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7 金色の炎
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「…………そう、か」
震える唇を結んで、それだけ絞り出した。
真っ暗になる視界。
だけど、俺の瞳の奥には、あの燃える太陽がある。
そうだ、そうだった。
フラウに俺が必要なくなっても、俺に好意を寄せてくれなくなっても。
それでも、俺がフラウのために努力することを……諦める必要は、ない。
俺は、大きく口を引いて笑った。太陽を胸に、零れる涙を隠さずに笑った。
「そうか。……見てろよ、大人になった俺は、きっとフラウの好きな男だ」
だって、俺はフラウのために頑張るから。
だって俺は、俺とフラウを幸せにしなくてはいけないから。
ふたつを同時に叶えるには、目指す未来はひとつしかない。
見てろ、フラウ。
俺はフラウみたいに寄り道をしない。まっすぐ、君だけを狙って努力するからな。
あの時のフラウは、こうだったのだろうか。
涙を越えて、俺は笑う。
まっすぐに、オレンジの瞳を射貫いてこの光が焼き付くように。
* * * * *
私は、口にしようとした台詞を浮かべたまま、言葉を失っていた。
きっと誤解されて俯いた殿下を、いつものように抱きしめようとした時。その時ついと持ち上がった瞳が、私の動きを止めた。
甘い、あまい蜂蜜色の瞳は、燃える黄金となって私を見つめている。
違う、殿下は、殿下はこんな……
狼狽える私に気付くでもなく、殿下のまとう雰囲気が変わる。
透明な涙を零しながら、にっと浮かべた満面の笑みが私を震わせた。
どくり、と心の臓までも震わせた表情は、私の知る殿下のそれではない。
こんなの、これでは、話が違うではないか。
愛らしく可愛い殿下でなくては、私は。
徐々に熱を帯びる頬を押さえ、自らの考えに瞠目した。
可愛い殿下でなくては……何だというのか。
私は、殿下を好きだったはず。これほどまでに殿下のために頑張っていたのは、殿下が好きだからのはず。
そう、大好きな殿下のために。
殿下のために、あの方の代わりに、愛を注ぐ、ために……?
掘り返して出てきた思いに、呼吸が止まりそうになった。
そんなはずはない、私のこれは、殿下に恋するものだったはず。
だけど、それなら今の、この思いは一体なに?
こんな胸苦しさ、今までなかったのに。
胸を打つ早鐘は、なぜ?
黙り込んだ私を見つめ、殿下は不思議そうな顔をする。
私は、ついに諦めて柔らかな微笑みを浮かべた。
そうだったのか。
役目を押しつけていたのは、私だったのか。
だって殿下は、いつも私を1人の女性として扱っていた。
だけど私は、1人の女性として振る舞っていなかった。
だから、言おうと思っていた。
いいえ、待ちません、と。ずっとお側で、殿下の成長を見守りたかったから。
だから、婚約を結び直してほしいと。いつか、きっと破棄される婚約だとしても。
たとえ、私と同じ色をもつ、亡き母親の代わりだとしても。
ごめんなさい、殿下。
母親代わりを押しつけたのは、私。
勝手に役にはまり込んでいたのは、私。
「フラウ、どうしたんだ?」
俯いた私を覗き込む、強い瞳。金の炎は私を焦がさんばかりに、この胸を温めた。
嘘でしょう、こんな、落ち着かないなんて。
信じられない、こんな、気持ちが揺れるなんて。
だけど、私は淑女。
淑女たるもの、夫とする人を不安にさせたままにはできない。
ええ、私は決めました。
「殿下」
そっとかがみ込み、まださほど大きさの変わらない手を取る。
「フラウは、『その時』を待ちません」
殿下は、ほんのりと苦笑して、うんと頷いた。
「フラウは、殿下をお守り致します。ずっと、そばにおります。淑女として、殿下のお心も守ってしかるべきだと思います。で、ですから……」
すう、と深呼吸して震える唇を誤魔化した。
「ユグ・ラシルディー殿下。わ、私フラウ・フルメリアは……殿下へ、こ、こ、婚約を、申し込みます!!」
顔は、上げられなかった。
ばくばくと鳴る心の臓は、まるであの大きかった火竜のそれと取り替えたよう。
震えながら沙汰を待ったのは、何分? それとも何秒だったのだろうか。
そっと抱き込まれた胸からも火竜のそれが聞こえて、私はふわりと微笑んだのだった。
震える唇を結んで、それだけ絞り出した。
真っ暗になる視界。
だけど、俺の瞳の奥には、あの燃える太陽がある。
そうだ、そうだった。
フラウに俺が必要なくなっても、俺に好意を寄せてくれなくなっても。
それでも、俺がフラウのために努力することを……諦める必要は、ない。
俺は、大きく口を引いて笑った。太陽を胸に、零れる涙を隠さずに笑った。
「そうか。……見てろよ、大人になった俺は、きっとフラウの好きな男だ」
だって、俺はフラウのために頑張るから。
だって俺は、俺とフラウを幸せにしなくてはいけないから。
ふたつを同時に叶えるには、目指す未来はひとつしかない。
見てろ、フラウ。
俺はフラウみたいに寄り道をしない。まっすぐ、君だけを狙って努力するからな。
あの時のフラウは、こうだったのだろうか。
涙を越えて、俺は笑う。
まっすぐに、オレンジの瞳を射貫いてこの光が焼き付くように。
* * * * *
私は、口にしようとした台詞を浮かべたまま、言葉を失っていた。
きっと誤解されて俯いた殿下を、いつものように抱きしめようとした時。その時ついと持ち上がった瞳が、私の動きを止めた。
甘い、あまい蜂蜜色の瞳は、燃える黄金となって私を見つめている。
違う、殿下は、殿下はこんな……
狼狽える私に気付くでもなく、殿下のまとう雰囲気が変わる。
透明な涙を零しながら、にっと浮かべた満面の笑みが私を震わせた。
どくり、と心の臓までも震わせた表情は、私の知る殿下のそれではない。
こんなの、これでは、話が違うではないか。
愛らしく可愛い殿下でなくては、私は。
徐々に熱を帯びる頬を押さえ、自らの考えに瞠目した。
可愛い殿下でなくては……何だというのか。
私は、殿下を好きだったはず。これほどまでに殿下のために頑張っていたのは、殿下が好きだからのはず。
そう、大好きな殿下のために。
殿下のために、あの方の代わりに、愛を注ぐ、ために……?
掘り返して出てきた思いに、呼吸が止まりそうになった。
そんなはずはない、私のこれは、殿下に恋するものだったはず。
だけど、それなら今の、この思いは一体なに?
こんな胸苦しさ、今までなかったのに。
胸を打つ早鐘は、なぜ?
黙り込んだ私を見つめ、殿下は不思議そうな顔をする。
私は、ついに諦めて柔らかな微笑みを浮かべた。
そうだったのか。
役目を押しつけていたのは、私だったのか。
だって殿下は、いつも私を1人の女性として扱っていた。
だけど私は、1人の女性として振る舞っていなかった。
だから、言おうと思っていた。
いいえ、待ちません、と。ずっとお側で、殿下の成長を見守りたかったから。
だから、婚約を結び直してほしいと。いつか、きっと破棄される婚約だとしても。
たとえ、私と同じ色をもつ、亡き母親の代わりだとしても。
ごめんなさい、殿下。
母親代わりを押しつけたのは、私。
勝手に役にはまり込んでいたのは、私。
「フラウ、どうしたんだ?」
俯いた私を覗き込む、強い瞳。金の炎は私を焦がさんばかりに、この胸を温めた。
嘘でしょう、こんな、落ち着かないなんて。
信じられない、こんな、気持ちが揺れるなんて。
だけど、私は淑女。
淑女たるもの、夫とする人を不安にさせたままにはできない。
ええ、私は決めました。
「殿下」
そっとかがみ込み、まださほど大きさの変わらない手を取る。
「フラウは、『その時』を待ちません」
殿下は、ほんのりと苦笑して、うんと頷いた。
「フラウは、殿下をお守り致します。ずっと、そばにおります。淑女として、殿下のお心も守ってしかるべきだと思います。で、ですから……」
すう、と深呼吸して震える唇を誤魔化した。
「ユグ・ラシルディー殿下。わ、私フラウ・フルメリアは……殿下へ、こ、こ、婚約を、申し込みます!!」
顔は、上げられなかった。
ばくばくと鳴る心の臓は、まるであの大きかった火竜のそれと取り替えたよう。
震えながら沙汰を待ったのは、何分? それとも何秒だったのだろうか。
そっと抱き込まれた胸からも火竜のそれが聞こえて、私はふわりと微笑んだのだった。
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