宝珠の姫と仏頂面魔法士

瑞原チヒロ

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本編

5:北の魔法士 2

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 北の魔法士、ダリアン・メーフェンの術は火力が強い。
 威力だけなら、最強と名高い西の魔法士リュウに肩を並べると言われている。
 ただ……
 その力の制御が非常に下手なのだ。下手に術を使えば暴走する。
 それを分かっていて力を行使する術者など普通はいない。

「……訓練はしているのだろう」
「しているさ。山にこもって一日中。それでもうまくいかないらしいぜ」
「詳しいな」
「北の副官には東から送った魔法使いが何人かいるからな。情報には事欠かない」
 
 もとより北の魔法士は、情報が漏れるのを嫌がる人間ではない。
 非常に真面目な堅物だが、人当たりはよい。リュウ自身、彼と付き合うのは嫌いじゃないのだ。
 あるひとつの事情さえなければ――だが。
 実際にはその事情ひとつのために、北と西は没交渉状態だ。

「北には今何人副官がいるんだ?」
「十五人だな」
「……多すぎるくらいだな」

 副官をマオ一人しか抱えていないリュウには信じられない状況だ。眉間にしわを寄せ、腕組みをしてカッツェにぼやく。

「北の先代は、なぜやつに力を渡したんだ? 適役が他にもいただろうに」
「北は血筋で決めてるからなあ……そのせいじゃないか?」
「……因習だな」
「そう言ってやるなよ。ゆえなきことでもないんだから」

 北の一族――と言えば、あるひとつの血統を指す。
 北の魔法士は始祖時代から、かたくなにその血筋を守っているという話だった。そんなことを続けている『山』など他にない。
 実際に、北の一族には北部で生まれる魔法使いの中でも、ぬきんでた能力者ばかりが生まれるのだという。だからこれまで、古きしきたりが覆されることもなかった。
 ダリアンのように力の制御のできない跡継ぎが生まれても、火力はある、戦いには強いはずだと先代は見込んだということだ。

「そんな顔してやるな。北のだってつらいんだよ」

 カッツェはしみじみとお茶の入ったカップを揺らす。

「本当は自分が『姫』のとぎをやりたかっただろうに。それさえもお前に横から奪われてさ」
「それは心外だな。俺は北と同じ時期からリラとは知り合いだった」
「あれ、そうだっけ?」
「そうだ」

 北のダリアンは『宝珠の姫』リラの幼なじみである。リラが『姫』を受け継ぐ前の話だから、男であろうと知り合いにはなれる。
 そもそもリラは北出身で、幼い頃は北山で育った。北の一族の傍系の生まれなのだ。
 ダリアンとはまるで兄妹のように育てられたと聞いている。
 そして――
 実のところ同時期に、北山にリュウもいた。訳あって居場所がなく、北の一族から身を隠しながら洞穴の奥に住んでいたのだ。
 そのとき幼いリュウは、幼いリラにうっかり出会ってしまった。
 だがリラは、リュウの存在を北の一族に報せることなくかくまってくれた。

 ――リュウが十二歳になり、西へと姿を消すまで続いた秘密の交流だ。

 それ以来、『姫』の伽役を決めるために魔法士たちが集められたその夜まで、リラとは会っていない。そのため、「横からさらった」と言われても仕方がないと言えば仕方がないのだが。

「そうは言ってもなあ。ダリアンは『姫』にべた惚れだしなあ」
「俺に文句を言うのはお門違いだ。伽役を選んだのは俺じゃない」
「そりゃそうだけどさ。ちょっとかわいそうじゃん? 初恋の女の子をかっさらわれて」
「………」

 そう言われてもリュウにはよく分からない。
 そもそも、恋だの愛だのがよく分からない。自分の中にないからだ。
 ただ、ダリアンが『姫』を愛しているというのなら、伽役はダリアンにしてやればよかったのに、とは思っている。
 ――選んだのは、リラ自身だ。
 だから、ダリアンがリュウを目の敵にしていると聞いてもどうしようもない。

「お前さあ」

 カッツェは客より早くティーカップを空にしながら、ふとリュウを見た。

「北へ様子見に行ってやったら?」
「……は?」
「お前の顔見たら、一念発起して力の制御できるようになるかもしれないじゃん? 男って単純だからさあ」
「……余計魔力が暴走する未来しか見えないんだが……」
「いや。ダリアンは真面目だからな、『もっと頑張らねば!』と気合い入れ直すぜ、きっと」
「………」

 深いため息が出た。カッツェの言う通り、ダリアンは大真面目に『修行のし直しである!』と言い出しかねない男だった。
 そして、修行をもっと頑張ってもらわねばならないのも事実だ。もしも自分の存在が起爆剤となるのなら――

「……行ってみるか……」

 リュウはようやくティーカップの中身を空にする。

「おお! その気になってくれたか!」
「ああ。そして北のにお前の髪の上手な焼き方を教えてやってくる」
「ちょっと待ってなんで俺のハゲ進行させ計画が始まってるの!?」
「男の大半はいつかハゲる。気にするな」
「お前もハゲろばかやろー!」

 残念ながらリュウはふさふさである。彼の両親もふっさふさだった。ハゲる可能性は限りなく低い。
 そしてカッツェのようにたやすく他人の魔法で燃やされるほど甘くない。ついでにもしも誰かにそんなことをされようものなら、倍返しでハゲ返しをする自信もある。
 どこで役に立つのかさっぱり分からない自信だったが、リュウにとっては当然の心持ちだった。



 北山は四山の中でもっとも寒い。高さはそれほどないのだが、空気が薄い気がする。

「に、西のリュウ様!? い、いらっしゃいませ。何の御用でしたでしょうか――」

 副官の一人――たしか名はロゼン――が、慌てふためいてリュウを出迎える。

「忙しいのにすまない。ダリアンに会いたいのだが」

 リュウが丁寧に頭を下げて礼をすると、ロゼンはわたわたと落ち着かなげに身を動かし、

「ダ、ダリアン様は現在滝行に……しばらく戻っていらっしゃらないかと……」
「……そうか」

 なら待つような用でもない。さっさと帰ってしまおう。リュウはもう一度頭を下げて、

「邪魔をした。帰ることにする」
「ま、待ってください!」

 なぜかロゼンのほうから呼び止められた。わたわたと小忙しい北の副官はリュウの手を取り、

「どうか、どうかダリアン様がお戻りになるまでお待ちになってください。今すぐダリアン様に遣いを出して、呼び戻しますので!」
「いや、そこまでしてもらうような用はないのだが」
「こちらがあるのです、どうか!」

 ロゼンは大慌てで他の副官を呼び、ダリアンに遣いを出すように命じる。
 それからリュウに深く頭を下げた。

「――ダリアン様はリラ様のご様子を大変気にしておいでです。リラ様のことをお話さしあげてほしいのです」
「………」

 そこか。リュウは苦い思いでロゼンの低くなった頭を見る。

(俺が話してダリアンが喜ぶのか)

 かといってリラの神殿にいる世話女たちは男子と会えない決まりだし、話を聞くにはリュウしかいないのも事実だ。
 リュウはため息をついて、

「俺に話せることなど限られているぞ」

 と前置きした。
 ロゼンがほっとしたような顔を上げる。心底リュウを信頼しているような、リュウには理解不能の顔だった。



 ダリアンが戻ってきたのはその四半時ほどあとのことだ。

「………」

 滝行のあとだけに湯浴みをしてから、座敷で待っていたリュウの前に姿を現した。
 相変わらず大岩のように体がでかい。筋骨隆々で、鍛える場所が間違っているような気がする。魔法士に筋肉が全くいらないとは言わないが。
 うまくいかない魔法制御への苛立ちを肉体改造にぶつけている――と言ったところか。
 リュウは立ち上がった。

「久しぶりだな、ダリアン」
「………」

 年齢で言えばダリアンのほうが五つほど上となる。だが山の魔法士となった時点で上下関係などなくなっている。リュウは遠慮なくダリアンを呼び捨てにした。
 ダリアンは――
 おもむろに、その重そうな頭を下げた。

「……久しぶりにござる。リュウ殿」
「それはやめてくれと前に言わなかったか」
「我の癖ゆえ。直そうにも直せぬ」

 リュウは肩をすくめた。ダリアンに『殿』付けで呼ばれると、皮肉にしか聞こえないのが困ったものだ。
 ダリアンは単純に、他の山の魔法士たち全員に敬意を払っているだけだというのに。

(偏見で見ているのは俺のほうか)

「とりあえず、座るか」
「うむ」

 カッツェの屋敷は最新式だが、この北山の建物は昔懐かしバーンデルトの古風な平屋座敷だ。
 竹編みの小さな円座の上にあぐらをかき、二人して向き合って座る。
 お互いに、しばらく言葉が出なかった。ダリアンはその黄色い目でじっとリュウを見つめるだけだ。リュウは居心地の悪さを感じながらも目をそらさなかった。
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