26 / 78
くもいの館 前編
4.
しおりを挟むカア、カア。濡れたような翼が翻る。烏がぱたぱたと翼をはためかせて頭上を飛んでいった。
ここの烏たち可愛いんだよな。妙に愛嬌があるというか、目が合っても襲ってくる気配もないし、なんなら留まってるやつとか首傾げてこっちに近付いてくる。
そんなことをぼんやり思っていたから、前方を歩いていたひつじさんがふと聞いてきた言葉をうっかり聞き逃しそうになった。
「×××さんは社長が苦手ですか?」
完全に気を抜いていたので取り繕う言葉が咄嗟に出てこない。私は口ごもった。くそ。私が正直者で善良なばかりに…!
「いやあ…まぁその」
「お嫌いでしょうか」
「いや、それはないです! 拾ってもらった恩を忘れたわけじゃないですし」
悲しげに重ねて問われ、慌てて弁解する。した後で、これでは苦手か? の問いに「はい」と言ったも同然だと気付いた。やっちまった、と思うも、ひつじさんは「そうですか」と納得した様子だ。
「ひつじさん…なんか嬉しそうですね」
「ええ、それはもう」
ひつじさんは雇い主に関する事で我が事のように嬉しそうにする。上司に対する忠誠心があるとしたら私とは雲泥の差だ。
「お早い帰りを希望されておいででしたから、さっさと終わらせてしまいましょう」
「ええ…? まさかぁ…」
一体どこら辺で思ったんだろう。俄には信じられない。ひつじさんは私の疑問ありありの顔を見て、うーんと困ったように唸ったが結局苦笑するのみだった。
「ひつじさん、今から行くのは依頼者さんのご自宅なんですよね。依頼者さんって、」
どんな方なんですか?
そう続けるはずだったが、ざあ、と吹いてきた風に紛れてしまう。強い風だ。ざわざわと木々が揺れ、枝で休んでいた烏たちが驚いて飛び立っていく。
羽ばたきに紛れて、ひつじさんが呟く。
「え…?」
「わたしから離れないでくださいね」
よく聴き取れず首を傾げた私を振り返り、ひつじさんは穏やかに微笑んだ。
離れないで、なんて、その顔で言おうものならとんだ誤解を受ける。言ったのが私でよかったな。いつもならそう思う。けれど、この時はそんな軽口も浮かばなかった。
胸を充たすのはじっと立っていられないようなそわそわとした感覚。
妙な胸騒ぎがした。
「あ…はい。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ」
前方にはもはや見慣れた鳥居が見えてきた。林の出口はもうすぐだ。
少し呆けていた私は慌てて前を行くひつじさんの後を追った。
風の音ではっきりとは聴こえなかったけれど、聴き間違えでなければ、彼はこう言ったと思う。
----くもいのやしき、と。
0
あなたにおすすめの小説
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
月弥総合病院
僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)
三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。
佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。
幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。
ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。
又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。
海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。
一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。
事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。
果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。
シロの鼻が真実を追い詰める!
別サイトで発表した作品のR15版です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる