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第三章
研修医、藤崎先生(1)
しおりを挟む車をおりる前に、スマートフォンをバッグから取りだしてメッセージアプリを立ちあげる。今日はあいにくの曇り空。今季一番の寒気が流れ込む影響がなんとかで、午後から数年ぶりの雪がふるそうだ。朝のローカルニュースで、いつもの気象予報士がそう言っていた。エンジンを切った車内が冷えていく速さからしても、その予報ははずれないのだろう。
『誕生日にほしいものは、決まりましたか?』
スマートフォンの画面をスクロールする仁寿の指先にあるのは、昨日の朝届いた彩からのメッセージだ。 今までは仕事の連絡が主だったのだが、院外研修が始まってからは明らかにそれ以外の内容も増えた。
『まだ悩んでる』
『分かりました。決まったら教えてくださいね』
メッセージに添えられた某有名キャラクターをデフォルメした手書き風のスタンプに、仕事中の颯爽とした彩とは違ったかわいい一面が垣間見えて、つい顔がにやけてしまう。残念ながらまだ合鍵を使ってもらえる仲にはなれていないけれど、仁寿は少しずつ確実に距離が縮まっているのを実感する。
――セックスの相手を探しにいく。
仁寿の知る彩からは想像もつかないセリフはとても衝撃的で、なにを言われたのか理解ができなくて頭が真っ白になった。しかし、セックスの相手を探しに行くという彩に「行ってらっしゃい」なんて口が裂けても言えない。
あの時、仁寿は必死に冷静をとりつくろって、相手はここにいると言葉を絞り出した。心臓がばくばくして、告白なんて比じゃないくらいの緊張感だった。
初めて仁寿が彩に気持ちを伝えたのは、大学を卒業して医師として働き始めた四月だった。週末に開催された、医局の歓迎会の帰り道。仁寿は、二次会には行かないと先生たちの誘いを断って、週末のにぎわう繁華街を駅へ向かって歩いていく彩を追いかけた。
「ちょっとちょっと、藤崎先生。君たちの歓迎会なのに、主役が二次会に行かないとかあり得ないんだけど?」
酔っていい気になった若手の先生たちから足止めされたせいで、一度見失った彼女の姿を雑踏の中に見つけたのは十分近くたってから。
街角でたむろっているスーツ姿のサラリーマンに声をかけられているのを見て、猛ダッシュした。あんなに全力で走ったのは、いつぶりだっただろう。
「彩さん」
息を切らして手をつかんだ時の、驚きと安堵が混ざった彼女の表情は忘れられない。
「大丈夫?」
サラリーマンたちから遠ざかったところで手を離して、顔色をうかがう。彼女は、困ったような顔で首をかしげて小さく謝罪の言葉を口にした。
「すみません」
彩の謝罪に、仁寿の心がちくりと痛む。大学生のころは、もっと気さくに接してくれていたような気がする。やっと同じ場所で一緒に仕事をできる間柄になったのに、今度はお互いの立場が障壁になったのだと痛感したからだ。物理的な距離と違って、自分ではどうにもできない溝のようなものを感じて、もどかしい気持ちにもなった。だから、駅に着いて別れ際、仁寿は思い切って告白した。
――彩さんが僕の気持ちを知ったら、なにかが変化するかもしれない。
そんな淡い期待をしながら。そして――。
「……あ。先生のお気持ちは嬉しいけど、ごめんなさい」
仁寿の気持ちを聞いた彩は深々と頭をさげ、申し訳なさだけを残して去っていった。ライトアップされた駅前の桜並木が夜風に花弁を散らして、頭上の星空もきれいで、なんというかすごく幻想的で風流な失恋だった。もしも仁寿が平安貴族だったなら、百人一首に選ばれるような美しい名歌を詠めたのではないだろうか。
――まぁね。誰だって、いきなり好きだと言われたら困るよ。
仁寿は、自分で自分を慰めながら家路に着く。すると、自宅マンションの前に着いた時、彩からメッセージが届いた。
『ありがとうございました』
文字だけのメッセージ。普段の付き合いで分かっている彩の人となりを察するに、相手を傷つけないように真剣な顔で言葉を選んでいる姿が目に浮かぶ。ここで告白についての感想やお断りの謝罪や理由を述べられたら、さすがの仁寿も少なからずダメージを喰らっていたはずだ。
――彩さんは、今の関係のまま変わらずにいてくれるのだろう。
彩のメッセージのお陰で、仁寿は恥ずかしい思いも痛い思いもせずに済んだ。
――ああ、だから僕は彩さんが好きなんだ。彩さんがしてくれるように、僕も彩さんに優しくありたい。もし許されるなら、彩さんが気を遣わずに甘えられる存在になれたら――。
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