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第三章 風の神獣の契約者
9 密談
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「殿下、ルフィが第二皇子に囚われているそうです」
エルディアの報告に、アストラルドは美しい眉をひそめた。そのエメラルドの瞳に鋭い光を浮かべてヴェルワーンに向ける。
「彼は貴方の従者だったはず。なのにどうして囚われる事になったのですか?」
皇帝となった主人は、その追求をまっすぐ受け止めて答えた。
「彼は最初、魔術師を探していた皇帝に捕まっていた。魔術師であることがバレて、私の元から奪われたのだ。その時点ではまだ彼は、私の為に大人しく皇帝に従っていたと思われる。私が皇帝を弑した夜、彼を助けに入ったがすでに何処かへ連れ去られていた。詳しい経緯は不明だが、今はシャーザラーン皇子の元にいる事だけは掴めた」
「第二皇子はまだ自由の身なのですか?」
意外だ、と言っているかのような言葉に、ヴェルワーンは苦笑した。
「彼の処分はまだ保留だ。今は自ら離宮に蟄居している事になっている。戴冠式後に正式に処遇が決まる。表立って彼に問題があったわけではなかったからな。臣下の不満は皇帝自身にあった。俺は父に引導を渡したが、その延長で皇太子は廃嫡されただけだ」
「重臣達が反乱の指揮者に、皇太子を立てず貴方を立てた時点で、彼の罪も決まったようなものでしょう」
「手厳しいな。だが、彼を補佐していた重臣も何名かいる。共に処罰するには国内部の混乱が大きくなりすぎる可能性があったのだ。時間を稼ぐ必要があった」
「皇妃は?トルポント王国出身の妃は」
「幽閉してある。祖国に生かして送るか、殺して送るかは決まっていない。利用価値があるか見定めているところだ」
早まって命を奪えば、即座にトルポント王国と戦になる。生かして人質としての価値があるかを計っているというところだろう。
「少し前、私の間諜にシャーザラーンの離宮を監視させていた。内部までは入れなかったようだが、誰かを監禁している様子が見られたという報告をして来た。まずルフィで間違いない。出入りする怪しい人物も調べたところ、トルポント王国からと見られる者が怪しい男を連れて入っていた。まるで魔術師のような」
「魔術師?」
トルポント王国に、正式に魔術師と呼ばれる者がいるとは聞いたことがない。だが、エディーサ王国にいて、今まで他国にいなかった方がおかしい事でもある。
ユグラル砦の戦いで、魔術師の戦場における有用性は十分に証明された。流れの魔術師もいないわけではない。魔力の高い魔術師の数は少ないが、トルポント王国でも新たに雇われた可能性がある。
「ルフィを彼の意思に反して捕らえておく事は難しい。なんらかの方法で彼の魔力が封じられているとしか考えられない」
アストラルドは腕組みして考え込んだ。
魔力封じが出来る魔術師となれば、アーヴァインに匹敵する魔術師だ。魔法自体が失われつつあるこの大陸で、そんな人物が何人もいるのであろうか。
「フェンは何処にいるのです?」
「皇帝がルフィを捕らえた時に、彼が命じて皇都の外の森に逃れている。フェンはルフィの命令しか聞かないから、今は何処にいるかもわからない」
「第二皇子の目的は?」
「この国では魔術師の存在自体が貴重だ。自分の懐に取り込む目的か、或いは皇帝のように新たな魔獣の契約者を作ろうとしているか」
「廃嫡された皇子は自身の身を守る為に陛下の側近を人質に取っている、ともとれますね」
「兵士を送り込んで制圧出来ないわけではないが、状況がわからないまま動けばルフィの身が危なくなる。それは出来るだけ避けたい」
大切な友だ、そう言ったヴェルワーンの言葉に偽りは見えない。
「彼を助けるために、エルディア嬢を借り受けたい」
ヴェルワーンの言葉に、アストラルドは腕組みを解いてエルディアを振り返った。
「ルディはどうする?」
「もちろんルフィを助けに行きます」
「即答だね。まあ、当然だろうけど。相手がわからないぶん危険だよ」
「わかっています。ですが、相手が魔術師であるなら、なおさら普通の人間には難しい。ヴェルワーン陛下が私を呼び寄せたのは理解できます」
「……それだけではないのだがな」
ヴェルワーンが呟く。
む、と聞き咎めたアストラルドが、目を細めて彼を見る。
「ルディはあげませんよ」
「彼女が望めば良いのだろう?」
「売約済みです」
「婚約しているとは聞かないが」
「内々に話はあります。進められないのは陛下がなかなか兄を返してくれないからです」
「正式に決まっていないのであれば、まだ可能性はあるのだな」
「我が国の至宝を、おいそれと他の国に渡しませんよ」
二人でこそこそと話している。聞こえないエルディアはキョトンとしていた。
ロイゼルドは彼等が話している間にエルディアに忠告する。
「エル、その姿は危ない。イエラザームにいる間は腕輪をはずしておいたほうがいい」
状況を聞く限り、エルフェルムに似た姿は危険が多すぎる。
「わかったよ、ロイ。面倒だけどね」
ふう、と溜息をついてエルディアは頷いた。
「でも、ルフィがフェンを逃しておいてくれてよかった。フェンが無事である限り、ルフィは余程のことが無いと傷つく事はないはずだから」
エルディアの独り言に、ヴェルワーンが反応する。
「何だ、それは?」
「知りませんか?私達は契約した魔獣と同じ回復力を持っているので、傷を負ってもすぐに消えてしまうのです」
だからといって、痛く無いわけでは無いのですが、と言うと、ヴェルワーンは初耳だったようだ。
「確かにすぐに傷が治っていたが、あれは治癒魔法を掛けたのではなかったのか?」
「治癒魔法?ルフィは治癒魔法が使えるのですか?」
「ああ。かなり高度のものが使える」
自分はいくら教えられても魔力の質が違うらしく、出来るようにはならなかった。
もしかしたら、自分とルフィとでは、使える魔法が少し違うのかもしれない。
「今夜から戴冠式まで、招待客をもてなすため連日夜会が開かれる。ゆっくりされよ、と言いたいところだが、シャーザラーンが戴冠式までになんらかの行動に出る可能性が高い。私も注意するが、警戒しておいてほしい」
「わかりました」
「捜索は続けるが、戴冠式後、もしくは彼が動いたら即座に皇国軍は第二皇子を捕える。その時は、貴殿たちにルフィの救出を頼む」
エルディア達は黙って頷いた。
エルディアの報告に、アストラルドは美しい眉をひそめた。そのエメラルドの瞳に鋭い光を浮かべてヴェルワーンに向ける。
「彼は貴方の従者だったはず。なのにどうして囚われる事になったのですか?」
皇帝となった主人は、その追求をまっすぐ受け止めて答えた。
「彼は最初、魔術師を探していた皇帝に捕まっていた。魔術師であることがバレて、私の元から奪われたのだ。その時点ではまだ彼は、私の為に大人しく皇帝に従っていたと思われる。私が皇帝を弑した夜、彼を助けに入ったがすでに何処かへ連れ去られていた。詳しい経緯は不明だが、今はシャーザラーン皇子の元にいる事だけは掴めた」
「第二皇子はまだ自由の身なのですか?」
意外だ、と言っているかのような言葉に、ヴェルワーンは苦笑した。
「彼の処分はまだ保留だ。今は自ら離宮に蟄居している事になっている。戴冠式後に正式に処遇が決まる。表立って彼に問題があったわけではなかったからな。臣下の不満は皇帝自身にあった。俺は父に引導を渡したが、その延長で皇太子は廃嫡されただけだ」
「重臣達が反乱の指揮者に、皇太子を立てず貴方を立てた時点で、彼の罪も決まったようなものでしょう」
「手厳しいな。だが、彼を補佐していた重臣も何名かいる。共に処罰するには国内部の混乱が大きくなりすぎる可能性があったのだ。時間を稼ぐ必要があった」
「皇妃は?トルポント王国出身の妃は」
「幽閉してある。祖国に生かして送るか、殺して送るかは決まっていない。利用価値があるか見定めているところだ」
早まって命を奪えば、即座にトルポント王国と戦になる。生かして人質としての価値があるかを計っているというところだろう。
「少し前、私の間諜にシャーザラーンの離宮を監視させていた。内部までは入れなかったようだが、誰かを監禁している様子が見られたという報告をして来た。まずルフィで間違いない。出入りする怪しい人物も調べたところ、トルポント王国からと見られる者が怪しい男を連れて入っていた。まるで魔術師のような」
「魔術師?」
トルポント王国に、正式に魔術師と呼ばれる者がいるとは聞いたことがない。だが、エディーサ王国にいて、今まで他国にいなかった方がおかしい事でもある。
ユグラル砦の戦いで、魔術師の戦場における有用性は十分に証明された。流れの魔術師もいないわけではない。魔力の高い魔術師の数は少ないが、トルポント王国でも新たに雇われた可能性がある。
「ルフィを彼の意思に反して捕らえておく事は難しい。なんらかの方法で彼の魔力が封じられているとしか考えられない」
アストラルドは腕組みして考え込んだ。
魔力封じが出来る魔術師となれば、アーヴァインに匹敵する魔術師だ。魔法自体が失われつつあるこの大陸で、そんな人物が何人もいるのであろうか。
「フェンは何処にいるのです?」
「皇帝がルフィを捕らえた時に、彼が命じて皇都の外の森に逃れている。フェンはルフィの命令しか聞かないから、今は何処にいるかもわからない」
「第二皇子の目的は?」
「この国では魔術師の存在自体が貴重だ。自分の懐に取り込む目的か、或いは皇帝のように新たな魔獣の契約者を作ろうとしているか」
「廃嫡された皇子は自身の身を守る為に陛下の側近を人質に取っている、ともとれますね」
「兵士を送り込んで制圧出来ないわけではないが、状況がわからないまま動けばルフィの身が危なくなる。それは出来るだけ避けたい」
大切な友だ、そう言ったヴェルワーンの言葉に偽りは見えない。
「彼を助けるために、エルディア嬢を借り受けたい」
ヴェルワーンの言葉に、アストラルドは腕組みを解いてエルディアを振り返った。
「ルディはどうする?」
「もちろんルフィを助けに行きます」
「即答だね。まあ、当然だろうけど。相手がわからないぶん危険だよ」
「わかっています。ですが、相手が魔術師であるなら、なおさら普通の人間には難しい。ヴェルワーン陛下が私を呼び寄せたのは理解できます」
「……それだけではないのだがな」
ヴェルワーンが呟く。
む、と聞き咎めたアストラルドが、目を細めて彼を見る。
「ルディはあげませんよ」
「彼女が望めば良いのだろう?」
「売約済みです」
「婚約しているとは聞かないが」
「内々に話はあります。進められないのは陛下がなかなか兄を返してくれないからです」
「正式に決まっていないのであれば、まだ可能性はあるのだな」
「我が国の至宝を、おいそれと他の国に渡しませんよ」
二人でこそこそと話している。聞こえないエルディアはキョトンとしていた。
ロイゼルドは彼等が話している間にエルディアに忠告する。
「エル、その姿は危ない。イエラザームにいる間は腕輪をはずしておいたほうがいい」
状況を聞く限り、エルフェルムに似た姿は危険が多すぎる。
「わかったよ、ロイ。面倒だけどね」
ふう、と溜息をついてエルディアは頷いた。
「でも、ルフィがフェンを逃しておいてくれてよかった。フェンが無事である限り、ルフィは余程のことが無いと傷つく事はないはずだから」
エルディアの独り言に、ヴェルワーンが反応する。
「何だ、それは?」
「知りませんか?私達は契約した魔獣と同じ回復力を持っているので、傷を負ってもすぐに消えてしまうのです」
だからといって、痛く無いわけでは無いのですが、と言うと、ヴェルワーンは初耳だったようだ。
「確かにすぐに傷が治っていたが、あれは治癒魔法を掛けたのではなかったのか?」
「治癒魔法?ルフィは治癒魔法が使えるのですか?」
「ああ。かなり高度のものが使える」
自分はいくら教えられても魔力の質が違うらしく、出来るようにはならなかった。
もしかしたら、自分とルフィとでは、使える魔法が少し違うのかもしれない。
「今夜から戴冠式まで、招待客をもてなすため連日夜会が開かれる。ゆっくりされよ、と言いたいところだが、シャーザラーンが戴冠式までになんらかの行動に出る可能性が高い。私も注意するが、警戒しておいてほしい」
「わかりました」
「捜索は続けるが、戴冠式後、もしくは彼が動いたら即座に皇国軍は第二皇子を捕える。その時は、貴殿たちにルフィの救出を頼む」
エルディア達は黙って頷いた。
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