78 / 104
ソリシエール①
しおりを挟むシュンっと音が聞こえたあと、目の前に広がったのは深い森だった。
「国境から少し離れていますが、ここが1番ソリシエールに近い転移場所です。」
「ありがとう、クローヴィス。
少しでも近いほうがいいからな。助かった。」
クローヴィスは自分が足を運んだことのある場所であれば移転することができる。
ここが今の彼の最北端。
しかしそれはすぐに塗り替えられるだろう。
移転してすぐ、ルキアはスンスンと匂いを嗅ぐ。
「エミリー。近くには誰もおりません。」
「そう。それじゃ、このまま進みましょうか。…ルキア、案内よろしくね。」
「承知いたしました。」
ルキアを先頭に、私、グリニエル様、隊長、そしてクローヴィスの並びでその森の中を歩く。
整備されているわけでは無いが、草が生い茂っているわけでも無い。
比較的歩きやすい森を進むと、急にルキアが左手を上げた。
「…1人…来ます。構えてください。」
その言葉を聞いて各々が構えると、姿を見せたのはトラだった。
ガルルルと威嚇するそのトラに、私達は拍子抜けした。
「ルキア…ここには動物もいるのか?」
「これは動物ではなく魔族です。」
ルキア。その名前に反応したように、その虎はルキアに向かって走ってくる。
それを感じ取ったかのように、ルキアはすぐさま私たちから離れ、木の上へと移動した。
「…いつまでその姿でいるんだ。ヴォーグ。」
木の上からそう告げるルキアは、そのトラを見下ろして言う。
「…ガルル。ルキア…ロード。
今まで何をしていた…
っお前が…お前のせいで…!」
そのトラはヴォーグという名のようで、ルキアを恨んでいるらしい。
こちらには目もくれず、ヴォーグはルキアに飛び掛かった。
「グガッ。」
「隙だらけだ。」
飛びかかったそのトラの首に剣を這わせ、その動きを止めたのは隊長だ。
トラに時間を割いている暇はない。そういうように視線を上げると、ルキアが降りてきた。
「やはり、隊長様は随分とお強い…。
4番では歯が立たないようですね。」
「4番?」
「魔族には順列があるのです。
13人いる中で、彼は4番目の力を持っています。」
「っ…3番だ!
お前が居なくなって位が上がったんだ。
間違えるんじゃねえ!」
先程とは打って変わり、トラの姿から人の姿に変わった彼は、ルピエパールで見たあの大男だった。
「っ!お前……‼︎」
すぐにでもその剣を刺しそうな隊長を止めたのはグリニエル様だった。
隊長の腕を押さえ、落ち着くようにと促していた。
「落ち着けケイン。
切るのは話を聞いてからだ。
まだ連れ攫われた者たちがどこにいるか分からないんだぞ。」
「っくそ。分かっている…!」
いつもの隊長はここにはいない。
シェリーが連れて行かれたことに、どうしても焦りが生じてしまっているのだ。
「お前が連れ去った者たちはどこにいる。」
「あ?…人間のメスのことか?
ハハッっ…あれはもう用済みだ。」
「っ!」
用済み。その言葉で剣を振り上げた隊長は、そのまま振り下ろした。
「…お待ちください。」
か細く透き通った声が響く。
それは木の陰から聞こえており、その声が隊長に届くと、剣の矛先は地面に変えられた。
「…誰だ。」
「…No.8……メイシャン…。」
姿を見せたのは、真っ白の髪に真っ黒の目をした可愛らしい女の子だった。
その子は木の影に隠れながら、言葉をゆっくりと紡いでいく。
「…その…。
ネズレットがみんなを呼んでる…。」
「ルキア。」
急に現れたその子の説明を隊長が求めると、ルキアはすぐさまそれに応えた。
「はい。…彼女はメイシャン…。彼女は魔族順列8。そこまで強くはありませんが、その手にしている鏡は人を転移させることができ、敵を転移させた先で殺す能力を持っています。
しかし、真実しか口にできませんから、言っていることに間違いはありません。」
「…ほう。そうか。それじゃ、答えろ。
こいつに連れて行かれた者たちはどこにいる。」
「……………ネズレットのところ…。」
「…。誰だ。そのネズレットとは。」
「…No.1。…1番えらい…。頭が…いい?」
「…そいつのところに行けばその者たちを返すというのか?」
「…分からない。
…ただ、呼んでこいとしか…言われてない。」
「……。」
メイシャンとの会話に痺れを切らした隊長は、剣をしまって腕を組んだ。
「それでは移動しよう。
呼んでいるというのなら遠慮なくそうしよう。メイシャンとやらが、連れて行ってくれるのか?」
グリニエル様が代わって話をすると、メイシャンはコクンと頷いた。
「メイシャンに名を教えれば、転移できます。
名を呼ばれ、それに返事をすると、彼女が決めた場所に飛ぶのですが…。
まずヴォーグでも飛ばしてもらいましょう。
手本があった方がやりやすいでしょう。
…メイシャン。」
「…分かりました。ルキア様。」
「はぁぁ…ったく。しゃーねーな。」
隊長の手によって地面に転がっていたヴォーグが立ち上がると、メイシャンが声を掛けた。
「……ヴォーグ。」
「…ああ。」
ピュォッ
「「「っ!」」」
ただ返事をしただけ。
それなのに、ヴォーグは光に包まれたと思ったらそのまま姿を消した。
「飛んだのか?」
「ええ。それでは名前を彼女に教えてください。そうしなければ転移は正立しないのです。」
「…面倒な能力だな。」
「っ。」
転移の仕組みがあることを知った隊長がそれを口にすると、メイシャンは雷にでも打たれたかのように固まってしまった。
「ちょっと!隊長!
デリカシーないんですか?
あんな小さな子がショック受けちゃったじゃないですか!」
「あ?本当のことだろう。」
「女心に疎いから、いつまでもシェリーに相手にされないんです!」
「っ…。」
ダメージを受けた隊長を退け、私はメイシャンに声を掛けた。
「私はエミレィナ。
転移…お願いしてもいいかしら。」
「…。」
私がそういうと、メイシャンは少し恥ずかしそうにしながらも、コクンと頷いてくれた。
「待て。私も一緒に行く。
1人で行かせるわけには行かないだろう。」
「…グリニエル様…。
ありがとうございます。」
「…エミレィナ。グリニエル…。」
「ええ。」「ああ。」
ピュォッ
またもやその音が鳴ると、その光が落ち着く頃には、目の前の情景が変わっていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる