじゃない!!!ただぶつかっただけよ!そこは王子様が助けてくれるんじゃないの?!」

妄言まで吐き出したのだから、そのまま護衛たちに連行されるよね。うん。

「殿…トールさま、わたくしは大丈夫ですわ。だから降ろして下さいませ」

殿下、って言おうとしたら目元が鋭くなるのなんでなの?!
言い直したらふんわりと笑ってくれたから僕は護衛に連行される事はないはず。

「本当に?調べた方がいいんじゃない?後から痛くなったり、後に残ったりしては大変だよ?」
「痛くなったらちゃんと医務室へ向かいますから、ね?」
おねだりする時は上目遣いで目を潤ませれば誰も断ることができないって姉様が教えてくれたのを思い出してその通りにする。

その通りにしたのに殿下は片手で顔を覆ってそっぽむかれてしまった。

姉様のウソツキ!!!
耳が赤くなるくらい怒ってるじゃん!

だけど殿下はちゃんと降ろしてくれたので、姉様は間違ってなかったのかな。

「ほら、大丈夫ですよ?」
降ろして貰ったので無事だと言う意味も込めてくるりんくるりんと二回転して見せる。
…何故か笑われた。

「あんまり可愛すぎると攫いたくなっちゃうから、ほどほどにして貰えないかな?」
「…なんの話です?」
「こっちの話」
「…はぁ」

その後はくだらない談笑をしながら僕の教室へと向かった。


「もう少し話をしていたかったのに、エスコートの時間は終わりのようだね」
「ありがとうございました」
やっと腰から手を退けてくれたので、そそくさと教室の中に入り、でもそれはさすがに失礼かと思い、振り返ってきちんとカテーシーをする。
「…放課後は迎えに来るよ。少し待ってて貰えるかな?」

いやなんですけど。
素直に眉を顰めたら笑われてしまった。
本当にいやいやなんですけど
「わかりました」
短く了承を伝える僕に苦笑しながら手を振って去っていく殿下の背中を見送って自席に着く。

なんの動揺も他人には見せる訳にいかないから、背筋を伸ばして次の授業の準備を始める。
殿下の登場のせいで騒つく教室内をなるべく気にしないようにすました顔を作る。
内心は授業以外での難問が多過ぎて、今すぐ机に項垂れたいけれど外での姉様のイメージを僕が壊すわけにいかない。


「あの…、すみません。わたくしのような下位のものから話しかけてしまって」
「アカデミーではそういった気遣いは無用ですわ」
「それでも気にされる方はいらっしゃいますので…」
「そうですね。懸命なご判断かと。…それでどのようなご用件ですの?」
「あの…これ。アスター嬢がお使いになるような品ではないのですが、タオルを冷やしてまいりました。先ほどの廊下での出来事、実は拝見しておりまして…」
令嬢に言われて見てみると先ほどぶつけたであろう左手の甲が腫れている。
「お気遣いありがとうございます。こちらお借りしますね」
よく冷えたハンカチを充てると腫れていた事がわかるくらいに熱を吸っていく。
「あの…お名前を伺っても?」
「あ!はい!!名乗らずにすみませんっ!シュバルツ子爵家の三女ユリアと申します。どうぞお見知りおきを」
「ユリア様ね。私はアスター侯爵家嫡な…いえ嫡子。エリザベートよ。ベスと呼んでくれると嬉しいわ。シュバルツ領の棉花は上質でお母様のお気に入りなの。鮮やかな糸が販売される度に購入してるのよ」
「そうなのですね!それはとても嬉しいです!ベス様、わたくしはユリアとお呼び下さいっ」
「えぇ、ユリア様。こんな優しい方と知っていたらもっと早くにお知り合いになりたかったわ。ハンカチも洗って返すわね」
「いえ!高いものでもないので捨ててくださって結構です!」
「こんなに細かな刺繍が施されてるのに…絵柄も牡丹や百合がとても美しくて上品なのに捨てるなんて出来ないわ」
「…私が指したのです。もしお気に召して頂いたのならベスさまに見合う生地で準備しますので…」
「これがいいの。とても手触りが良くて触れてる箇所もヒリヒリしないのよ?十分素敵だわ」
「…ありがとうございます」
顔を真っ赤にしながら、ユリアは僕の前に座った。
…前の席だったのか。
そんな事も気付けないくらい余裕がなかったのかな。


教室にベルが鳴り響いて午後の授業の開始を告げる。
午後が終われば家に帰れる。
…放課後にまた一波乱ありそうだけど、ちゃんとウチに帰れるのかな、僕。
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