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第1章
放課後のモノクローム
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青柳 陽は、自分の毎日を「再生され続ける古いフィルム」みたいだと思っていた。
色は色褪せ、音はくぐもり、登場人物の感情には字幕すらつかない。映像の中にいるのは確かに自分なのに、どこか現実感がない。
朝のホームルーム。教師の声が教室を満たし、窓の外では春の光が校庭の砂を白く照らしている――きっと、誰かにとっては青春なのだろう。陽にとっては、ただ流れていくだけの背景だった。
クラスには席があり、名前があり、出席も取られる。それなのに、誰とも視線が交わらない日がある。声を発さずに一日が終わることも、珍しくなかった。
孤立している、という言葉は少し違う。拒まれているわけでもない。ただ、最初の一歩を踏み出す勇気が、どこにも見当たらなかった。
昼休み、笑い声が波のように広がる教室で、陽は弁当を早々に食べ終え、ノートの余白に意味のない線を引いていた。色のない線だった。
放課後。チャイムが鳴ると同時に教室は一斉に動き出す。部活へ向かう者、どこかへ遊びに行く約束をしている者。陽は、誰にも気づかれないまま席を立ち、旧校舎へ向かった。
旧校舎は、時間に取り残された場所だった。使われなくなった教室、軋む床、剥がれかけた掲示物。その最奥にある図書室が、彼のお気に入りだった。
背表紙の色が抜けた本たち。窓から差し込む斜めの光。外界から切り離されたような静けさ。ここでは、息をすることだけが許されている気がした。
その日も、いつもの席で文庫本を開いた瞬間――軽やかな足音が、静寂を破った。
「……こんなところにいたんだ」
声の主は、秋穂だった。
この場所に、彼女は似合わなさすぎた。長い髪を揺らし、制服を着崩してもどこか品がある。笑顔が自然で、周囲の空気を明るくする少女。クラスの中心で、誰もが名前を呼ぶ存在。
「え……なんで……」
言葉が、喉で詰まる。
「陽くん、よくここ来るんだよね?」
“くん”付けで呼ばれたことに、胸が小さく跳ねた。誰から聞いたのかと問う前に、秋穂はにっと笑う。
「ねえ、お願いがあるの」
距離が近い。息がかかるほどの距離に、陽は思わず椅子を引いた。
「秘密の計画を手伝ってほしいの。放課後限定、時間外活動」
冗談めいた口調。けれど、その目は真剣だった。
「……僕じゃ、役に立たないよ」
無意識に出た、いつもの自己防衛の言葉。
秋穂は一瞬だけ困った顔をして、それから声を落とした。
「だから、君がいいの」
理由は告げられなかった。それなのに、その一言は、胸の奥に深く沁みた。
断る理由を考える間もなく、世界が静かに動き出していた。
この日が、自分の人生にとって、最も鮮やかな始まりになることを、陽はまだ知らない。
モノクロだった放課後に、名前のついていない色が、滲み始めていることも。
色は色褪せ、音はくぐもり、登場人物の感情には字幕すらつかない。映像の中にいるのは確かに自分なのに、どこか現実感がない。
朝のホームルーム。教師の声が教室を満たし、窓の外では春の光が校庭の砂を白く照らしている――きっと、誰かにとっては青春なのだろう。陽にとっては、ただ流れていくだけの背景だった。
クラスには席があり、名前があり、出席も取られる。それなのに、誰とも視線が交わらない日がある。声を発さずに一日が終わることも、珍しくなかった。
孤立している、という言葉は少し違う。拒まれているわけでもない。ただ、最初の一歩を踏み出す勇気が、どこにも見当たらなかった。
昼休み、笑い声が波のように広がる教室で、陽は弁当を早々に食べ終え、ノートの余白に意味のない線を引いていた。色のない線だった。
放課後。チャイムが鳴ると同時に教室は一斉に動き出す。部活へ向かう者、どこかへ遊びに行く約束をしている者。陽は、誰にも気づかれないまま席を立ち、旧校舎へ向かった。
旧校舎は、時間に取り残された場所だった。使われなくなった教室、軋む床、剥がれかけた掲示物。その最奥にある図書室が、彼のお気に入りだった。
背表紙の色が抜けた本たち。窓から差し込む斜めの光。外界から切り離されたような静けさ。ここでは、息をすることだけが許されている気がした。
その日も、いつもの席で文庫本を開いた瞬間――軽やかな足音が、静寂を破った。
「……こんなところにいたんだ」
声の主は、秋穂だった。
この場所に、彼女は似合わなさすぎた。長い髪を揺らし、制服を着崩してもどこか品がある。笑顔が自然で、周囲の空気を明るくする少女。クラスの中心で、誰もが名前を呼ぶ存在。
「え……なんで……」
言葉が、喉で詰まる。
「陽くん、よくここ来るんだよね?」
“くん”付けで呼ばれたことに、胸が小さく跳ねた。誰から聞いたのかと問う前に、秋穂はにっと笑う。
「ねえ、お願いがあるの」
距離が近い。息がかかるほどの距離に、陽は思わず椅子を引いた。
「秘密の計画を手伝ってほしいの。放課後限定、時間外活動」
冗談めいた口調。けれど、その目は真剣だった。
「……僕じゃ、役に立たないよ」
無意識に出た、いつもの自己防衛の言葉。
秋穂は一瞬だけ困った顔をして、それから声を落とした。
「だから、君がいいの」
理由は告げられなかった。それなのに、その一言は、胸の奥に深く沁みた。
断る理由を考える間もなく、世界が静かに動き出していた。
この日が、自分の人生にとって、最も鮮やかな始まりになることを、陽はまだ知らない。
モノクロだった放課後に、名前のついていない色が、滲み始めていることも。
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