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黒の乙女2
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シュンッと言う音と共に私達が着いたのは、見慣れない塔の下だった。
どうやら国境である門を越え、人目のつかないように国境機関に直接きたのだろう。
渋い緑色のそれは、年代の感じる建物だ。
ロレンザ様は“ちょっと待て”と言い残し、その塔に足を踏み入れると、どうやら手続きを行なっているようだった。
私たちはその後ろ姿を見送った後、見慣れないその景色を眺めていた。
「ここがヴィサレンス帝国…。」
「なんだか空気がひんやりとしているね。」
「確かにそうですね。」
母の故郷であるヴィサレンス帝国は、ジョルジュワーンと比べると何だか少し肌寒い気がする。
私とグリニエル様はヴィサレンスに興味があり、キョロキョロと辺りを見渡しているとジョルジュワーンとは違う植物を見つけた。
「ヴィサレンスはジョルジュワーンと比べると気温が低いので、育つ植物も違うのです。
日中は暖かいですが、夜は比べ物にならないほど寒くなりますの。」
私と殿下に説明してくれるのはミレンネだ。
ちなみに隊長は塔の方が気になるようで、トロアに説明を受けているようだった。
それを見て、私は更に数メートルだけ離れ、また珍しい植物に視線を注いだ。
「待たせたね。」
そう言って戻ってきたロレンザ様は、そのまま続けた。
「どうやらこの近くで魔物が出たようだから、鉢合わせしてしまう前に城に向かうよ。
集まってくれ。」
「え?魔物の討伐はなさらないのですか?」
すぐそこに魔物がいるというのに、ロレンザ様は先を急ぐ。
私は不思議に思ってそう問いかけた。
「ここはヴィサレンスだ。
他国の者を巻き込むわけにはいかない。
それに、騎士たちは弱くはないのだから任せるんだよ。そうすることで、より一層貢献した気持ちが大きくなるだろう?
それに、私がここを出る前に張っていた防御魔法が解かれているから、戻って貼り直さなければならない。
…いくら大きさを優先したものだとしても、簡単には壊せないものだったんだがね、誰か戦いで無茶でもしたのだろう…。とにかく城に戻って状況を把握するのが先だ。」
他国の客である私達を巻き込むことはせず、尚且つ騎士たちに委ねる。
それはヴィサレンスの騎士にとってやはり嬉しいことだろう。皇太子殿下に討伐を任せられるというのは、力を認められているからで、とても名誉あることだと思う。
私も殿下に頼られれば嬉しい為、気持ちは分かる。と小さく頷いた。
そうとなれば、私たちは手を出さないようにしなければならない。そう思って私がロレンザ様の所に向かおうと、足を踏み替えると、背後で気配を感じた。
「っエミリー!」
殿下の声と同時に後ろを振り返ると、見上げる程に大きい魔物が私たちに向かってきていた。
「っ。」
それを見た時、魔物を目にしたことのない私は、一瞬にして血の気が引き、せめて攻撃を受け止められるようにと体勢を整えた。
横目に映る誰しもが動いてはいるが、きっと自分で動くのが1番早いと判断し、魔物に目を向ける。
その魔物は私に向かって大きな口を開きながらに何かを叫んだ後、私のすぐ前に倒れ込んだ。
「…え?」
私はなにもしていない。
それなのに、魔物は急所でも突かれたかのようにピクリとも動かなかった。
「エミリー!大丈夫かい?」
グリニエル様が私に駆け寄り、私の背に腕を回しながら確認してきたが、怪我どころか殴りもしていない私はどこも平気だ。
それを見た彼はホッとしているように眉を下げた。
「エミレィナ!無事か⁈」
「はい。お手を煩わせてしまい、申し訳ありません。」
私も殿下も何もしていない。それならば少し遠くにはいるものの、ロレンザ様だろうと口にしたのだが、彼は首を振って魔物の方を指差した。
「っイザベラ…。」
その名を呼ぶのは隊長だ。
私のそばまで来ていた隊長が、小さいながらも声を漏らした。
「…。」
魔物を挟んだ向こうにいたのは、黒髪に鈍色の瞳をした女性。彼女がこの魔物を止めてくれたらしいのだ。
キリッとした綺麗な顔立ちをしている彼女は、妹と言われれば納得するほどに、隊長と似ている。
「…どうして私の名を知っているの。」
感情の読めない表情でそう聞く彼女は、隊長に興味があるようで、魔物を跨いでこちらに近づいてくる。
「ねえ、どうして私の名を知っているの。」
「…。」
隊長は何も発さない。
まず、何を話せばいいのかが分からないというような顔をしていた。
するとそこに少し遅れてロレンザ様とトロアが合流した。
「イザベラ。来ていたのかい?」
「…ロレンザ様。」
「君のことだからジッとしていられなかったのだろうが、魔物の討伐は騎士に任せてくれないと…。
君が怪我でもしたらどうするんだ。」
イザベラの前に立つロレンザ様は、なんだか今までの印象と違い、なんだか優しげだ。
すると、ミレンネが教えてくれた。
「イザベラ様はお兄様の婚約者となる御方です。
…まあ、兄の一方通行にも見えるのですが、意外とイザベラ様も受け入れておられるようで、仲が宜しいのです。」
確かに2人は左右互い色のピアスをしており、2人が近づくにつれ、その輝きが増すようだ。
「……ところで、あなたは誰。
どうして私を知っているの。」
逃さまいと隊長の前に立つイザベラに、隊長は少し困ったような顔をしている。
するとそれを見兼ねたのか、グリニエル様が口を開いた。
「……ロレンザ殿。
ケインシュアには妹がいる。
それがイザベラという女性です。
今年24となりましょう。
イザベラは5年前に行方不明となり、ケインはずっと妹を探しておりました。
そして目の前にいる彼女は、妹であるイザベラと瓜二つ。そして名前まで同じようなのですが…。
彼女はヴィサレンスの生まれなのでしょうか。」
グリニエル様の問いに、ロレンザ様は小さくそういうことか、と言葉を漏らす。
「イザベラは5年前にふらりとこの地にやってきたんだ。
彼女は自身の名と剣術以外を全て忘れていて、いわば記憶喪失というやつだった。
そしてそのままこの地に居着き、今では腕の立つ者として“黒の乙女”という肩書きまで付けられている。
まさか彼女が“生きる剣”の妹だったとは…。
確かによく見ると似ている気もする。」
ロレンザ様は興味深そうに2人を見比べる。
するとイザベラが口を開いた。
「私の…兄だと言うのですか?」
「“生きる剣”と呼ばれているあなたが?」
「…。」
信じられないとでも言いたげな顔をするイザベラに、隊長はまたしても何も言わない。
「わ…私を連れ戻しに来たの…ですか?」
「…ああ。」
「っ。…そうですか。」
イザベラはどんな気持ちでいるのだろうか。
彼女の表情だけでは何も読み取ることができない。
「…だが辞めた。」
「…は?」
事実自分を迎えに来た兄が急にそれを取り止めると言ったことに、彼女が困惑していることだけは分かった。
「ベラはここの暮らしに慣れたのだろう。
お前がジョルジュワーンに戻りたいならそうするが、そうではなさそうだ。
…だから、連れ戻すのは辞めだ。」
「っ。」
信じられないと言うように目を見開くイザベラに、隊長は続けた。
「代わりに、ここに滞在する間はベラの成長がみたい。
一緒に過ごさせてもらってもいいだろうか。」
「…!」
イザベラは判断を伺うようにロレンザ様を見ると、ロレンザ様はため息をついた。
「…イザベラ。
君のしたいようにすればいい。」
自分に聞いてくれたことに嬉しそうにしながらも、断れるようなものではないと思ったロレンザ様は優しく微笑んだ。
「…まさか生きる剣にご指導願える日がくるとは…。
…よろしく頼みます。」
きっとイザベラは生きる剣を尊敬しているのだろう。トロアと一緒で、隊長が生きる剣だと分かった時の眼差しがまるで違う。
「…ケインシュア。
もし良ければトロアも一緒に見てもらうことはできるだろうか。
“生きる剣”に剣術を見てもらう機会などそうそうあるものではないからな。」
「…ああ。構わない。
こちらの要望を通してくれて感謝する。
ヴィサレンスの皇太子殿下。」
「……ええ。
それじゃまず、城まで移転しよう。
国王が首を長くして君達を待っているだろうからね。」
隊長の刺々しい言葉には反応せず、ロレンザ様は城に行くための陣を描く。
人数や距離がある場合は、こうすれば何度も移転しなくとも1度に動くことができる。
陣無しでは大きさや質が変わるのだとミレンネが教えてくれたのだ。
でも、陣を描くだけで軍をも動かすことのできる人なのだから、やはりすごいとは思うのだ。
「それじゃ、行くよ。」
陣は一度使えば消えてしまう。
これも、私たちが使えば消えてしまうものだろう。
綺麗に描かれたそれが儚く勿体無いと思いながら、私は彼の2度目の移転魔法に身を委ねた。
どうやら国境である門を越え、人目のつかないように国境機関に直接きたのだろう。
渋い緑色のそれは、年代の感じる建物だ。
ロレンザ様は“ちょっと待て”と言い残し、その塔に足を踏み入れると、どうやら手続きを行なっているようだった。
私たちはその後ろ姿を見送った後、見慣れないその景色を眺めていた。
「ここがヴィサレンス帝国…。」
「なんだか空気がひんやりとしているね。」
「確かにそうですね。」
母の故郷であるヴィサレンス帝国は、ジョルジュワーンと比べると何だか少し肌寒い気がする。
私とグリニエル様はヴィサレンスに興味があり、キョロキョロと辺りを見渡しているとジョルジュワーンとは違う植物を見つけた。
「ヴィサレンスはジョルジュワーンと比べると気温が低いので、育つ植物も違うのです。
日中は暖かいですが、夜は比べ物にならないほど寒くなりますの。」
私と殿下に説明してくれるのはミレンネだ。
ちなみに隊長は塔の方が気になるようで、トロアに説明を受けているようだった。
それを見て、私は更に数メートルだけ離れ、また珍しい植物に視線を注いだ。
「待たせたね。」
そう言って戻ってきたロレンザ様は、そのまま続けた。
「どうやらこの近くで魔物が出たようだから、鉢合わせしてしまう前に城に向かうよ。
集まってくれ。」
「え?魔物の討伐はなさらないのですか?」
すぐそこに魔物がいるというのに、ロレンザ様は先を急ぐ。
私は不思議に思ってそう問いかけた。
「ここはヴィサレンスだ。
他国の者を巻き込むわけにはいかない。
それに、騎士たちは弱くはないのだから任せるんだよ。そうすることで、より一層貢献した気持ちが大きくなるだろう?
それに、私がここを出る前に張っていた防御魔法が解かれているから、戻って貼り直さなければならない。
…いくら大きさを優先したものだとしても、簡単には壊せないものだったんだがね、誰か戦いで無茶でもしたのだろう…。とにかく城に戻って状況を把握するのが先だ。」
他国の客である私達を巻き込むことはせず、尚且つ騎士たちに委ねる。
それはヴィサレンスの騎士にとってやはり嬉しいことだろう。皇太子殿下に討伐を任せられるというのは、力を認められているからで、とても名誉あることだと思う。
私も殿下に頼られれば嬉しい為、気持ちは分かる。と小さく頷いた。
そうとなれば、私たちは手を出さないようにしなければならない。そう思って私がロレンザ様の所に向かおうと、足を踏み替えると、背後で気配を感じた。
「っエミリー!」
殿下の声と同時に後ろを振り返ると、見上げる程に大きい魔物が私たちに向かってきていた。
「っ。」
それを見た時、魔物を目にしたことのない私は、一瞬にして血の気が引き、せめて攻撃を受け止められるようにと体勢を整えた。
横目に映る誰しもが動いてはいるが、きっと自分で動くのが1番早いと判断し、魔物に目を向ける。
その魔物は私に向かって大きな口を開きながらに何かを叫んだ後、私のすぐ前に倒れ込んだ。
「…え?」
私はなにもしていない。
それなのに、魔物は急所でも突かれたかのようにピクリとも動かなかった。
「エミリー!大丈夫かい?」
グリニエル様が私に駆け寄り、私の背に腕を回しながら確認してきたが、怪我どころか殴りもしていない私はどこも平気だ。
それを見た彼はホッとしているように眉を下げた。
「エミレィナ!無事か⁈」
「はい。お手を煩わせてしまい、申し訳ありません。」
私も殿下も何もしていない。それならば少し遠くにはいるものの、ロレンザ様だろうと口にしたのだが、彼は首を振って魔物の方を指差した。
「っイザベラ…。」
その名を呼ぶのは隊長だ。
私のそばまで来ていた隊長が、小さいながらも声を漏らした。
「…。」
魔物を挟んだ向こうにいたのは、黒髪に鈍色の瞳をした女性。彼女がこの魔物を止めてくれたらしいのだ。
キリッとした綺麗な顔立ちをしている彼女は、妹と言われれば納得するほどに、隊長と似ている。
「…どうして私の名を知っているの。」
感情の読めない表情でそう聞く彼女は、隊長に興味があるようで、魔物を跨いでこちらに近づいてくる。
「ねえ、どうして私の名を知っているの。」
「…。」
隊長は何も発さない。
まず、何を話せばいいのかが分からないというような顔をしていた。
するとそこに少し遅れてロレンザ様とトロアが合流した。
「イザベラ。来ていたのかい?」
「…ロレンザ様。」
「君のことだからジッとしていられなかったのだろうが、魔物の討伐は騎士に任せてくれないと…。
君が怪我でもしたらどうするんだ。」
イザベラの前に立つロレンザ様は、なんだか今までの印象と違い、なんだか優しげだ。
すると、ミレンネが教えてくれた。
「イザベラ様はお兄様の婚約者となる御方です。
…まあ、兄の一方通行にも見えるのですが、意外とイザベラ様も受け入れておられるようで、仲が宜しいのです。」
確かに2人は左右互い色のピアスをしており、2人が近づくにつれ、その輝きが増すようだ。
「……ところで、あなたは誰。
どうして私を知っているの。」
逃さまいと隊長の前に立つイザベラに、隊長は少し困ったような顔をしている。
するとそれを見兼ねたのか、グリニエル様が口を開いた。
「……ロレンザ殿。
ケインシュアには妹がいる。
それがイザベラという女性です。
今年24となりましょう。
イザベラは5年前に行方不明となり、ケインはずっと妹を探しておりました。
そして目の前にいる彼女は、妹であるイザベラと瓜二つ。そして名前まで同じようなのですが…。
彼女はヴィサレンスの生まれなのでしょうか。」
グリニエル様の問いに、ロレンザ様は小さくそういうことか、と言葉を漏らす。
「イザベラは5年前にふらりとこの地にやってきたんだ。
彼女は自身の名と剣術以外を全て忘れていて、いわば記憶喪失というやつだった。
そしてそのままこの地に居着き、今では腕の立つ者として“黒の乙女”という肩書きまで付けられている。
まさか彼女が“生きる剣”の妹だったとは…。
確かによく見ると似ている気もする。」
ロレンザ様は興味深そうに2人を見比べる。
するとイザベラが口を開いた。
「私の…兄だと言うのですか?」
「“生きる剣”と呼ばれているあなたが?」
「…。」
信じられないとでも言いたげな顔をするイザベラに、隊長はまたしても何も言わない。
「わ…私を連れ戻しに来たの…ですか?」
「…ああ。」
「っ。…そうですか。」
イザベラはどんな気持ちでいるのだろうか。
彼女の表情だけでは何も読み取ることができない。
「…だが辞めた。」
「…は?」
事実自分を迎えに来た兄が急にそれを取り止めると言ったことに、彼女が困惑していることだけは分かった。
「ベラはここの暮らしに慣れたのだろう。
お前がジョルジュワーンに戻りたいならそうするが、そうではなさそうだ。
…だから、連れ戻すのは辞めだ。」
「っ。」
信じられないと言うように目を見開くイザベラに、隊長は続けた。
「代わりに、ここに滞在する間はベラの成長がみたい。
一緒に過ごさせてもらってもいいだろうか。」
「…!」
イザベラは判断を伺うようにロレンザ様を見ると、ロレンザ様はため息をついた。
「…イザベラ。
君のしたいようにすればいい。」
自分に聞いてくれたことに嬉しそうにしながらも、断れるようなものではないと思ったロレンザ様は優しく微笑んだ。
「…まさか生きる剣にご指導願える日がくるとは…。
…よろしく頼みます。」
きっとイザベラは生きる剣を尊敬しているのだろう。トロアと一緒で、隊長が生きる剣だと分かった時の眼差しがまるで違う。
「…ケインシュア。
もし良ければトロアも一緒に見てもらうことはできるだろうか。
“生きる剣”に剣術を見てもらう機会などそうそうあるものではないからな。」
「…ああ。構わない。
こちらの要望を通してくれて感謝する。
ヴィサレンスの皇太子殿下。」
「……ええ。
それじゃまず、城まで移転しよう。
国王が首を長くして君達を待っているだろうからね。」
隊長の刺々しい言葉には反応せず、ロレンザ様は城に行くための陣を描く。
人数や距離がある場合は、こうすれば何度も移転しなくとも1度に動くことができる。
陣無しでは大きさや質が変わるのだとミレンネが教えてくれたのだ。
でも、陣を描くだけで軍をも動かすことのできる人なのだから、やはりすごいとは思うのだ。
「それじゃ、行くよ。」
陣は一度使えば消えてしまう。
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