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第一章 魔獣の刻印
15 初陣2
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ザクザクザク
馬が大地を踏みしめる。その音は鈍く湿っている。
流れ出した血が染み込んだ土は極々小さな泥濘《ぬかるみ》をつくり、その上を歩いた馬の蹄に泥をこびりつかせる。
時折踏みつけた死体の骨がポキリとなる。
その容易さは瞬時に奪われてしまった命の軽さを表しているようだった。
辺り一面草原のように矢が突き立っている。
その矢の下には倒れた兵士や馬が転がっていた。
そのほとんどがエディーサ軍の服を着ている。
しかし、中には踏み潰されて形を留めていないものもあった。
敵に打撃を与えて高揚したトルポント兵が、新たにそれらを蹄にかけ踏みつけてゆく。
彼らの前方ではいまだ激しい土煙があがっていた。
パタ………
通り過ぎかけた一人の男の足下で、馬の死体が動いた。
「?」
手綱を引いて馬の足を止め、よく見ようと目を凝らした時、フッと目の端から何かが消えた。
キン、と小さく金属の擦れたような音がした瞬間、
「ぐわっ!」
何が起こったのか………
男は震える手で首を押さえた。いや、抑えようとしたが、それは硬く尖った物に阻まれる。
男の喉から剣の先が生えていた。
ヌルリとした感触が革手袋の上からも感じられる。
「ングォッ………」
それが引き抜かれた直後、一気に噴き上がった血の塊が気道を塞ぎ、男は喉を掻きむしって落馬した。
絶命の瞬間、男はさっきまで自分のいた馬上を見上げた。
そこには銀色の光を放ち、冷ややかに彼を見下ろす少年が立っていた。
「何だ、こいつは!」
仲間の異常に気付き、周囲の騎士が振り返る。
彼らは一瞬声を失った。
馬の上に少年が立っている。まるで平らな地面に立つように。
堂々と胸を張り、全身を赤い血に染めて、まるで銀の糸を編み上げたような髪を風にたなびかせていた。
太陽がその上から燦然と降り注ぎ、眩しいほど光り輝いている。
少年の顔は怖ろしく端麗で、あまりにこの場に不釣り合いで一種異様な感覚に襲われた。
「お前は………」
少年がニイッと笑みを浮かべる。
「エディーサの!」
騎士は少年めがけて剣を振り下ろした。
しかし、少年は不安定な馬の背中から驚異的な跳躍力で宙へ跳び、騎士の頭上から剣を振り払う。
「うわっ!ぐっ!」
鮮血の飛沫が辺りを染め、剣を持った騎士の腕は肩から千切れて消えた。
少年は絶叫する男の背中を蹴り飛ばし、次の標的の上へ跳躍する。
そこへ幾本もの槍が突き出されたが、少年は宙を一回転して軽々と避けると、また一人の首を斬り落とした。
それはトルポントの兵にとって悪夢のような光景であった。
たった一人の子供によって一個団隊の騎士達がいいようにあしらわれ、確実にその数を減らしてゆく。
それは普通の戦いではなかった。
少年は羽が生えているかのように身軽で、その姿が宙に舞っては正確に甲冑の隙間を狙って相手の喉を掻き切り、腕を切り落とし、腹を突き通す。
馬は少年の程の良い飛び石のようなもので、それから離れられない騎士達は身動きできないも同然である。
取り囲もうとしても小柄な身体は彼らが目で追うよりも早く、次々と仲間を血祭りにあげてゆく。
闇雲に剣を振り回しても、密着した味方の身体を傷つけてしまうだけ。
矢で狙おうにも少年は騎士達の背後をすり抜けてゆくので放てず、宙に飛び上がった時を待っても動きが速すぎて狙いが定まらない。
放たれた数本の矢は味方の身体に突き立った。
「ば……化け物だ………」
そう呟いた男は、ぱっと目の前が暗くなったかと思うと、次の瞬間には腹部が深々と裂け熱い鮮血が甲冑を染めた。
やけつくような痛みはすぐに、遠くなる意識の中に消えた。
「エルじゃないか!」
奪った馬に跨って周囲の敵を蹴散らしていたエルディアは、突然聞き慣れた声に呼ばれた。
「ロイ!」
前方から敵を斬り結んでロイゼルドが現れた。
出陣の際には目にも鮮やかな青色だったマントが、今は返り血でどす黒く斑らに染まっている。
「エル、何でこんな所に?」
「ここはロイの隊?」
どうやら隊からはぐれているうちに陣形が変化しているようだ。
エルディアのいた隊はほぼ壊滅状態だった。トルポントはエディーサ軍の右翼を背後から破って退路を確保したようだ。
「情勢は?」
「エディーサが持ち直した所だ。あと少しで状況は逆転するはず。それより、エル、甲冑は?」
「捨てました」
わずかに小手と脛当てだけ残し、ぼろぼろに裂けたマントを羽織っている。
「矢が刺さるぞ」
「飛び回るにはあれは重いので。矢を使えないようにしているので大丈夫です」
風の魔法で防御している。
「まだ行く気か?」
「行きます」
まだ敵の士気が高く優勢だ。
こちらの王都からの援軍が着く前に退却の時期を計っているようだが、これではなかなか引くまい。
長引けばこちらの被害が多くなる。
「少しでも力を削いでおきます」
もう何本目かもわからない剣を握りしめた。
この剣もだいぶん刃に血肉が絡まり、もう突き通すしかできない。
さて、どこから新しいのを貰おうか。
エルディアは馬の脇腹を軽く蹴った。
再びトルポント兵の中へ一騎飛び込んでゆくと、次々と血祭りにあげていった。
この戦いが終わった時、エルディアが切り捨てた敵兵の数は数えきれなかった。
レンブルの騎士団の中で従騎士の成したその功績はひそやかに語られ、王都へも伝えられた。
その後、休戦の講和に来たトルポント王国の高官は、その少年の凄まじい戦いぶりに恐怖と敬意を表したのだった。
馬が大地を踏みしめる。その音は鈍く湿っている。
流れ出した血が染み込んだ土は極々小さな泥濘《ぬかるみ》をつくり、その上を歩いた馬の蹄に泥をこびりつかせる。
時折踏みつけた死体の骨がポキリとなる。
その容易さは瞬時に奪われてしまった命の軽さを表しているようだった。
辺り一面草原のように矢が突き立っている。
その矢の下には倒れた兵士や馬が転がっていた。
そのほとんどがエディーサ軍の服を着ている。
しかし、中には踏み潰されて形を留めていないものもあった。
敵に打撃を与えて高揚したトルポント兵が、新たにそれらを蹄にかけ踏みつけてゆく。
彼らの前方ではいまだ激しい土煙があがっていた。
パタ………
通り過ぎかけた一人の男の足下で、馬の死体が動いた。
「?」
手綱を引いて馬の足を止め、よく見ようと目を凝らした時、フッと目の端から何かが消えた。
キン、と小さく金属の擦れたような音がした瞬間、
「ぐわっ!」
何が起こったのか………
男は震える手で首を押さえた。いや、抑えようとしたが、それは硬く尖った物に阻まれる。
男の喉から剣の先が生えていた。
ヌルリとした感触が革手袋の上からも感じられる。
「ングォッ………」
それが引き抜かれた直後、一気に噴き上がった血の塊が気道を塞ぎ、男は喉を掻きむしって落馬した。
絶命の瞬間、男はさっきまで自分のいた馬上を見上げた。
そこには銀色の光を放ち、冷ややかに彼を見下ろす少年が立っていた。
「何だ、こいつは!」
仲間の異常に気付き、周囲の騎士が振り返る。
彼らは一瞬声を失った。
馬の上に少年が立っている。まるで平らな地面に立つように。
堂々と胸を張り、全身を赤い血に染めて、まるで銀の糸を編み上げたような髪を風にたなびかせていた。
太陽がその上から燦然と降り注ぎ、眩しいほど光り輝いている。
少年の顔は怖ろしく端麗で、あまりにこの場に不釣り合いで一種異様な感覚に襲われた。
「お前は………」
少年がニイッと笑みを浮かべる。
「エディーサの!」
騎士は少年めがけて剣を振り下ろした。
しかし、少年は不安定な馬の背中から驚異的な跳躍力で宙へ跳び、騎士の頭上から剣を振り払う。
「うわっ!ぐっ!」
鮮血の飛沫が辺りを染め、剣を持った騎士の腕は肩から千切れて消えた。
少年は絶叫する男の背中を蹴り飛ばし、次の標的の上へ跳躍する。
そこへ幾本もの槍が突き出されたが、少年は宙を一回転して軽々と避けると、また一人の首を斬り落とした。
それはトルポントの兵にとって悪夢のような光景であった。
たった一人の子供によって一個団隊の騎士達がいいようにあしらわれ、確実にその数を減らしてゆく。
それは普通の戦いではなかった。
少年は羽が生えているかのように身軽で、その姿が宙に舞っては正確に甲冑の隙間を狙って相手の喉を掻き切り、腕を切り落とし、腹を突き通す。
馬は少年の程の良い飛び石のようなもので、それから離れられない騎士達は身動きできないも同然である。
取り囲もうとしても小柄な身体は彼らが目で追うよりも早く、次々と仲間を血祭りにあげてゆく。
闇雲に剣を振り回しても、密着した味方の身体を傷つけてしまうだけ。
矢で狙おうにも少年は騎士達の背後をすり抜けてゆくので放てず、宙に飛び上がった時を待っても動きが速すぎて狙いが定まらない。
放たれた数本の矢は味方の身体に突き立った。
「ば……化け物だ………」
そう呟いた男は、ぱっと目の前が暗くなったかと思うと、次の瞬間には腹部が深々と裂け熱い鮮血が甲冑を染めた。
やけつくような痛みはすぐに、遠くなる意識の中に消えた。
「エルじゃないか!」
奪った馬に跨って周囲の敵を蹴散らしていたエルディアは、突然聞き慣れた声に呼ばれた。
「ロイ!」
前方から敵を斬り結んでロイゼルドが現れた。
出陣の際には目にも鮮やかな青色だったマントが、今は返り血でどす黒く斑らに染まっている。
「エル、何でこんな所に?」
「ここはロイの隊?」
どうやら隊からはぐれているうちに陣形が変化しているようだ。
エルディアのいた隊はほぼ壊滅状態だった。トルポントはエディーサ軍の右翼を背後から破って退路を確保したようだ。
「情勢は?」
「エディーサが持ち直した所だ。あと少しで状況は逆転するはず。それより、エル、甲冑は?」
「捨てました」
わずかに小手と脛当てだけ残し、ぼろぼろに裂けたマントを羽織っている。
「矢が刺さるぞ」
「飛び回るにはあれは重いので。矢を使えないようにしているので大丈夫です」
風の魔法で防御している。
「まだ行く気か?」
「行きます」
まだ敵の士気が高く優勢だ。
こちらの王都からの援軍が着く前に退却の時期を計っているようだが、これではなかなか引くまい。
長引けばこちらの被害が多くなる。
「少しでも力を削いでおきます」
もう何本目かもわからない剣を握りしめた。
この剣もだいぶん刃に血肉が絡まり、もう突き通すしかできない。
さて、どこから新しいのを貰おうか。
エルディアは馬の脇腹を軽く蹴った。
再びトルポント兵の中へ一騎飛び込んでゆくと、次々と血祭りにあげていった。
この戦いが終わった時、エルディアが切り捨てた敵兵の数は数えきれなかった。
レンブルの騎士団の中で従騎士の成したその功績はひそやかに語られ、王都へも伝えられた。
その後、休戦の講和に来たトルポント王国の高官は、その少年の凄まじい戦いぶりに恐怖と敬意を表したのだった。
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