こんなに遠くまできてしまいました

ナツ

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二章:初めての雨

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 初めてのお使いの翌々日、ダンさんはジャンプへと出かけて行った。
 また三人きりになった食卓をやけに侘しく感じてしまい、そんな自分に心が曇った。
 この先、私に家族が出来ることはないのだと諦めていたし、孤独には慣れ切っていると思っていた。
 なのにたった半月やそこらで、私は『当たり前に傍にあるものへの愛着』を思い出してしまった。
 
 ラスはもちろん、ベネッサさんもダンさんもとても優しくて、善良で、私への好意を前面に押し出してくる。
 ――大丈夫、甘えていいんだよ。
 ――君に何かしてあげられることが、嬉しくて仕方ないんだよ。
 彼らの言動には、そんなメッセージがにじみ出ている。
 好きにならずにいるのは、無理だった。

 好きになってしまえば、失うのが怖くなると、失った時に耐えがたい痛みを負うと、私は知っているのに。
 
 ダンさんは6日で戻ってくると言っていた。
 私は部屋のテーブルに庭に落ちている葉っぱを置いて、カレンダーの代わりにすることにした。
 変わりのないスケジュールで動く毎日なので、何か目印がないと日付の感覚がなくなってしまうのだ。

 その日も私は昼食後、食器の片付けに出たついでに落ち葉を拾い、部屋に戻ってテーブルに置いた。

「……6枚目だ」

 綺麗に並んだ茶色の葉っぱを眺め、ふう、と息を吐く。
 私は外に出て、ダンさんの帰りを待つことにした。
 何事もなく、無事戻ってきますように。
 庭の手ごろな石の上に腰掛け、心の中で強く念じる。
 太陽が傾いてきた頃、周辺の森の見回りに出かけていたラスが帰ってきて、私の隣にちょこんと座った。

「もしかして、父さんを待ってる?」
「うん。……エドラザフを超えるのって、大変なんだよね?」
「まあ、かなりの距離を休みなく飛ばなきゃいけないから、大変といえば大変だな」
「そっか」

 ラスは私の手の上に自分の手を置き、なだめる様に優しく握る。
 彼の手の方が小さいので、掴むみたいな格好になってるけれど、その気持ちが嬉しかった。

「今ミカが心配してるのは、ミカの父さんが戻ってこなかったから?」

 ラスが小声で尋ねてくる。

「そうかもしれない。……本当は私を迎えに来てくれるはずだったのに、来なかった。家もなくなってた。すごく驚いたし、信じられなかった。後からじわじわ悲しくなって……どうして私だけ残して死んだのかな、って。どうして、もう会えないのかな、って。誰も悪くないのに、寂しくて悲しくて、悔しくて。どんなに大切でも、突然いなくなるんだって分かった」

 私は素直な気持ちで心情を吐露した。
 いつものように、「仕方ない」とか「運が悪かった」とか、そんなありきたりの言葉で自分の心を守ったりはしなかった。
 話しているうちに、声が湿ってくる。
 ラスは前を向いたまま、私の手を強く握った。

「辛かったな」
「うん……。もう随分昔のことなのに、いまだに思い出すと泣けるの、変だよね」
「変じゃない」

 ラスはきっぱり言った。
 何の含みもないまっすぐな声に、心がじんわり包まれる。

「大人になっていてもきっと辛いのに、まだ子どものうちに両親を喪うのは、飛び方を教わる前に翼をもがれることと同じだ。苦しくて悲しいのは、当然だよ。時間が経ったって、変わるもんか」

 そうか。
 当然だったのか。
 ラスの言葉に全てを許された気分になる。
 周囲に迷惑をかけまいと一人踏ん張っていた小さな私が、胸の隅で声をあげて泣いた。

 それから二人でどれくらい待っただろう。
 急にラスが鼻をくん、と鳴らし、私の方を向く。

「帰ってきたよ、ミカ」
「分かるの?」
「ああ、父さんの匂いだ。ほら、行こう」

 先に立ち上がったラスに手を引かれ、早足で敷地を抜ける。
 獣道に出たところで、遠くに小山のような人影が見えた。
 ダンさんはこちらに気づくと、大きく手を振ってくれた。

「おかえりなさい!」

 すぐ傍まで近づいてきたダンさんに、気づけばそう声を掛けていた。
 声に出した瞬間、馴れ馴れしかったかな、と臆病な気持ちが顔を覗かせる。
 
「ただいま、ミカ。ラスも」

 ダンさんは豪快な笑顔で、私の躊躇いを吹き飛ばした。
 ぐりぐりと頭を撫でられれば、何とも言えない多幸感が湧いてくる。
 ある日突然断ち切られた少女時代をやり直しているような、そんな気分になる。
 えへへ、と締まりのない笑みを浮かべた私を見て、ラスも嬉しそうに笑った。

 ダンさんがジャンプで色々と買ってきてくれたので、私のタンスは一気に充実した。
 頑丈なブーツに厚手の靴下、背中に翼用の穴がないワンピースなんかは特に重宝している。
 中でも一番嬉しかったのは、日計ひばかりと呼ばれるブレスレットだった。

「朝起きたら、白い珠を一つこっちにずらすんだ。黒の線を超えたら、雨になるよ。赤の線を超えたら晴がくる。今は昨日の日付に合わせてあるから、自分で動かして今日に合わせてみて」

 ダンさんが自分のブレスレットを見せて、使い方を教えてくれる。
 彼らの左腕に嵌っているそのブレスレットには、だいぶ前に気づいていた。革製のラップブレスによく似たそれを、私はお揃いの装飾品だと思っていたのだが、違った。実際は、日にちを数える為の『簡易カレンダー』だった。

 見よう見まねでブレスレットの白い珠を摘まみ、左に軽く引っ張ってみる。
 すると、隣の灰色の珠が入れ替わるように白色に変わった。

「え!? あれ?」

 引っ張っただけで、隣の珠と色が交換された!
 物理的にはあり得ない気がする。
 目を丸くした私を見て、ベネッサさんはくすくす笑った。

「不思議よね。私も初めて使った時は、今のミカみたいな顔になったわ」
「……これ、もしかして魔法ですか? で、でもそれって大丈夫なんですか?」

 私はただびとだからいいとして、タリム人のベネッサさん達が使っていることが不思議でならない。
 
「ああ、これはサリム様の魔法だよ。サリム様は、定められた手順で作られた魔法具を使うことを、タリムの民にも許して下さってる。これはその一つなんだ」

 私の質問には、ダンさんが答えてくれた。

「定められた手順?」
「ああ。詳しいことは私にも分からないが、そうらしい。魔法具に呪詛を仕込むことが出来ないよう、制作前と途中に宣誓を立てるんだとか何とか」
「そうなんですね……」

 要は、タリム人にも使える安全な魔法具がある、ってことだよね。
 私は改めて自分の腕に巻いた四連のラップブレス――もとい「日計」を眺めた。
 人生初の魔法具だと思うと、じわじわテンションが上がってくる。

「すごいな~。これで今が晴れのいつか分かるんだ! えーと、今日は……」

 よく見てみると、革の部分に10刻みで三角の刻印が施されている。
 白い珠は二段目にあった。
 あと7個で黒の線を超える。晴れは50日あると言っていた。

「晴れの43日目、ですか?」
「正解! ミカは呑み込みが早いな」

 ダンさんがにこにこしながら褒めてくれる。
 
「じゃあ、あと7日で雨なんですね」

 確認の意味で言ったのだが、ベネッサさんは思い出した、というように手を打った。

「そうそう、町に行くなら今のうちよね。雨に入ったら気軽に外に出られなくなるし」
「そうだね。皆にも顔みせしといた方がいいし、そうしようか。ミカはどう思う? 君が嫌なら、無理強いはしないよ」

 ダンさんが優しく問いかけてくる。
 顔みせする、って、自己紹介的なやつかな。
 基本的な生活は家族単位で送るとはいえ、村があるのなら挨拶はしておくべきかもしれない。
 コミュ障気味の私にとっては苦手なやり取りだけど、とんだ礼儀知らずを拾った、などとダンさん達を悪く言われるのは嫌だった。

「あの、大丈夫です。行きます」
「大丈夫だよ、ミカ。俺もついてくから」

 まるで心を読み取ったかのようなタイミングで、ラスが声をかけてくる。
 ホッと心が緩んでしまう。
 
「ありがとう、頼りにしてるね」
「ん。頭、撫でていいぞ」

 ラスが頭を摺り寄せてくる。
 こういうところが、本当に可愛い。
 私は形の良い頭をよしよし、と撫でてあげた。


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