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くもいの館 前編
6.
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通された館の中は、内装から受けた印象を裏切らず、とても立派なものだった。
ゴミ屋敷ではなかったな。失礼な事を言ってしまって大変申し訳ない次第だ。
でも、と私は顔を頭上に向けた。窓から差し込む陽光を受けてきらりと光るもの。
蜘蛛の巣だ。
床は磨かれ鏡のようにぴかぴかで掃除が疎かになっていそうではないのに、なぜか蜘蛛の巣が多い。ここから見える限りでは何処も家主は不在のようなのに撤去されずにある。綺麗な屋敷にあるそれが少し不思議に映った。
広いお屋敷にはあまり人気がなく静かなので、外を飛ぶ鳥の鳴く声もチクタクと何処からか響く時計の音もよく聞こえる。都会の喧騒など皆無。なんて長閑なんだ…と感慨深く思っている私の前を行く美女が裾を揺らして振り返った。
「久しぶりのお客さまだからワクワクしちゃうわ。どうやっておもてなししようかしらってずっと考えていたの」
「お、お気遣いなく」
「だーめ、いっぱい歓迎させてちょうだい」
近付いて来た彼女が私の両手をぎゅっと握って甘く微笑む。握られた手が柔らかいわ、ついでに甘い匂いもして頭がクラっとする。墓から這い出てきたゾンビのような呻きが出そうになって目をつむる。
彼女は何が面白いのか「ふふっ」と笑い「こっちよ」と踵を返した。ドアのひとつを開けて軽い足取りで入っていく。
「うう…顔面偏差値つよ…」
それにしても、彼女は何ていう名前だったか。表札がかかっていたはずなのだが、何故か彫られていた名前が思い出せない。なんてことだ。客の名前もわからないなんて…。いやいやでも仕方がない。後で自己紹介するついでに教えてもらうとして、来る時にひつじさんが言っていた…く、くもいのやしき、だっけ? それを取ってくもいさんと呼ばせてもらおう。
「ねえ茶葉は何がお好き? クッキーは? フィナンシェの方がお好み? お菓子もたくさんご用意したのよ。ほら、こちらにいらっしゃい」
ドアからひょっこり顔を覗かせたくもいさんが私に向かって手招きをしている。
ひつじさんが澄ました顔でそれに応えた。
「どうぞお構い無く」
「あなたに言ってないわよぉ」
陶器の頬を膨らませてくもいさんがひつじさんを睨んだ。美人は怒っても可愛い。すごい。
「それは失礼しました」
全く怯む様子のないひつじさんが飄々と返す姿を珍しく思いながら、招かれるまま扉を潜った。
ゴミ屋敷ではなかったな。失礼な事を言ってしまって大変申し訳ない次第だ。
でも、と私は顔を頭上に向けた。窓から差し込む陽光を受けてきらりと光るもの。
蜘蛛の巣だ。
床は磨かれ鏡のようにぴかぴかで掃除が疎かになっていそうではないのに、なぜか蜘蛛の巣が多い。ここから見える限りでは何処も家主は不在のようなのに撤去されずにある。綺麗な屋敷にあるそれが少し不思議に映った。
広いお屋敷にはあまり人気がなく静かなので、外を飛ぶ鳥の鳴く声もチクタクと何処からか響く時計の音もよく聞こえる。都会の喧騒など皆無。なんて長閑なんだ…と感慨深く思っている私の前を行く美女が裾を揺らして振り返った。
「久しぶりのお客さまだからワクワクしちゃうわ。どうやっておもてなししようかしらってずっと考えていたの」
「お、お気遣いなく」
「だーめ、いっぱい歓迎させてちょうだい」
近付いて来た彼女が私の両手をぎゅっと握って甘く微笑む。握られた手が柔らかいわ、ついでに甘い匂いもして頭がクラっとする。墓から這い出てきたゾンビのような呻きが出そうになって目をつむる。
彼女は何が面白いのか「ふふっ」と笑い「こっちよ」と踵を返した。ドアのひとつを開けて軽い足取りで入っていく。
「うう…顔面偏差値つよ…」
それにしても、彼女は何ていう名前だったか。表札がかかっていたはずなのだが、何故か彫られていた名前が思い出せない。なんてことだ。客の名前もわからないなんて…。いやいやでも仕方がない。後で自己紹介するついでに教えてもらうとして、来る時にひつじさんが言っていた…く、くもいのやしき、だっけ? それを取ってくもいさんと呼ばせてもらおう。
「ねえ茶葉は何がお好き? クッキーは? フィナンシェの方がお好み? お菓子もたくさんご用意したのよ。ほら、こちらにいらっしゃい」
ドアからひょっこり顔を覗かせたくもいさんが私に向かって手招きをしている。
ひつじさんが澄ました顔でそれに応えた。
「どうぞお構い無く」
「あなたに言ってないわよぉ」
陶器の頬を膨らませてくもいさんがひつじさんを睨んだ。美人は怒っても可愛い。すごい。
「それは失礼しました」
全く怯む様子のないひつじさんが飄々と返す姿を珍しく思いながら、招かれるまま扉を潜った。
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