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第三章 風の神獣の契約者

10 絆

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「エルディア嬢、少し付き合えるか?」


 ヴェルワーンがエルディアに問う。


「ルフィについて、少し話したいことがあるのだが」
「ルフィのこと?」


 エルディアはアストラルドを見る。彼はロイゼルドをチラリと見てエルディアに言った。


「その格好で行っておいで。用がすんだらすぐに帰るんだよ」
「はい」


 ヴェルワーンがいるならば、エルフェルムに変装したままでいい。というより、よく知らぬ者から見ればその方が自然だ。
 部屋から出て二人は初めに会った庭園へ向かった。どうやらあの庭園は皇帝専用の休息場だったようだ。見覚えのある薔薇のアーチをくぐって左に曲がると、生垣に囲まれたベンチが見える。

 二人は睡蓮の池のほとりを歩きながら話すことにした。


「ルフィはいつから第二皇子に囚われているのですか?」

「ひと月前だろう。皇帝ちちが生きている間は居場所は掴めていた。彼は皇帝の周辺の人物達を離反させるために動いていた。全く連絡がつかなくなったのは、我等が踏み込むその直前だ」

「ひと月……」


 どのような扱いを受けているのか心配だ。エルディアは唇を噛む。
 魔力を封じられているらしいと聞いて尚更に焦りが生まれる。


「第二皇子の離宮は?」

「この庭園の反対側、皇宮の本殿の裏を真っ直ぐ進んだところにある。常に見張りは置いてある」

「探りに行っても?」

「構わない。見張りには伝えておく。自由に動いてくれ」

「ありがとうございます」


 信用してくれるのはありがたい。ヴェルワーンは武人らしく腹芸のできないたちらしい。その分こちらも安心して動ける。
 エルディアがどう探索すべきか考えていると、ヴェルワーンは頼もしいな、と軽く笑った。


「エルディア嬢もやはり兄に似ているのだな。優しげな外見でいて、その中身は鋭い刃物のようだ」

「兄の生死が掛かっていますからね。無事に国へ連れて帰るのが王の命令です」

「ルフィを帰すのは正直辛い。彼には私の補佐をこの先もして欲しいと思っている」

「私達はずっと生死のわからないまま兄を探し続けてきました。ルフィ自身が決める事ですが、一度はエディーサ王国に戻して欲しいと思います」


 この様子を見る限り、エルフェルムはヴェルワーンにもはっきりと帰国の意思を伝えているのだろう。地位を与えて引き止めても、彼は首を縦に振らなかったのか。
 エルディアはほんの少しホッとする。もしかしたら兄は帰りたくないと言うかも、と危惧していた。この皇帝と話せば話すほど。
 エルフェルムとヴェルワーンの絆は深い。なりふり構わず自分を呼び寄せたくらいに。


「陛下は護衛を連れて歩かないのですか?先程もそうでしたけど」


 普通は他国の王子に会うのに供も連れずに行くのは危険なのでは?自分が言うのもなんだがと思いつつそう指摘すると、ヴェルワーンは面倒臭そうに首を振った。


「ゾロゾロ連れ歩くのは好きではない。自分の身を守るくらいは出来る」

「まあ、そうでしょうけど」


 そういえばこの人はものすごく腕が立つのだった。ユグラル砦の戦いでの力量を見る限り、まともに戦って勝てる相手はそうそういるまい。自分も身体強化の魔法がなければ負けていただろう。


「あの時決着がつかなかったので、いつかもう一度手合わせしたいと思っていたが、女性と知れば少し躊躇うな」

「私も相手が皇帝陛下では本気で戦えません」


 ヴェルワーンがニヤリと笑う。


「私を負かす自信があるのか?」

魔道具ブレスを外して魔術が使えれば」


 エルディアは無用の争いは避けたいと思っているが、こう自信満々に来られては受けて立ちたくなる。生意気な小娘とわかれば、この俺様な皇帝は自分に興味をなくすだろう。
 そう思ったのだが、ヴェルワーンは更に興味深々で尋ねてきた。


「どうして男のなりをして従騎士になっているのだ?いくら強くてもエディーサ王国では女の騎士はいないだろう」

「騎士団に入ろうと思ったのは、フェンリルを討つためでした。母はあの獣に殺されたので。初めはルフィも殺されたと思っていました」

「フェンリルを倒した女神、か。そういえば太陽の女神も愛を説きつつ大地を守るために闘った戦女神バルキュリアだったな」


 ヴェルワーンは納得したように頷いた。
 エルディアは苦虫を噛み潰したような顔をして、皇帝に抗議する。


「その女神っていうのやめてもらえませんか?」

「何故だ?レンブルでは有名だったとルフィから聞いたぞ」

「みんな私の事を知らないから」


 神話で読む女神は誰でも知っている通り、見る者全てが愛さずにいられないほどの美女だ。そんな相手に例えられるなど、ごめんなさいと言って逃げるしかない。そこまで自分は図々しくはない。


「太陽の女神と称えられる姿を早く見てみたいな」

の姿と変わりませんって」

「そういえばルフィが女の姿をした時は、とんでもない美女になっていたな」

「ルフィが女装?」

「貴族の主催するパーティに潜入すると言っていた」

「そんな間諜スパイみたいなことしていたんですか?」

「あいつは頭脳派だぞ?相手の弱みを握って身動き取れなくするのだ。あの顔だからな。骨抜きにされた貴族も多いだろう」


 へえっと感心していたエルディアの耳に、風に乗って『キリ』とかすかに軋む音聞こえた。
 ハッと何かに気付いたヴェルワーンが剣を抜く。

 キンッという音と共に、二つに斬られた矢が地面に落ちた。同時にエルディアが投げたダガーが、真っ直ぐ男の喉元に吸い込まれる。
 『ギャッ』というくもった声があがり、ドサリという重い音と黒い服の男が木の上から地面に落ちるのが見えた。

 
「刺客!?」


 ヴェルワーンは地面に倒れた男に近付き、うつ伏せになった身体を足で転がし仰向けにする。喉仏を貫かれた男の手には、小型のクロスボウ(十字弓)が握られていた。


「さすがだな。あの距離で急所に一撃か」

「狙われる覚えはありますか?」


 エルディアは倒れた男達の服を探り、何か身元がわかるものを持っていないか確かめる。当たり前だが武器以外には何も持ってはいなかった。
 ヴェルワーンは仕方ないといったふうに言う。


「皇妃の手の者がまだうろついているのだ。私を殺せばまだ息子が皇帝になる可能性があると思っているのだろう」

「第二皇子をさっさと処分しないのですか?」

「せねばならぬ。が、あと少し。即位式が終われば国内の勢力図が固まる。あちら側についていた臣下も私の下に全て揃う」

「国をまとめるのも大変なのですね」


 エルディアがそう言うと、ヴェルワーンはくすりと笑う。


「妃候補を探すのも大変なのだ。暗殺されては困ると、皆腰が引けている」


 エルディアは、ん?と引っかかった。


「私は?」

「そなたなら簡単には殺されることはないだろう?凄いな、護衛など必要ない。ぜひ受けて欲しいのだが」

「嫌ですよ!生贄みたいじゃないですか」

「最高の生贄だな」

「帰ります!」


 はははと軽快に笑う皇帝を睨んで、エルディアはぷいとそっぽを向いた。
 ヴェルワーンが、そう怒るなと言ってなだめるがエルディアは構わず先に歩き出す。
 しかし、この皇帝をエルフェルムが命懸けで守っていたのは何故か、エルディアも少しだけわかった気がした。
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