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ヴィサレンスと同盟3
しおりを挟む白い外壁が立ち並ぶ神殿。
その扉を叩くと、以前のようにジークロウザが顔を出した。
「お久しぶりございます。昨夜お送り頂いた書文で大方のことは理解いたしましたので、早速ですがこちらへどうぞ。」
まだ挨拶もそこそこに連れてこられたのは、以前ブルレギアス様が立ち寄った中庭だ。
「改めまして、私はレティシアーナ様にお仕えしておりました、ジークロウザと申します。
ロレンザ様とミレンネ様のお話は風の噂で耳にしております。どうぞ宜しくお願い致します。」
彼は胸に手を当て軽く礼をする。
そんな彼にロレンザ様は抱いた疑問を投げかけた。
「聖女レティシアーナの従者は行方知れずだと聞いていたから、会えるなんて思ってはいなかった。
どうしてヴィサレンスとの連絡を絶っていたのだ。
もっと早くに知れていれば、聖女の力を探す必要など…。」
「だからでございます。」
ジークロウザはただの従者。
王族であるロレンザ様の言葉を遮っていい立場にはないというのに、ジークロウザは黙っていられなかったように告げた。
「不敬は承知で申し上げます。
レティシアーナ様はそういうヴィサレンスの思想を変えたかったのです。
自国だけで繁栄し、自国の利益の為に動くヴィサレンスは、帝国という大きな力を得て周りの国からは隙あらば潰したいという国となりました。
その孤高の存在に、嫌気を抱いておられた主人は、ジョルジュワーンに力を封じました。
他国の者同士で歩み寄ってほしいという願いを託したのです。
他国の者同士が助け合うということに憧れを持っていた彼女は、禁止とされながらもアルフレッド様と結ばれ、自身の子が架け橋となる道を想いながら命を終えたのでしょう。
現にこうして、聖女と勇者が揃わなければ封印は解くことができません。」
つまり彼女は聖女だけが力を持ち、ヴィサレンスだけが頂点と立つことを否定したかったのだろう。
そんな話は以前来た時にされなかった。
それはきっと、私達では意味をなさないものだと知っていたからだ。
私が杖に触れた時、杖は反応しなかった。
それを見て話すのは今ではないと思ったのだろう。
そしてブルレギアス様は事実を見た上で、レティシアーナの書物を解読し、ロレンザ様と取引を結んで、今日ここに私たちを案内した。
きっとブルレギアス様はレティシアーナの気持ちにも気付いて、ヴィサレンス帝国と協力することを考えたのだろう。
「………話は理解した。
私も今まではヴィサレンスのことだけを考えていたんだが、エミレィナの存在を知って、ジョルジュワーンと互いに協力し合うことを考えた。
だから今日、こうしてブルレギアス殿に連れてきて頂いたのだ。
今ここに誓う。
私は新しい国づくりを彼らと共に進める。
新たなヴィサレンスを作り上げることを約束しよう。」
「…。それを聞いて安心致しました。
レティシアーナ様の真実を先日知ったばかりで、やっとジョルジュワーンの王家への不信感も払拭することができたばかりですが、また心が浄化されたようです。」
先日、国王陛下の従者によって明かされた真実は、ブルレギアス様の手によってジークロウザにも伝えられたのだろう。そのことでジークロウザはジョルジュワーンの王家への嫌悪感を消してくれた。
「…ジークロウザ殿。それでは今ここで聖女の力の封印を解き、新たな聖女の誕生を見届ける聖神父の役を担っていただきたいのです。」
「それは………誠に、光栄でございます。」
聖女の力の受け渡しを見届けた聖神父は、聖女の従者となる。
レティシアーナの受け渡しの時も見届けたジークロウザは2代続けて聖神父の座に就くこととなるのだが、それは後にも先にも彼だけだろう。
それだけ彼は忠誠心が高く、正義感が強い。
先程ロレンザ様に公言したのも、レティシアーナへの忠誠心に従ってのことだろう。
聖女を支え、仕えるには、今のところ彼以外にはない。とブルレギアス様に耳打ちされた。
「…俺は何をすればいいんだ。」
腕を組んで立っていた隊長が、ブルレギアス様に背を押されて困惑する。
「ケインシュア様は勇者の剣を引き抜き、ミレンネ様は聖女の杖を引き抜いてください。あなた方は神に選ばれた者です。それだけで封印された力は解き放たれます。それから聖女の儀に移りましょう。」
ジークロウザが2人をそこに案内し、私達は邪魔にならないように数歩下がった。
「お、お兄様…よろしいのですか?
勇者にケインシュア様を選んでも。」
「ああ、元々、私はトロアを勇者にしようとは考えてはいなかったんだ。
勇者になってしまったらお前の伴侶にしてやれないからな。
…それに私は新しい国のあり方を求めた。
これが第一歩となるだろう。
なにより、ケインシュアはトロアよりも格段に強く、勇者にふさわしい。それはトロア自身がディストネイルへ出向いたことで気付いているだろう。」
その言葉にトロアはコクンと頷く。
「お兄様…。」
「ああ、トロアの手を取ってもいいんだ。
今まで気付かないフリをして悩ませて悪かったな。」
ロレンザ様はニッコリと笑う。
その顔を見たミレンネ様の目には涙が浮かんでいた。
「トロア、国に戻ったら忙しくなるぞ。」
「……覚悟しておきます。」
トロア殿は目を瞑り、優しく微笑む。
2人の想いが報われたことに、私も嬉しくなった。
「素敵ですね。」
「ああ、そうだね。」
私とグリニエル様は特に出番などなく、邪魔にならないようにと、彼らよりもさらに隅に避けていた。
『汝、聖女ミレンネ。清らかな心を持ち、全ての淀みを浄化する者。主を聖女とし、ここに示す。
汝、勇者ケインシュア。強き揺るぎない心を持ち、いかなる危機にも立ち向かう者。主を勇者とし、ここに示す。
いざここに、新たな聖女の誕生を誓おう。』
ジークロウザの宣誓に、隊長とミレンネは剣と杖を抜く。すると封印されていた力がミレンネを覆った。
その光は見ているだけで温かくなり、とても優しい気持ちになる。
……エミレィナ…。エミリー。
目を瞑った時、聞いたことはないのに、何か懐かしく思える声が聞こえる。
その声は私を呼んでいるようにも聞こえた。
私はそれが誰の声なのかは分からないが、それが胸に染みたように感覚がある。
じんわりと温かくなるそれが何なのか。
もしかしたらミレンネを覆った母の力が何か私にも温かさを感じさせたのかもしれない。
そうして隊長は前勇者の使っていた剣を手にし、ミレンネは聖女の力と杖を得ることができ、神殿を後にした。
それから数日、私とミレンネは神殿に何度も足を運び、神殿の者と穏やかな日を過ごすことができ、ヴィサレンスに向かう日を迎えた。
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