こんなに遠くまできてしまいました

ナツ

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二章:初めての雨

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 翌日、私はさっそく町に連れていってもらうことになった。
 洗濯を手伝った後で家に戻ると、ダンさんが知らせたのか、ユーグさんが玄関前にいた。

「こんにちは、ユーグさん。もしかして、ユーグさんも町に行くんですか?」
「まあね。町との連絡通路を繋いでおいたら便利かと思ってさ」
「連絡通路?」
「うん。あ、それとも毎回アレで行く?」

 ユーグさんが顎をしゃくった先に目をやる。
 ダンさんとラスが、家庭菜園の前でシーツを広げていた。
 彼らは木製のハンドルに折りたたんだシーツの両端を結び付け、簡易ハンモックらしきものを作っている。
 ……もしかして、私を町まであのハンモックもどきで運ぶつもりなのだろうか。
 額に変な汗がじわりと浮かぶ。

「連絡通路でお願いしたいです」

 小声で答えた私に、ユーグさんは「だよね」と大きく頷いた。
 連絡通路というのは、移動魔法陣のことらしい。
 間違ってタリム人に反応することがないよう、私の血を混ぜた魔法粉で移動したい場所に印をつけるのだそうだ。

「永続的な効果はないから、定期的に掛け直さなきゃいけないんだけどね。私の分を掛け直す時に、一緒にやってあげる」
「あの、すごくありがたいんですけど、ユーグさんに負担はないんですか?」

 そんな便利なものを無償で使えるとは思えない。
 私が尋ねると、ユーグさんはスッと目を細めた。

「どうしてそう思うの?」
「え?」
「私に負担があるかどうか、ミカは毎回聞くでしょ? それはどうして?」

 ユーグさんはにこやかな態度を崩さなかったが、私の発言の何かが気に障ったのだと分かる。
 
「ご、ごめんなさい。特に理由はないです。もし、何か代償を払わないといけないんだったら申し訳ないと思って」
 
 しどろもどろになりながら弁明する。
 ユーグさんは冷たい空気をふっと崩し、瞳を和ませた。

「なんだ、遠慮してたってことか。気にしないでいいよ。私は、自分のやりたいことしかしない。ミカが気を回す必要はどこにもない」
「……分かりました。すみません」
「謝ることでもないんだけどな」

 ユーグさんが苦笑する。
 善意をありがたく受け取れ、ってことなんだろうけど、一方的な施しは私にとって負担でしかない。
 ラス達と楽しく暮らせているのは、彼らが私の手伝いを快く受け入れてくれるからだ。
 彼らの為に少しでも何か出来ていると思えるからこそ、親切をそのまま受け入れられる。
 でもユーグさんは違う。
 私は彼の為に何も出来ていない。
 それとも、こんな風に損得勘定で考えてしまうこと自体、歪んでいるのだろうか?
 私には何が正解なのか分からない。

「お待たせ、ミカ。出来たよ!」

 久しぶりに悩んでしまった私を現実に引き戻したのは、ラスの明るい声だった。
 彼は私達の方に駆け寄ってくると、ぽすりと私の背中に抱き着いた。
 馴染みのある温もりに、思わず安堵の息を漏らしてしまう。

「どうした。ユーグに何か言われたのか?」

 ラスが私の顔を覗き込んで眉根を寄せる。

「ううん、何でもない。魔法で町との道を繋ごうかって言ってくれて、その話をしてただけだよ」
「ああ、あれか。……で、どうするの?」
「お願いしようと思ってるよ。ラス達に毎回運んでもらうのも悪いし」

 私の建前をラスは容易く見破り、にやりと口角を上げた。

「怖いし、の間違いだろ?」
「まあね。でも悪いと思ってるのも本当だよ!」
「どうだか。ミカは怖がりだからな~」
「普通怖いって!」

 遠慮のない軽口を叩き合い、ふざけて小突き合う。

「随分仲良くなったんだね。よかった」

 ユーグさんは嬉しそうに顔をほころばせた。
 その口調のあまりの優しさに、高まりかけていた警戒心がするりと解ける。
 彼は心底、私のことを心配してくれてるんだ。素直にそう思える言い方と表情だった。
 ラスの背中をぽんぽん、と叩き、ユーグさんに向き直る。

「移動魔法のことなんですけど、お願いしてもいいですか?」
「いいよ」

 ユーグさんは微笑んだまま頷き、懐から銀のナイフを取り出した。
 瞬間、ラスが低く腰を落とし、獰猛な唸り声をあげる。
 小さな体から噴き出した凄まじい殺気に、私は圧倒された。

「それで何をするつもりだ」

 ラスはユーグさんから目を離さないまま、私を背中に庇った。
 小さな背中に、胸が痛くなる。
 こんな風に誰かに守られるのは生まれて初めてで、今覚えている感情が喜びなのか戸惑いなのか分からない。
 ただ、ぎゅ、と強く彼を抱き締めたくなった。

「ちょっと小指の先を切って血を貰うだけ。それでミカ専用の魔法粉を作るだけだよ。血止めの魔法もかけるから、心配いらない」

 ユーグさんは丁寧に説明した。
 遠くてダンさんとベネッサさんがこちらを見守っている。彼らはラスに対応を一任するつもりらしく、近づいてこようとはしなかった。

「もし嘘なら、お前を殺す」
「ラス!?」

 強すぎる言葉に驚いた私に、ユーグさんは「大丈夫」と頷いてみせた。
 それから、まっすぐにラスを見つめる。

「いいよ、それで」

 ラスはしばらく唸っていたが、やがてしぶしぶ引き下がった。
 私の指にナイフが当てられると、苦しそうに瞳を歪める。
 ユーグさんはナイフをしまう代わりに取り出した小瓶に私の小指を突っ込み、軽く叩いて血を落とした。
 ある程度集まったのを見ると、宣言通り、治癒魔法をかけて傷をいやす。
 
「ね? 大丈夫だっただろう?」

 ユーグさんはラスと私を交互に見て、肩を竦める。
 私は気づかないうちに詰めていた息を吐き、「ありがとうございました」と礼を述べた。
 ラスはといえば、シャツの胸元を握りしめ、首を振る。

「今の、やっぱり嫌だ。ミカが頼んだことだから我慢するけど、嫌な感じだ」

 しかめっ面が可愛くて、くすりと笑ってしまう。

「大丈夫だよ、ラス。ほら、もう何ともない」

 彼の前に小指を差し出し、傷一つないことを見せた。
 ラスはむう、と鼻先に皺を寄せたまま「そういうことじゃない」と頑固に言い張った。


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