宝珠の姫と仏頂面魔法士

瑞原チヒロ

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本編

4:北の魔法士 1

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 翌日、リュウは出来上がったばかりの緑の宝珠を手に、東山へと向かった。
 宝珠を抱えたリュウを見たカッツェは驚いた顔をして、

「あれえ、もうできたの?」

 と頭をかいた。「もうちょっと時間かかるかと思ってたのに」

「今の姫は仕事が早い。感謝するんだな」

 言いながらリュウはカッツェに宝珠を押しつけた。
 大事そうに受け取ったカッツェは、ぼそりとつぶやいた。

「……それって君が姫に大量の力をあげてるからなんじゃ……」
「もう一度髪の毛を燃やされたいか」
「いやです」

 カッツェはリュウを連れて、東山の屋敷の中央部へとおもむく。
 そして、一番大切な部屋を開けた。

 いくつもの細長い布が空中を蜘蛛の巣のように行き交っている。これが宝珠の護り手代わりである。下手な『魔』は近づくだけで電撃を受け死に至る。東山の主カッツェの編み出した、力ある布だった。
 中央部の台座を見やれば、たしかに緑の宝珠は輝きが淡くなっている。色みが薄れ、ちらちらと明滅しているようにも見える。

「お前……宝珠がこの状態でよく昨日他人の手伝いになんか来られたな」
「この状態ならあと数日は持つよ。宝珠はそんなやわじゃない。それにしても」
 カッツェは新しい宝珠を見下ろし、その輝きにほうとため息をついた。
「素晴らしいじゃないか。東が今の姫に作ってもらうのは初めてだけど、こんなに力にあふれているなんて」
「……」

 現在の『宝珠の姫』リラは、姫の座についてまだ十ヶ月である。
 宝珠の力が切れるのは、一般的に言って一年だ。だから山によっては、まだ一度もリラの力を借りていないところがある。
 かくいうリュウの『西』も、まだ一度も宝珠を取り替えてはいなかった。余裕もあると見ている。ただし昨日の三角ドラゴンの侵入で、幾分か力が削られているかもしれないが。
 宝珠の力は侵入した『魔物』によって力の期限が決まるといっても過言ではない。侵入者がいれば、それだけ結界の浄化力を高めなくてはならないからだ。
 東は魔物が多いからね、とカッツェはため息とともに言った。

「隣のディーダ大陸と一番近いのはうちだ。ディーダは魔物の巣だというし」
「……」
「西はいいよねえ、他の大陸が近くになくて」
 と、これは別に嫌みで言っているわけではないらしい。純粋にうらやましそうなカッツェである。

 魔物は――
 他の大陸で生まれる。
 元々はこのリュウたちの住む大陸、バーンデルト大陸でも生まれたようだが、バーンデルトはいち早く『魔法士』『姫』という二つの存在を見つけ出した。
 この二つが揃うのは奇跡と言ってもいいかもしれない。魔法士がいなければ魔物は倒せない。姫がいなければ結界は生み出せない。どちらも欠かせないものなのだ。
 そうしてバーンデルトは、魔法士の力を使い大陸中の魔物を駆逐した。その上で、姫の作った宝珠による結界を張りめぐらせた。
 これで安心だと思ったのもつかの間――
 いったいどういう仕組みなのか。しばしば魔物が、結界内に突如現われるようになった。
 調べると、どうもバーンデルトを囲む別大陸から来た魔物らしい。だがどうやってバーンデルトにやってきたのか、それが分からない。バーンデルトは周囲を海で囲まれている。他の大陸と地続きにはなっていないのだ。
 どうやら何かしらの術で転移してきているらしい――
 中央の為政者たちと当時の魔法士は、そう結論づけた。
 結界をくぐり抜け転移してきてしまうのなら仕方ない。倒すしかない――その役目は当然のごとく、四山の主たる魔法士たちに任された。
 幸いなことに、姫の紡ぐ宝珠には浄化能力がある。魔物の力を削ぐ力があるのだ。それを最大限に利用し――
 かくて四山の魔法士は、宝珠を守るとともに魔物を退治する役目を請け負ったのだった。
 それが三百年前のこと。

 姫と同じく、四山の魔法士たちも代替わりを繰り返している。素質ある者に、力を受け渡しながら。



 力を失いかかった古い宝珠を台座から外し、輝く新しい宝珠を台座に据える。

「姫は元気だった?」

 カッツェは古い宝珠を手にしながら、呑気にそんなことを言う。
 宝珠の姫に会うことを許されている『男』は、ねやをともにするリュウ一人きりである。そのため完成した宝珠は自動的にリュウが運ぶことになる。

「……まあ、そんな宝珠を完成させられる程度にはな」

 リュウは適当な返事をした。とたんにカッツェは眉根を寄せ、

「お前まだ姫に冷たくしてんの。いい加減心を開けばいいのに」
「……」
「お前の仏頂面は恐いんだからさー。こう、優しく、にこーってしてやればいいのに」
「できるかそんなこと」

 自分が常に不機嫌だとか仏頂面だとか呼ばれる表情をしていることはよく理解している。だが何を言われても顔が動かないのだからしょうがない。
 感情がないわけじゃない。ただそれが顔に出ないだけだ。
 まあたしかに、喜怒哀楽の『喜』と『哀』と『楽』は抜け落ちているような気もするが。

「お前いい男なのにもったいないよなあ。姫もお前もかわいそう」

 カッツェが自分のことのように嘆く。
 思えばこの男も理解不能だとリュウは思う。なぜ他人のことをそんなに心配できるのだ。
 リラと違ってこいつは本音をダダ漏れすることが多いので、リラほど付き合いにくくはないのだが。
 ――姫がかわいそう。そう言われたことについては、無視することにした。

「それより東の。そんなに魔物が多いなら、副官を増やしたらどうだ?」
「うーん?」

 宝珠の間を出て廊下を歩く。その合間に、二人の会話は続く。
 一言に『魔法士』と呼んだ場合、それは四山の魔法士のことに他ならない。
 だが、『魔法使い』なら他の人間にもなれる。魔物を討伐する力を秘めた数少ない人材。
 例えば西山の副官マオも『魔法使い』だった。彼の場合は魔物を討伐するよりも、索敵能力に優れた術者なのだが。

「副官を増やす、ねえ……っても、うち一応有能な副官が三人もいるからなあ」
「増やすと人間関係にでも問題をきたすのか」
「リュウの口から人間関係! こりゃ明日は雨だな」
「やっぱり髪の毛を燃やされたいようだな」
「待って待ってそう簡単に炎を出さないで!」

 カッツェはリュウの目から見ても美しい長い金髪をしている。それを自慢にしている気持ちはよく分かった。分かっていながら、しばしば炎上させているのだが。
 そもそもカッツェはたいそう美しい男なのだ。彫刻のように整った顔立ちは、その内面の調子のよさとは不釣り合いなほどに見目麗しい。
 だからハゲても美しいだろう。リュウとしてはそう思っている。
 先代の東山の主もハゲた爺様だったというし、似合いだろう。

「……何かさっきからとんでもないことを考えてない?」
「お前はハゲてもさぞ美しかろうと、そんなことを考えていたが」
「正直に言った!? しかもなんか微妙な褒め方!? 俺どうすればいいの!?」
「で、副官を増やす話はどうなったんだ」
「その切り替えの早さを尊敬します……」

 がっくりとカッツェは肩を落とした。何か悪いことを言っただろうか。

 そんなことを言っているうちに、二人の足は屋敷の居住スペースに入っていた。要するに居間だ。

「少し休んでってよ。お茶出すから」
「まあ構わんが」

 カッツェがパンパンと手を叩くと、副官が一人顔を出した。長身の、これまた美形な男である。名前は忘れたが。

「リュウにお茶出してやって。ついでに俺にも」
「かしこまりました」
「さて、と」

 副官が引っ込むのと同時に、カッツェはソファに腰を据える。

「副官を増やすことについてなんだけどさー。実はもう何人か、目をつけてるやつがいる」
「何だ、それなら……」
「だが北のから要請があったんだよ。魔法使いを見つけたらうちにくれってさ」
「……北から?」

 北の魔法士は滅多に動かない岩のような男である。大柄でがたいがよく、魔法士よりも武闘家のほうが似合う、そんな男だ。
 そんな北の魔法士は、何度も言うが自分では滅多に動かない。その代わりに副官に魔物退治を任せている。

「そんなだから北は年中魔法使い不足なんだよな。北の魔物の量はうちほどじゃないけど、そこそこ出るし」

 リュウは舌打ちした。

「自分で討伐に出ればいいものを……」
「まあ北は、下手に魔法使うと大変なことになるからなあ」

 美形の副官がお茶を二つ持ってくる。カッツェは客に遠慮なく、自分が先に口をつけた。

「ほら、北はさ、力の制御が苦手じゃん? 自分で戦いに出たくない気持ちは分かるだろ?」
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