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第二章 生き別れの兄と白い狼
1 リズの場合
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レンブル侯爵令嬢リゼット・レンブルは面白くなかった。
気の合う従騎士エルフェルムがフェンリルとの戦いで大怪我を負い、そのせいで王都に戻ってしまったのだ。
「このわたくしに一目も会わずに行ってしまうなんて」
親友と思っていたのでちょっと怒っている。
実は討伐から帰った彼を心配して城の医務室に押しかけたのだが、父ヴィンセントに治療の邪魔だとつまみ出されたのだ。
仕方がないのでエルフェルムの部屋に行って待ち伏せしようかと思ったが、憧れのロイゼルドに、彼はしばらくここには戻って来ませんよと諭されてしまった。
よっぽど怪我が酷かったのだろう。
さらに面白くないのが、王都から来たエルディアとか言う絶世の美少女が、ロイゼルドに常に護衛されることになったことだ。
彼女は美しい黄金色の髪とエメラルドの瞳をした、陶器人形のように美しい少女だった。
エルフェルムの双子の妹だそうで、どおりでそっくりな顔をしている。
彼から妹がいるとは一度も聞いたことがなかったが、それには理由があったようだった。
騎士達の噂によれば、彼女は不死の魔獣フェンリルを倒すほど強い力を持った魔術師らしい。その力ゆえに王家によって存在を秘されていたという。
話してくれた騎士達は皆、彼女を女神と呼んで崇拝している。
それだけではない。
護衛の為に彼女の隣を歩くロイゼルドの表情が、これまで見たことがないほど優しいのだ。
(あの鈍いロイ様までも!)
エルフェルムにならともかく、ぽっと出の少女にロイゼルドを譲るのは悔しい。
幸い一週間程で王の秘蔵と言われている彼女は王都へ戻った。
これで元通り落ち着ける、そう思っていた。
ところがどっこい、それ以降もロイゼルドの様子はおかしかった。
いつものように物陰から彼を観察しながら、リゾレットは悶えていた。
「ああ、ロイ様今日も素敵ですわ」
訓練を終えたばかりのロイゼルドが、部下の騎士と何やら話している。
均整の取れた長身の身体に軍服がよく似合う。リゼットの萌えの一つだ。
汗をかいて拭いたのか、栗茶の髪が少し乱れているのもかっこいい。
そこへ侍女が手紙を数通持ってきた。
会話しながら受け取ったロイゼルドだったが、騎士と別れて手紙の送り主を確認しているうち一通の手紙に手をとめた。
そして、優しく微笑んだのだ。
それはリゼットのこれまで見たことのない表情だった。
(なんですの?誰からの手紙?)
この距離では文字までは到底見えない。
彼は大事そうに手紙を懐に入れると、スタスタと歩いて行ってしまった。
(気になりますわ!)
あんな表情をするなんて、いったい誰の手紙なのか。
直接聞いてもはぐらかされるのが目に見えているので、リゼットは手紙を渡した侍女をつかまえて聞くことにした。
すると、
「確か、王宮からの手紙ですわ。差出人まではあまり覚えておりませんが………えーと、確か『エルディア』と書いてあったような気がします」
リゼットの顔が固まった。
「あ、リゼット様にもエルフェルム様からお手紙が来ていましたわ」
その後の侍女の言葉は耳に入らなかった。
侯爵家に戻って自室で呆然とする。
エルフェルムからの手紙には会わずに王都へ行ってしまった謝罪と、あと三ヶ月は戻れなくなったという報告が書かれていた。
「早く帰って来なさいよ。あなたの妹にロイ様をとられちゃうわよ」
リゼットの中では、エルフェルムはロイゼルドに恋をしている設定になっている。
あの師弟の仲の良さは、リゼットのもう一つの萌えるポイントだ。
見目の良い二人が並んでいるところは、最近読んでいる小説の挿絵のようでキュンキュンしてしまう。
妹とはいえ、二人の間に割り込まれるのは許せない。
父ヴィンセントはいいかげん他に気にいる男性はいないのかと聞いてくるが、今のところリゼットの理想に直球ど真ん中な男性は出てこない。
ロイゼルドの追っかけが半分ライフワークになっていた。
エルフェルムに以前、ロイゼルドのどこが良いのか聞かれたことがあるが、リゼットには全部としか言いようがない。
ロイゼルドには全く子供扱いで相手にされていないのだが、別にそれでもよかった。
鑑賞しているだけでも楽しい。
声を聞くだけでうっとりしてしまう。
意地悪でちょっと強引に迫ってみて、彼が困る顔を見るのも好きだった。
贅沢を言うならば、もう少し狼狽えて欲しいのだが、まだまだ自分に色気が足りないようだ。
「リゼット様、森に行ってみられませんか?」
いつもの面倒な淑女教育にうんざりしていた彼女を、侍女が気晴らしにと散歩に誘ってくれた。
北の森はフェンリルが討伐された後、ちょっとした観光名所になっている。
騎士達が戦い魔獣を倒した場所は、記念碑が置かれ聖地のような扱いだ。
街の人々がよく訪れているので道もつき、案内板まで設置されている。
フェンリルの血の匂いを忌避してか、魔獣もほとんど出ることがなく、たまに出たとしても可愛らしいピンクの羽うさぎが飛んでいるとの噂だ。なんともファンシーな魔獣である。
リゼットはまだ行ったことがなかったので、侍女の誘いにのって行ってみることにした。エルフェルム達が戦った後を少し見てみたくもあった。
案内板の通りに森を進むと広場のようになったところがあり、騎士達がフェンリルと戦った跡として記念碑が建てられていた。街の石屋が騎士達を讃えて寄付したらしい。
周りを見渡すと、まだそこここに戦いの名残が残っている。木々は所々傷つき、地面も大きくえぐれている所もある。
黒くなっているところは血の跡だろう。侍女は少し青ざめていた。
あちらこちらを見てまわって、リゼットは少し奥の方まで覗いてみたくなった。
もしかしたら羽うさぎがとんでいないだろうか。
侍女を置いて一人で森の奥まで歩いて入ってみたが、それらしきものはいない。
もっと奥へ入り込んだところで、リゼットは誰かがいることに気がついた。
木の影からのぞき込む。
背の高い、銀髪の少年が佇んでいた。
白い軍服のような服を着ているが、エディーサの騎士団の服ではない。
黒いフードのついたマントを羽織っている。
足元には大きな白い狼が、彼に寄り添うように立っていた。
狼は地面の黒いしみのような所を鼻で嗅いでいるように見える。
「エル………?」
エルフェルムではない。
エルフェルムと違って、彼は背の半ばまである銀髪を後ろでくくっていた。
しかし、顔は同じだ。
否、中性的な美少年であるエルフェルムとは違って、彼は美しいが明らかに男性とわかる。
体つきもリゼットの知っているエルフェルムに比べると、骨格も太くしっかりしており背も高く見えた。
(エルじゃないわ)
少年がリゼットに気づいてこちらを見た。
エメラルド色の瞳が真っ直ぐ彼女をとらえ、わずかに細められた。
視線が交錯する。
リゼットは魅入られたように立ちすくんだ。
何がどう、とは説明できない。
ただ、彫刻のように綺麗なその姿から目を離せなかった。
少年は視線を外すと、ぱさりとマントを翻して、森の奥へと消えて行く。
白い狼は彼の後を追って飛ぶように走って行った。
まるで幻影を見たかのような一瞬だった。
リゼットは慌てた侍女が探しに来るまで、しばらくその場から動くことが出来なかった。
気の合う従騎士エルフェルムがフェンリルとの戦いで大怪我を負い、そのせいで王都に戻ってしまったのだ。
「このわたくしに一目も会わずに行ってしまうなんて」
親友と思っていたのでちょっと怒っている。
実は討伐から帰った彼を心配して城の医務室に押しかけたのだが、父ヴィンセントに治療の邪魔だとつまみ出されたのだ。
仕方がないのでエルフェルムの部屋に行って待ち伏せしようかと思ったが、憧れのロイゼルドに、彼はしばらくここには戻って来ませんよと諭されてしまった。
よっぽど怪我が酷かったのだろう。
さらに面白くないのが、王都から来たエルディアとか言う絶世の美少女が、ロイゼルドに常に護衛されることになったことだ。
彼女は美しい黄金色の髪とエメラルドの瞳をした、陶器人形のように美しい少女だった。
エルフェルムの双子の妹だそうで、どおりでそっくりな顔をしている。
彼から妹がいるとは一度も聞いたことがなかったが、それには理由があったようだった。
騎士達の噂によれば、彼女は不死の魔獣フェンリルを倒すほど強い力を持った魔術師らしい。その力ゆえに王家によって存在を秘されていたという。
話してくれた騎士達は皆、彼女を女神と呼んで崇拝している。
それだけではない。
護衛の為に彼女の隣を歩くロイゼルドの表情が、これまで見たことがないほど優しいのだ。
(あの鈍いロイ様までも!)
エルフェルムにならともかく、ぽっと出の少女にロイゼルドを譲るのは悔しい。
幸い一週間程で王の秘蔵と言われている彼女は王都へ戻った。
これで元通り落ち着ける、そう思っていた。
ところがどっこい、それ以降もロイゼルドの様子はおかしかった。
いつものように物陰から彼を観察しながら、リゾレットは悶えていた。
「ああ、ロイ様今日も素敵ですわ」
訓練を終えたばかりのロイゼルドが、部下の騎士と何やら話している。
均整の取れた長身の身体に軍服がよく似合う。リゼットの萌えの一つだ。
汗をかいて拭いたのか、栗茶の髪が少し乱れているのもかっこいい。
そこへ侍女が手紙を数通持ってきた。
会話しながら受け取ったロイゼルドだったが、騎士と別れて手紙の送り主を確認しているうち一通の手紙に手をとめた。
そして、優しく微笑んだのだ。
それはリゼットのこれまで見たことのない表情だった。
(なんですの?誰からの手紙?)
この距離では文字までは到底見えない。
彼は大事そうに手紙を懐に入れると、スタスタと歩いて行ってしまった。
(気になりますわ!)
あんな表情をするなんて、いったい誰の手紙なのか。
直接聞いてもはぐらかされるのが目に見えているので、リゼットは手紙を渡した侍女をつかまえて聞くことにした。
すると、
「確か、王宮からの手紙ですわ。差出人まではあまり覚えておりませんが………えーと、確か『エルディア』と書いてあったような気がします」
リゼットの顔が固まった。
「あ、リゼット様にもエルフェルム様からお手紙が来ていましたわ」
その後の侍女の言葉は耳に入らなかった。
侯爵家に戻って自室で呆然とする。
エルフェルムからの手紙には会わずに王都へ行ってしまった謝罪と、あと三ヶ月は戻れなくなったという報告が書かれていた。
「早く帰って来なさいよ。あなたの妹にロイ様をとられちゃうわよ」
リゼットの中では、エルフェルムはロイゼルドに恋をしている設定になっている。
あの師弟の仲の良さは、リゼットのもう一つの萌えるポイントだ。
見目の良い二人が並んでいるところは、最近読んでいる小説の挿絵のようでキュンキュンしてしまう。
妹とはいえ、二人の間に割り込まれるのは許せない。
父ヴィンセントはいいかげん他に気にいる男性はいないのかと聞いてくるが、今のところリゼットの理想に直球ど真ん中な男性は出てこない。
ロイゼルドの追っかけが半分ライフワークになっていた。
エルフェルムに以前、ロイゼルドのどこが良いのか聞かれたことがあるが、リゼットには全部としか言いようがない。
ロイゼルドには全く子供扱いで相手にされていないのだが、別にそれでもよかった。
鑑賞しているだけでも楽しい。
声を聞くだけでうっとりしてしまう。
意地悪でちょっと強引に迫ってみて、彼が困る顔を見るのも好きだった。
贅沢を言うならば、もう少し狼狽えて欲しいのだが、まだまだ自分に色気が足りないようだ。
「リゼット様、森に行ってみられませんか?」
いつもの面倒な淑女教育にうんざりしていた彼女を、侍女が気晴らしにと散歩に誘ってくれた。
北の森はフェンリルが討伐された後、ちょっとした観光名所になっている。
騎士達が戦い魔獣を倒した場所は、記念碑が置かれ聖地のような扱いだ。
街の人々がよく訪れているので道もつき、案内板まで設置されている。
フェンリルの血の匂いを忌避してか、魔獣もほとんど出ることがなく、たまに出たとしても可愛らしいピンクの羽うさぎが飛んでいるとの噂だ。なんともファンシーな魔獣である。
リゼットはまだ行ったことがなかったので、侍女の誘いにのって行ってみることにした。エルフェルム達が戦った後を少し見てみたくもあった。
案内板の通りに森を進むと広場のようになったところがあり、騎士達がフェンリルと戦った跡として記念碑が建てられていた。街の石屋が騎士達を讃えて寄付したらしい。
周りを見渡すと、まだそこここに戦いの名残が残っている。木々は所々傷つき、地面も大きくえぐれている所もある。
黒くなっているところは血の跡だろう。侍女は少し青ざめていた。
あちらこちらを見てまわって、リゼットは少し奥の方まで覗いてみたくなった。
もしかしたら羽うさぎがとんでいないだろうか。
侍女を置いて一人で森の奥まで歩いて入ってみたが、それらしきものはいない。
もっと奥へ入り込んだところで、リゼットは誰かがいることに気がついた。
木の影からのぞき込む。
背の高い、銀髪の少年が佇んでいた。
白い軍服のような服を着ているが、エディーサの騎士団の服ではない。
黒いフードのついたマントを羽織っている。
足元には大きな白い狼が、彼に寄り添うように立っていた。
狼は地面の黒いしみのような所を鼻で嗅いでいるように見える。
「エル………?」
エルフェルムではない。
エルフェルムと違って、彼は背の半ばまである銀髪を後ろでくくっていた。
しかし、顔は同じだ。
否、中性的な美少年であるエルフェルムとは違って、彼は美しいが明らかに男性とわかる。
体つきもリゼットの知っているエルフェルムに比べると、骨格も太くしっかりしており背も高く見えた。
(エルじゃないわ)
少年がリゼットに気づいてこちらを見た。
エメラルド色の瞳が真っ直ぐ彼女をとらえ、わずかに細められた。
視線が交錯する。
リゼットは魅入られたように立ちすくんだ。
何がどう、とは説明できない。
ただ、彫刻のように綺麗なその姿から目を離せなかった。
少年は視線を外すと、ぱさりとマントを翻して、森の奥へと消えて行く。
白い狼は彼の後を追って飛ぶように走って行った。
まるで幻影を見たかのような一瞬だった。
リゼットは慌てた侍女が探しに来るまで、しばらくその場から動くことが出来なかった。
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