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くもいの館 後編
5.
しおりを挟む「みつけた」
甘やかな声がしてバッと振り返ると、いつの間にかくもいさんが少し離れた場所に立っていた。ひとの姿だったが、壁に映し出された蜘蛛の影を思い出して思わず硬直した私の腕を、
「こちらへ」
ひつじさんが掴んで走り出す。
灯した灯りに導かれるように飛び込んだ部屋は、奇しくも彼女と初めて対峙した食堂だった。
「逃げても無駄よぉ。この邸に一度脚を踏み入れたら何人たりとももう出ることはできないんだから」
コツコツ、と上品な靴音を響かせ、優雅な足取りでくもいさんが食堂に入ってくる。食堂の奥へと逃げる私達に「ねえ」と呼び声がかかる。
「何も全部頂戴と言ってるんじゃないのよ? 少し味見をしたいだけ。今までだってそうしてきたじゃないの」
「彼女を渡すつもりはありません」
「そう、残念ね」
にべもないひつじさんの返答にもちっとも残念そうに見えない様子でくもいさんが笑う。
「なら、そうね…ふふ、彼女から来て頂こうかしら?」
パチン。指を弾く音とともに、食堂と、その周辺に灯っていた灯りが一斉に消えた。残ったのは私が持っていた燭台の仄かな灯りだけだ。
僅かな光源でも光に慣れていた視界が闇に沈む。私でさえそうなのだ。ひつじさんにはもっと深刻だろう。
「ねえ、あなた」くもいさんの大きな瞳が暗がりで光る。
「先程の大きなお声が聞こえたのだけれど、わたくしのお願いをきいてもらえるなら、その方を帰して差し上げても構わないわよ。もちろん、あなたも一緒に。悪い話じゃないでしょう?」
「本当ですか」
「彼女の言葉を信じてはいけません! 彼女はあなたを---」
「まぁ囀ずるのだけはお上手だこと。今この子と話しているのはわたくしなのよ。黙っていてくださる?」
途端、ひつじさんが呻いて膝をついた。すぐさま同じように膝をついて様子を見れば、その身体には糸が何重にも巻き付いている。
首もとに巻き付いた糸がぎりぎりと食い込み、ひつじさんが苦しげに呻く。「ひつじさん…!」このままでは死んでしまう!
「この程度で死にはしないわ。少し黙ってもらうだけ」
私の心の声を読んだかのようにくもいさんが言う。
「優しい子じゃあないの。こんなにもあなたを案じて。でも、あなたにはこの子の気持ちは到底わからないでしょうね。いくら人間の真似事をしても本物にはなれないのと同じように」
ひつじさんの肩が強張る。
「…あらあら、あなたまだこの子にご自分のこと教えてないの? どうして? まさか知られるのが怖いの? ならわたくしが代わりに教えてあげましょうか」
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