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奴隷との新しい生活
014奴隷と神様の名前
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シロの名前は『シロ』で落ち着いた。
それからシロは、自分の一人称が『私』から『シロ』に変わっていた。
よほど気に入ったのだろう。
嬉しいことだ。
これはこれでいいと思っているのだけれど、ひとつ気になっていることがあった。
それは俺の呼び名。
『かみさま』、それが俺の呼び名だ。
俺の苗字は、神谷(かみや)だからニックネームかと思っていた。
しかし、シロは食事のたびに「かみさま、ありがとうございます」と言っていた。
敬虔(けいけん)なクリスチャン・・・とは思っていなかったけれど。
伝えなければならない。
たとえ、がっかりさせてしまったとしても。
シロの好意を失うかもしれないとしても。
騙してはいけない。
誤解をそのままにしておくのは騙すのと同じだ。
シロが望んでいるのは、自分を助けてくれる神様であって、引きこもりの大学生ではないはずだ。
この事実を伝えないことで俺は珍しく「もやもや」していた。
一人暮らしで誰とも会わないと感じなかった「もやもや」。
これを何とかしなければ。
正義感なのか、ストレスからの逃げなのか。
それとも、その両方なのか・・・
俺はとりあえず、部屋に置いているテーブルの椅子に座った。
「シロ、おいで」
声をかけると、シロは視線をこちらに向けて笑顔で寄ってきた。
テーブルと椅子に大きく隙間を開けていたからか、すごく自然に俺の膝に座った。
一瞬驚いたが、シロはにこにこしてこちらを見ている。
シロは軽いから全然嫌じゃない。
むしろ、嬉しさを感じた。
他人と暮らすということはこういうことだ。
俺が思った行動と違うことがある。
それはシロが人間で、俺とは別個体ということだ。
俺が思った以外の行動をするということは、俺の中にも彼女のイメージがあり、それは必ずしも彼女自身とは違うということ。
俺の中のイメージの彼女と本物の彼女が一致してくるのには時間がかかるのだろう。
違うところを見つけたら喜ばしいことなのだ。
また新しい面を見つけたということなのだから。
そんなことは今どうでもいいこと。
俺は現実から目をそらしていた。
「シロ、聞いてほしいんだ」
「はい、かみさま」
にこにこした視線は何かを期待しているようにも見える。
その好意は『神様』に向けたものであって、俺に向けたものではない。
そう考えると心はチクリとした。
「シロは俺のことを神様だと思っているんだろうけど、俺は神様じゃないんだ・・・」
『ぽかーん』という言葉がぴったりな表情。
そりゃあ、そうだろう。
自分が信じた神様が偽物だと言い始めたのだ。
「ごめんな、シロ・・・」
「かみさまは、シロにご飯を食べさせてくれました。お風呂にも入れてくれました。名前も付けてくれました・・・そんなことは『かみさま』にしかできません」
「ご飯もお風呂も誰にでもできることなんだよ。俺は神様じゃないんだ」
シロは寂しそうな顔をして立ち上がって窓の方に歩いて行った。
その姿がとても寂しそうで、俺は目で追ってしまった。
「シロがここに来る前・・・辛いことがあったとき・・・神様に助けてってお願いしたおことがありました」
シロはポツリ、ポツリと話し始めた。
「毎日毎日お願いしたけれど、何も変わらなかったです」
虐待されていた過去のことを言っているのだろうか。
それだけで心が締め付けられるようだった。
「熱くて、寒くて、お腹がすいて・・・いつか何も感じなくなって・・・その後は覚えていません・・・」
「・・・」
「ここに来て・・・『かみさま』は温かいお風呂に入れてくれました。ご飯も・・・」
「それは・・・当たり前で・・・」
「『かみさま』はシロだけの『かみさま』です。お願いしても何もしてくれないどこかの神様は、きっとシロのことが嫌いなのです・・・」
シロの背中はあまりにも寂しそうで、つい後ろから抱きしめてしまった。
抱きしめた俺の手にシロはそっと手を添えた。
「『かみさま』はシロだけの『かみさま』です・・・」
『もういいや』そう思った。
こだわっていたのは俺だけだった。
誤解があることに罪悪感があって、俺はそこから逃げたかっただけだった。
解消したからって幸せになる訳じゃない。
俺が目指した先には、誰もハッピーになる未来はなかった。
どうで二人しかいない世界だ。
誰かに揶揄(からか)われる訳じゃない。
シロは俺を『かみさま』と呼んでもいいじゃないか。
彼女がそう望んでいる。
せいぜい俺は『かみさま』らしく、2人の世界を守っていこうと思った。
「よし、じゃあ、シロのかみさまが、とっておきのおいしいおやつとコーヒーを準備してやろう」
「ほんと!?」
シロはまた花が咲いたような笑顔を見せてくれた。
俺がかみさまなら、シロは天使なんだよ。
それからシロは、自分の一人称が『私』から『シロ』に変わっていた。
よほど気に入ったのだろう。
嬉しいことだ。
これはこれでいいと思っているのだけれど、ひとつ気になっていることがあった。
それは俺の呼び名。
『かみさま』、それが俺の呼び名だ。
俺の苗字は、神谷(かみや)だからニックネームかと思っていた。
しかし、シロは食事のたびに「かみさま、ありがとうございます」と言っていた。
敬虔(けいけん)なクリスチャン・・・とは思っていなかったけれど。
伝えなければならない。
たとえ、がっかりさせてしまったとしても。
シロの好意を失うかもしれないとしても。
騙してはいけない。
誤解をそのままにしておくのは騙すのと同じだ。
シロが望んでいるのは、自分を助けてくれる神様であって、引きこもりの大学生ではないはずだ。
この事実を伝えないことで俺は珍しく「もやもや」していた。
一人暮らしで誰とも会わないと感じなかった「もやもや」。
これを何とかしなければ。
正義感なのか、ストレスからの逃げなのか。
それとも、その両方なのか・・・
俺はとりあえず、部屋に置いているテーブルの椅子に座った。
「シロ、おいで」
声をかけると、シロは視線をこちらに向けて笑顔で寄ってきた。
テーブルと椅子に大きく隙間を開けていたからか、すごく自然に俺の膝に座った。
一瞬驚いたが、シロはにこにこしてこちらを見ている。
シロは軽いから全然嫌じゃない。
むしろ、嬉しさを感じた。
他人と暮らすということはこういうことだ。
俺が思った行動と違うことがある。
それはシロが人間で、俺とは別個体ということだ。
俺が思った以外の行動をするということは、俺の中にも彼女のイメージがあり、それは必ずしも彼女自身とは違うということ。
俺の中のイメージの彼女と本物の彼女が一致してくるのには時間がかかるのだろう。
違うところを見つけたら喜ばしいことなのだ。
また新しい面を見つけたということなのだから。
そんなことは今どうでもいいこと。
俺は現実から目をそらしていた。
「シロ、聞いてほしいんだ」
「はい、かみさま」
にこにこした視線は何かを期待しているようにも見える。
その好意は『神様』に向けたものであって、俺に向けたものではない。
そう考えると心はチクリとした。
「シロは俺のことを神様だと思っているんだろうけど、俺は神様じゃないんだ・・・」
『ぽかーん』という言葉がぴったりな表情。
そりゃあ、そうだろう。
自分が信じた神様が偽物だと言い始めたのだ。
「ごめんな、シロ・・・」
「かみさまは、シロにご飯を食べさせてくれました。お風呂にも入れてくれました。名前も付けてくれました・・・そんなことは『かみさま』にしかできません」
「ご飯もお風呂も誰にでもできることなんだよ。俺は神様じゃないんだ」
シロは寂しそうな顔をして立ち上がって窓の方に歩いて行った。
その姿がとても寂しそうで、俺は目で追ってしまった。
「シロがここに来る前・・・辛いことがあったとき・・・神様に助けてってお願いしたおことがありました」
シロはポツリ、ポツリと話し始めた。
「毎日毎日お願いしたけれど、何も変わらなかったです」
虐待されていた過去のことを言っているのだろうか。
それだけで心が締め付けられるようだった。
「熱くて、寒くて、お腹がすいて・・・いつか何も感じなくなって・・・その後は覚えていません・・・」
「・・・」
「ここに来て・・・『かみさま』は温かいお風呂に入れてくれました。ご飯も・・・」
「それは・・・当たり前で・・・」
「『かみさま』はシロだけの『かみさま』です。お願いしても何もしてくれないどこかの神様は、きっとシロのことが嫌いなのです・・・」
シロの背中はあまりにも寂しそうで、つい後ろから抱きしめてしまった。
抱きしめた俺の手にシロはそっと手を添えた。
「『かみさま』はシロだけの『かみさま』です・・・」
『もういいや』そう思った。
こだわっていたのは俺だけだった。
誤解があることに罪悪感があって、俺はそこから逃げたかっただけだった。
解消したからって幸せになる訳じゃない。
俺が目指した先には、誰もハッピーになる未来はなかった。
どうで二人しかいない世界だ。
誰かに揶揄(からか)われる訳じゃない。
シロは俺を『かみさま』と呼んでもいいじゃないか。
彼女がそう望んでいる。
せいぜい俺は『かみさま』らしく、2人の世界を守っていこうと思った。
「よし、じゃあ、シロのかみさまが、とっておきのおいしいおやつとコーヒーを準備してやろう」
「ほんと!?」
シロはまた花が咲いたような笑顔を見せてくれた。
俺がかみさまなら、シロは天使なんだよ。
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