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第三章 風の神獣の契約者

8 魔術師のいない国

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 ルフィの事を一旦王太子に報告したい。エルディアがそう伝えると、ヴェルワーンは共に行くと言ってついて来た。
 先触れも何もなくて良いのだろうか?皇帝がたった一人で他国の王子の所へ会いに行く?自国内とはいえ、王子側には護衛が何人も付いているのに。
 エルディアは首を傾げつつ、彼を伴って歩いた。


「その姿は魔法の一種か?」

「そうです。私の師である魔術師団の団長が、私の魔力制御と姿変えの魔法を腕輪に込めてくれています」

「本来の姿が見てみたいな」

「別に面白くないですよ。このまま金髪になるだけです」

「そうなのか?魔力は?」

「それは女の姿の時の方がずっと強いですね。腕輪の抑えがないので」

「抑えが必要なのか?」

「今はだいぶん制御出来る様になりましたが、子供の頃はよく部屋を吹き飛ばしていました。あまり私に近づくと危険ですよ」

「ふむ、ルフィの言った通り、そなたの方が魔力は強いようだな」


 歩きながらヴェルワーンは、興味深そうに尋ねてくる。
 エルディアはなんとなく突っぱねにくくて、しぶしぶ答えていた。


「エディーサ王国では魔法は珍しくもないのだろうな」


 ふと漏れた言葉にヴェルワーンの心情が込められている気がして、エルディアは彼の顔を見つめる。


ルフィあいつは常に『普通』を装う事に苦労していた。魔術の師もいなかったから、フェンと魔術の練習をしていた」


 彼はエルディアの視線に気付いていないようだった。独り言のように語り続ける。


「ユグラル砦に連れて行くべきではなかった。あの炎の槍のせいで、あれの魔力を皆に見せる事になってしまった」


 あの時、ルフィは風の結界を張って、イエラザームの騎士達を守っていた。それまで彼は魔力を隠していたのだろうか。誰にも気付かれないように。
 エルディアはヴェルワーンに尋ねた。


「イエラザームでは魔力を持って生まれる者はいないのですか?」

「いないわけではない。だが、教え導く者がいない。魔力はあれど使うすべを教えられないのだ。ほぼほぼ何もできないまま一生を終える。今の我が国に魔術師と呼べる者はルフィ以外にはいない」

「でも彼はなぜ魔力を隠す必要が?」

「フェンの存在を知られてはまずかろう?」


 魔獣は人に害をなすもの。それはここイエラザームでも同じだ。
 街が魔獣に襲われ壊滅することも珍しくはない。

 人と契約し、守護する魔獣などきいたこともなかった。ヴェルワーンは初めにその事を聞いた時、エルフェルムの魔力を隠すことにした。フェンがただの狼ではなく魔獣だと悟られることのないように。そして、エルフェルムが悪しき企みに巻き込まれることのないように。


「あの戦いの時まで、ルフィの魔力について知っているのは私だけだった。彼が幼い時、川のほとりで倒れていたのを拾って以来」


 ヴェルワーンは古い記憶を掘り起こすように話す。


「トルポント王国に親書を渡しに行った帰り、私は彼と白い狼を拾った。初めに見た時は血塗れで死んでいるかと思ったが、息があったので助けた。意外にもどちらも怪我はしてなくて、でも、目覚めたあいつは記憶を無くしていたのだ」


エルディアは彼の話を黙って聞いていた。


「服装からどこぞの貴族の子供だとは思ったが、仕方なく連れて帰った。しばらくして記憶を取り戻したあいつは、エディーサには戻らず、私に協力すると言い出した。それが祖国を守る事になるからと言って」


 ヴェルワーンの声は優しい。
 彼がルフィをどう思っているかが、自然と表れているようだった。


「あの父が目をつけなければ良かったのだが」

「皇帝が?」


 エルディアはかつて見た皇帝の姿を思い出す。魔石の炎を見てもなお威厳を失わず、自分の脅しにも狼狽えることなく堂々としていた。そして、エルディアは最後に彼の策略に負けた。魔石を奪われ塔に閉じ込められたのだ。


「お前達を逃がした後しばらくして、ルフィは父に捕らえられた。そしてユグラル砦での事を追及されたのだ。彼の魔力のことを知った父は、私から彼を奪い、手に入れようとした」


 強力な魔力を持つ魔術師。
 それが戦場でどれほどの力を持つか、エディーサの例を見ても明らかだ。


「そればかりか、父は彼とフェンの秘密も暴き出した。ルフィの刻印の秘密を知ったのだ。そして父は手を出してはならない領域に手を出し始めた」


 魔獣と人の契約。
 エディーサのギルバート王やエルガルフ達が恐れていたことに、イエラザームの皇帝は手を出した。


「魔獣を捕らえ、弱らせて、人と契約させようとした。言葉も通じぬ魔獣に、人を護る契約などできるものか。フェンは特別なのだ」

「どうなったのです?」

「どちらも死んだ。人も魔獣も」


 ヴェルワーンの瞳が暗く光る。


「一度の失敗で諦めれば良いものを、何度も生贄を作るのでな、私もいい加減庇いきれぬようになった。ただでさえ手を出さなくても良い戦に手を出されて困っていたのだ。臣下達も黙ってはいない。それで、結局このザマだ」


 父親の代わりに皇帝の位についた。そのことをなんでもないことのように言う。
 エルディアは答えようがなくて、ただ黙っていた。


「着きましたよ」


 王太子達の待つ部屋まで戻って来た。近衛騎士達が、エルディアの連れている客人に怪訝な目を向ける。


「アストラルド殿下はまだ中に?」

「はい、いらっしゃいます」


 エルディアがコンコンと扉を叩いて声を掛ける。


「殿下、戻りました」


 エルディアはかちゃりと扉を開けて、ヴェルワーンと共に中へ入った。


「おやまあ」

 
 入るなり、アストラルドのぽわんとした声が聞こえた。


「君が行けば何か釣れるかなと思っていたけど、凄いのを連れて来たね、ルディ」


 彼はのんびりティーセットを広げてお茶をしているところだったようだ。ヴェルワーンの姿を目にすると、ソファーから立ち上がりエルディア達の方へ歩み寄る。


「お招きいただきありがとうございます。この度はおめでとうございます、ヴェルワーン陛下」


 確かアストラルドは皇帝に会ったことがないと言っていたはずだ。
 一目で誰かを見抜いた眼力に、ヴェルワーンがニヤリと笑った。


「食えない人だな、アストラルド王子。貴殿はどこまで掴まれているのかな。教えて頂きたいところだ」

「僕は何も知りませんよ。ただ、うちの大事な姫を指名するからには何かあるのではと思っていますが。教えていただけるのでしょう?」

「ああ、そのつもりで来た」


 エルディアは二人のやりとりを聞きながら、そろそろとロイゼルドの側へ寄る。
 リアムとカルシードは、初めて見る皇帝に緊張したように固まっている。

 なんだか狐と狸が揃った気がする。
 これはどっちも面倒そうだなぁ、とエルディアは少し思った。
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