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第一章 魔獣の刻印

12 友

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 レンブル城での生活はさして王都とは変わりなく、執務をするロイゼルドの補佐や騎士達の訓練に加わる事が主である。
 たまに街や城の外まで巡察に行くのについて行くこともあったが、概ね平和であった。

 というのはエルディアに限ってのこと。
 ロイゼルドは新しく副団長になり騎士団の細々とした管理の仕事が回って来ているようで、以前ほど一緒にはいられない。
 手伝える仕事であれば手伝うのだが、レンブル城では新参者のエルディアには手が出せないものが多くあり、そんな時は一人で訓練したり街の外へエルフェルムの件の聞き取りに行ったりもしていた。

 だが、やはり七年も前の事件なのでなんの収穫もない。
 父がだいぶん捜査した後だ。
 フェンリルが向こうからやって来るのを待つしかないのだろうか、だんだんそう思ったりもするようになってきていた。
 
 こちらに来てからは騎士団の従騎士は自分以外におらず、エルディアは少し寂しかった。
 しかし、年上の騎士達がなにかと気には掛けてくれている。ロイゼルドの代わりに稽古をつけてくれたり、レンブルに出現する魔獣や地理、隣国の情報なども教えてくれていた。
 
 

 ある日いつものように騎士団の訓練で城の広場に集まっていたとき、建物の隅からこちらを伺う少女の姿が見えた。
 
(リゼット嬢だ)
 
 エルディアはくすりと笑った。
 父に見つからないようにと思っているのだろうか、植え込みに隠れるようにしている。その視線の先にはロイゼルドがいた。
 キラキラ輝く目で想い人を見つめている様子はとても可愛らしい。
 
 周りの騎士達も彼女の存在に気がついているようなのだが、あえて知らないふりをしている。
 いつものことなのだろう。
 見つかっていないと思っているのは本人ばかりなり。
 皆が心あたたかく無視する中少女はしばらく隠れていたが、植え込みから虫が出て来たらしくキャアと叫んで飛び上がった。
 
 耐えきれずエルディアは吹き出した。訓練中にもかかわらず、腹を抱えてうずくまる。
 王宮では完璧な所作の淑女ばかり見ていたので、こんなに天真爛漫な令嬢は初めてだったのだ。

 何もしていないとはいえ目に余ったのか、ヴィンセントがツカツカと歩いて行ってつまみ出してしまった。
 

「お父様、横暴ですわ!」


 抗議している声が聞こえてエルディアは更に笑いが止まらず、他の騎士に『こら!』と小突かれた。
 


 
 訓練後、先に執務室に戻ったロイゼルドのもとへ向かっていたエルディアは、再び廊下の柱のかげから覗く赤い頭に気がついた。

 じっとりした視線を感じる。
 それもあまり好意的な感じではない。

(さっき笑ったのを見られてた?)

 気まずい思いをしながら横を通り過ぎようとして、思いなおして立ち止まった。
 不興をかったのであれば謝っておくほうが得策だろう。

 振り返ると、リゼット嬢は臆することなくじっとこちらを見ている。
 しかし話しかけては来ないので、なんでだろうとエルディアは首を傾げた。
 何か言いたそうなのだが。
 

「何か僕に御用ですか?」
 

 思い切って話しかけてみる。
 すると彼女は唇を可愛らしくとがらせて、仕方なさそうに口を開いた。
 

「侯爵家の方なんでしょう?」
 

 は?なんの事だろう。
 
 怪訝な顔をするエルディアに、リゼット嬢は胸を張って淑女の礼カーテシーをした。
 

「レンブル侯爵家のリゼット・レンブルです」

「………エルフェルム・マーズヴァーンです」
 

 なんだかわからないが、挨拶されたのでエルディアも返す。
 

「お父様に身分の高い方には自分から話しかけてはいけないと言われましたの」
 

 成る程、それで目につくように立っていたのか。
 確かに同じ侯爵家でも家格はマーズヴァーン家の方が上だ。

 リゼット嬢はまじまじとエルディアの顔を近くで見ると、ふうと大きくため息をついた。
 

「本当に男の方なんですのね。失礼しましたわ」
「はあ………」
 

 なんだか深刻そうな様子である。
 よく見ると愛らしいピンクの唇が震えていた。
 可愛いな、と思いつつエルディアは何故この令嬢がこんなに衝撃を受けているのかわからない。
 

「それで、僕にどのような御用件ですか?」
 
「わたくしはずっとロイ様………ロイゼルド様に求婚してきましたの」
 

 聞いています、とエルディアは頷く。
 

「わたくし、結婚相手は自分で決める主義ですの。十歳の時ロイ様に出会ってからずっと大好きで、絶対に恋人にして頂こうと頑張ってきましたのよ」
 

 貴族の令嬢にしては変わっているが、まあ団長が許しているならそれもありだろう。
 

「でも、ずっと相手にしていただけなくて」

「はあ………」

「ロイ様がそっちの方だったなんて…………」
 

 なんの話だ?
 エルディアの目が点になる。
 

「このわたくしが恥を忍んでベッドに潜り込んでも追い返されたのは、そういう事でしたのね」
 

 本当にやっていたのか。
 エルディアはブッと吹き出した。
 

「こんな化け物みたいな美形を連れて帰るなんて、ショックでたまりませんわ」
 

 なんか酷い事を言われている気がするが、エルディアは黙っていた。
 堪えようと口がむにむにする。
 

「ロイ様が男色家だったなんて!おまけに相手がこんな女より美人だなんて耐えられませんわ!」
 

 とうとうエルディアは堪えきれずに爆笑した。
 

「あはははは!」
 

 腹を抱えて笑う。
 

「笑い事ではありませんわ!」
 

 リゼット嬢が真っ赤になって怒るが、エルディアの笑いは止まらない。
 

「ご、ごめん……ふふっ……ちょっと面白すぎて、止まんない」
 

 そのうち息が続かなくてヒーヒー言う。
 

「笑いすぎですわよ」

「い、いや、ごめん………一体どうしてそんな考えになるのかわかんなくて………楽しすぎる」

「んまっ!わたくしの目は誤魔化されませんわよ。ロイ様の貴方を見る目が違いますもの。ロイ様は奥手で色事にはとんと鈍いのですけど、貴方に対する態度は恋人のようですわ」
 

 食い下がるように言い張るが、エルディアは笑いすぎて痛くなったお腹を抑えて涙を拭いた。
 

「リゼット様、いえリズとお呼びしても良いですか?」

「いいわ」
 

 こくりと頷く。
 

「僕のことはエルとお呼びください。僕はロイの従騎士です。恋人ではありません。ただ、騎士と従騎士の繋がりは時に恋人のように深いのは確かです。ロイは過保護なのでそんなふうに見えるのかもしれません」

「そうなの?」
 

 可哀想なので男色家の誤解はしないであげてくださいと伝えると、リゼットは素直に信じてくれたようだった。
 

「エルはそんなに綺麗なのは、何かしてるの?」
 

 誤解が解けて気が晴れたのか、リゼットが質問してきた。
 特に何もしていないのだが、どうやらヴィンセントに化粧云々言われて気にしているようだ。
 

「僕はしてませんが、王都では色んな化粧品が出回っていますよ。リュシエラ王女が使っているものは知っていますので、お教えしますよ」
 

 王女の小姓をしていたのでよく知っています、と言うと、途端に菫色の瞳がキラキラ輝いた。
 

「お願い!」

「そのかわりと言ってはなんですが………」

「なあに?」

「僕と友達になってください。近い年齢の人がいなくて少し寂しいのです」

「いいわ!」
 

 即答してからリゼットは少し考えて、エルディアの顔をのぞき込む。
 

「もしかして口説いてる?」

「ちゃんと騎士になるまでは誰も口説きません」

「じゃあいいわ」
 

 二人は顔を見合わせ、にっこり笑って握手した。
 エルディアは同性の友達が出来て嬉しくなった。
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