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四章:大人になったラスと真実を知った私
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この世界に落ちてきてから、一年が経った。
あっという間だったような気もするし、時の流れから切り離されているような不思議な減速感がある気もする。
テレビやネットなどの情報発信源がない世界は、私にはぴったり合っていた。気持ちが急かされないし、人と自分を比べずに済む。
穏やかな日々の中で唯一苦手なのは、『雨』の期間だ。30日の我慢、我慢、と自分に言い聞かせ、ラスの後をついて回る。
ダンさんとベネッサさんはもちろん、ユーグさんに会えないことも、雨が運んでくる淋しさに拍車をかけた。
ユーグさんとは五日に一度会うくらいなのに、何故かラスと同じくらいの存在感で私の中に居座っている。
五日経っても様子を見に来ない時は、私の方から彼の家に押しかけていた。
時々、私はユーグさんが好きなのかな? と勘違いしそうになる。
冷静に考えればそれはない、と分かるのに、彼と会う度、謎の安心感を抱いてしまうのだ。
西の島での異分子、という共通点のせいだろうか。
ユーグさんは昔の私のように、一人でいることを好んだ。基本的に自分の家から出てこない。うちに来るのは例外中の例外という感じ。積極的に周りと関わらないようにしている姿が、放っておけない気持ちを呼ぶのかもしれない。
最近は、ユーグさんが隠している秘密が何なのか、やけに気になってきた。
言いたくないならそれでいいと一度は諦めたはずなのに、どうにかして突き止められないものかと考えてしまう。
多分、それには理由がある。
ユーグさんが私を見ては、辛そうに眼を背けることが増えてきたからだ。
貧しい食生活をしていたあの頃より、体重はだいぶ増えたと思う。
ダンさんやベネッサさん、そしてラスのお蔭で精神的にも満たされた日々を送っている。
雨の日の暇つぶしに始めた組紐はどんどん上達しているし、小さな獣なら一人で解体できるようにもなった。
順調にタリムの生活に馴染んでいっている私の何が、彼をそんなに悲しませるのか、不思議でならない。
『――ユーグさん、前言ってたことちゃんと聞いてもいい? 私に隠してることって何? 教えてくれる気は、今もないの?』
彼の家のロッキングチェアに座り、本を読んでいた時に、一度思い切って尋ねてみたことがある。
ユーグさんは『ない』と即答した。
私がまだ何も言わないうちに、『言いたくない。言えない。ごめん』と繰り返した。
『ユーグさん自身について聞くのも?』
それまで魔法について尋ねてもいないことまで語ってくれていたユーグさんが、俯いたまま動かなくなる。
それでも私は、後に引かなかった。
雨が来るまで、あともう少しという時期だった。
何も明らかにされないまま、またしばらくの間会えなくなることが嫌だった。今思えば、彼に甘えていたのだろう。
『……いいよ。私の、なに?』
ユーグさんの柔らかな声は、少し震えていた。
――だめだ、聞けない。
彼の過去にまつわるあれこれはきっとすごく辛いことで、今も彼の心に血を流させる鋭利な刃物なんだ。
『今日はやめとく。また、今度にする』
急に気が変わった、という素振りで私は本に目を戻した。
「魔法のろうそくを長時間灯しつづける為の10の約束」という本だった。さっぱり面白くなかったが、流行の恋愛小説を読んでいるかのように、私は夢中な振りをした。
10番目の約束の項に「術の成功をあなた自身がまず信じることです」と書いてあったのには、本気で噴いた。確かな裏付けのない精神論は、こちらの世界でも健在らしい。
◇◇◇
ユーグさんの隠し事を気にしているうちに、とうとうラスが羽化する時期を迎えた。
「雨が明けたらすぐだと思うわ。いよいよね」
ベネッサさんは楽しみで仕方ない、という顔で言った。
ダンさんもラス本人も、その日を待ち望んでいる。
時が止まればいいのに、とこっそり思っているのは、私だけだ。
私だって、もっと素直に祝いたい。
寂しくて堪らないけど、それが自然の摂理だ。置いて行かないで、と縋るのは間違っている。
私は最後の雨の間、組紐作りに集中した。
ダンさんにお願いして作って貰った、丸い穴の開いた小さな木の板を膝に置く。
色糸を木板の切り込みに引っかけ、無心で編み込んでいく作業には、ざわつく心を落ち着かせる作用があった。
組紐の作り方を教えてくれたのは、施設で働いていた職員さんだ。
ただの糸がみるみる間に美しく編み上げられていく様子に、私は心を奪われた。それからかなり長いこと嵌まってしまい、使う当ても贈る先もない綺麗な組紐だけがどんどん増えていった。
完成品の処分に困り、私は編むのを止めたのだ。
「はい、これ。成人のお祝いだよ」
晴れの二日目の朝、私は食卓でラスに新しい組紐を渡した。
ここへ来て初めて作った組紐はがたがたで、人にあげられるようなものじゃなかった。
傍で見ていたラスは「俺には無理そう」と早々に諦め、結局一緒には出来なかったことを思い出す。
あの時買った色糸は練習で使ってしまったので、今あげた組紐はまた別の時に買った色糸で出来ている。
青と金、アクセントに茶色と水色を織り交ぜた組紐は、我ながら良く出来たと思える自信作だ。
「ありがとう、ミカ! すげえ綺麗……。これ、どうやって使うんだ?」
ラスは瞳を輝かせ、じっと組紐に見入った。
「腕に巻いたり、髪を結ったりするの。装飾品みたいなものだよ」
「へえ。うーん、腕だと太さ変わるだろうし、髪にしようかな」
ラスの言葉に、微妙な気持ちになる。
腕の太さ、変わるんだ。
そうだよね、成人するんだもんね。
タリム人は羽化を迎えるのと同時に身体が成熟するという。
徐々に大人になっていく地球人とはえらい違いだ。
小山のようなダンさんを見遣り、ああなるのか、としみじみした。
決してダンさんが嫌いなわけじゃない。
逞しくて安心感のある立派な身体だ。スーパーマッチョ好きな人が見たら、目の中にハートマークが浮かぶに違いない。
「そうだな、髪紐にするのがいいんじゃないか?」
ダンさんの助言に、ラスが「うん!」と頷く。
それから私を上目遣いで見てきた。
「ミカが結ってくれる? ミカに結って欲しい……」
くーん、という鳴き声が聞こえてきそうな可愛さだ。
この一年で、ラスはすっかり私の操縦方法を覚えてしまった。
「捨てられた子犬の目はやめて、って言ってるのに」
「いや、だって、これが一番効くし」
「効くから嫌なの!」
文句を言いながらも立ち上がって彼の後ろに周り、柔らかな髪を一つに束ねてやる。
ダンさんとベネッサさんも興味津々といった眼差しで、カラフルな組紐に見入っている。
「すごく細かく編まれてるのね……ほんとに綺麗」
「ベネッサさんも欲しい? 私が作ったのでよければ、編むよ」
「ほんと!? 欲しいわ!」
ベネッサさんが少女のように両手を合わせる。
「ベネばっかりずるいぞ。私も欲しいのに!」
すかさずダンさんが抗議する。
ベネッサさんは信じられないというようにダンさんを見遣った。
「あなたが組紐を? 本当に使うの?」
「つ、使わなくても欲しいさ。ミカが作るものなんだから」
ダンさんの声が次第に小さくなる。
「分かった、ダンさんのも作るね」
くすくす笑いながら言うと、二人はハイタッチをして喜んでいた。非常に可愛い。
ラスはいつもの巻き布を取り、組紐を何度も触っている。
「どう? 似合う?」
「うん、似合うよ! すごくかわ……カッコいい!」
可愛いという言葉は禁句になっているので、慌てて言い換える。
ラスは満足そうに笑った。
「――体が熱くて、痛い」
昼をいくらか過ぎた頃。そう訴えだしたラスに、私はどうしようもなくうろたえた。
ラスがどこかを痛がるなんて、出会って以来初めてだ。
ラスは身体を二つ折りにし、ソファーに倒れこんでしまう。愛らしい顔は苦悶に歪んでいた。
「ちょ、ラス、大丈夫!? お、お医者さんを呼びに行かないと! ってこの島にはいないんだっけ!?」
居間には私しかいない。
すっかり動転した私は、大声で「ベネッサさんっ……!!」と叫んだ。
「ベネッサさん、来て! ラスが大変なの!!」
外に出て探すことは出来ない。ラスを一人にしておけない。
私は両手を握りしめ、ベネッサさんを呼び続ける。
「ミカ、へい、……き。たぶ、……これが羽化だ、……から」
ラスは、心配いらないというように私を見たが、苦し気な声は途切れ途切れで、どうみても大丈夫じゃない。
――これが羽化?
こんなに苦しいものだったの!?
そこへ私の大声を聞きつけたベネッサさんがのんびり玄関から入ってくる。
「はいはーい。……あ、始まったのね。ちょっと、ラス。家の中ではやめてって言っておいたでしょ。ほら、早く外に出て!」
ベネッサさんは顔を顰め、ラスを急かした。
こんなに苦しがってるのに、外に出ろとか、ちょっと酷くないか。
私は初めてベネッサさんにムッとした。
「う、……ん。待っ……て。いま、でる……から」
ラスはふうふうと肩で息をしながら体を起こし、よろよろと玄関に進んで行こうとする。
慌てて駆け寄ろうとした私の肩を、ベネッサさんはがしりと掴んで止めた。
「ダメよ、ミカ! 今は近づかないで!」
悲鳴じみた声に、ぎょっとする。
「ラスは大丈夫だから! 怪我したらどうするの!? 危ない真似をして私の心臓を止めないで!!」
ベネッサさんの頬からは、すっかり血の気が引いている。
一体何がどうなってるの……?
唖然としている間に、ラスは玄関から出て行ってしまう。
あんなに弱ってる彼を一人にはしておけない。
「ラス、待って!」
「ミカ、落ち着いて! 羽化の時は近寄ったら危ないの。私も一緒に行くから。ね?」
ベネッサさんは私の背中に手を回し、まるで手綱を握るように、きつくワンピースを掴んだ。
あっという間だったような気もするし、時の流れから切り離されているような不思議な減速感がある気もする。
テレビやネットなどの情報発信源がない世界は、私にはぴったり合っていた。気持ちが急かされないし、人と自分を比べずに済む。
穏やかな日々の中で唯一苦手なのは、『雨』の期間だ。30日の我慢、我慢、と自分に言い聞かせ、ラスの後をついて回る。
ダンさんとベネッサさんはもちろん、ユーグさんに会えないことも、雨が運んでくる淋しさに拍車をかけた。
ユーグさんとは五日に一度会うくらいなのに、何故かラスと同じくらいの存在感で私の中に居座っている。
五日経っても様子を見に来ない時は、私の方から彼の家に押しかけていた。
時々、私はユーグさんが好きなのかな? と勘違いしそうになる。
冷静に考えればそれはない、と分かるのに、彼と会う度、謎の安心感を抱いてしまうのだ。
西の島での異分子、という共通点のせいだろうか。
ユーグさんは昔の私のように、一人でいることを好んだ。基本的に自分の家から出てこない。うちに来るのは例外中の例外という感じ。積極的に周りと関わらないようにしている姿が、放っておけない気持ちを呼ぶのかもしれない。
最近は、ユーグさんが隠している秘密が何なのか、やけに気になってきた。
言いたくないならそれでいいと一度は諦めたはずなのに、どうにかして突き止められないものかと考えてしまう。
多分、それには理由がある。
ユーグさんが私を見ては、辛そうに眼を背けることが増えてきたからだ。
貧しい食生活をしていたあの頃より、体重はだいぶ増えたと思う。
ダンさんやベネッサさん、そしてラスのお蔭で精神的にも満たされた日々を送っている。
雨の日の暇つぶしに始めた組紐はどんどん上達しているし、小さな獣なら一人で解体できるようにもなった。
順調にタリムの生活に馴染んでいっている私の何が、彼をそんなに悲しませるのか、不思議でならない。
『――ユーグさん、前言ってたことちゃんと聞いてもいい? 私に隠してることって何? 教えてくれる気は、今もないの?』
彼の家のロッキングチェアに座り、本を読んでいた時に、一度思い切って尋ねてみたことがある。
ユーグさんは『ない』と即答した。
私がまだ何も言わないうちに、『言いたくない。言えない。ごめん』と繰り返した。
『ユーグさん自身について聞くのも?』
それまで魔法について尋ねてもいないことまで語ってくれていたユーグさんが、俯いたまま動かなくなる。
それでも私は、後に引かなかった。
雨が来るまで、あともう少しという時期だった。
何も明らかにされないまま、またしばらくの間会えなくなることが嫌だった。今思えば、彼に甘えていたのだろう。
『……いいよ。私の、なに?』
ユーグさんの柔らかな声は、少し震えていた。
――だめだ、聞けない。
彼の過去にまつわるあれこれはきっとすごく辛いことで、今も彼の心に血を流させる鋭利な刃物なんだ。
『今日はやめとく。また、今度にする』
急に気が変わった、という素振りで私は本に目を戻した。
「魔法のろうそくを長時間灯しつづける為の10の約束」という本だった。さっぱり面白くなかったが、流行の恋愛小説を読んでいるかのように、私は夢中な振りをした。
10番目の約束の項に「術の成功をあなた自身がまず信じることです」と書いてあったのには、本気で噴いた。確かな裏付けのない精神論は、こちらの世界でも健在らしい。
◇◇◇
ユーグさんの隠し事を気にしているうちに、とうとうラスが羽化する時期を迎えた。
「雨が明けたらすぐだと思うわ。いよいよね」
ベネッサさんは楽しみで仕方ない、という顔で言った。
ダンさんもラス本人も、その日を待ち望んでいる。
時が止まればいいのに、とこっそり思っているのは、私だけだ。
私だって、もっと素直に祝いたい。
寂しくて堪らないけど、それが自然の摂理だ。置いて行かないで、と縋るのは間違っている。
私は最後の雨の間、組紐作りに集中した。
ダンさんにお願いして作って貰った、丸い穴の開いた小さな木の板を膝に置く。
色糸を木板の切り込みに引っかけ、無心で編み込んでいく作業には、ざわつく心を落ち着かせる作用があった。
組紐の作り方を教えてくれたのは、施設で働いていた職員さんだ。
ただの糸がみるみる間に美しく編み上げられていく様子に、私は心を奪われた。それからかなり長いこと嵌まってしまい、使う当ても贈る先もない綺麗な組紐だけがどんどん増えていった。
完成品の処分に困り、私は編むのを止めたのだ。
「はい、これ。成人のお祝いだよ」
晴れの二日目の朝、私は食卓でラスに新しい組紐を渡した。
ここへ来て初めて作った組紐はがたがたで、人にあげられるようなものじゃなかった。
傍で見ていたラスは「俺には無理そう」と早々に諦め、結局一緒には出来なかったことを思い出す。
あの時買った色糸は練習で使ってしまったので、今あげた組紐はまた別の時に買った色糸で出来ている。
青と金、アクセントに茶色と水色を織り交ぜた組紐は、我ながら良く出来たと思える自信作だ。
「ありがとう、ミカ! すげえ綺麗……。これ、どうやって使うんだ?」
ラスは瞳を輝かせ、じっと組紐に見入った。
「腕に巻いたり、髪を結ったりするの。装飾品みたいなものだよ」
「へえ。うーん、腕だと太さ変わるだろうし、髪にしようかな」
ラスの言葉に、微妙な気持ちになる。
腕の太さ、変わるんだ。
そうだよね、成人するんだもんね。
タリム人は羽化を迎えるのと同時に身体が成熟するという。
徐々に大人になっていく地球人とはえらい違いだ。
小山のようなダンさんを見遣り、ああなるのか、としみじみした。
決してダンさんが嫌いなわけじゃない。
逞しくて安心感のある立派な身体だ。スーパーマッチョ好きな人が見たら、目の中にハートマークが浮かぶに違いない。
「そうだな、髪紐にするのがいいんじゃないか?」
ダンさんの助言に、ラスが「うん!」と頷く。
それから私を上目遣いで見てきた。
「ミカが結ってくれる? ミカに結って欲しい……」
くーん、という鳴き声が聞こえてきそうな可愛さだ。
この一年で、ラスはすっかり私の操縦方法を覚えてしまった。
「捨てられた子犬の目はやめて、って言ってるのに」
「いや、だって、これが一番効くし」
「効くから嫌なの!」
文句を言いながらも立ち上がって彼の後ろに周り、柔らかな髪を一つに束ねてやる。
ダンさんとベネッサさんも興味津々といった眼差しで、カラフルな組紐に見入っている。
「すごく細かく編まれてるのね……ほんとに綺麗」
「ベネッサさんも欲しい? 私が作ったのでよければ、編むよ」
「ほんと!? 欲しいわ!」
ベネッサさんが少女のように両手を合わせる。
「ベネばっかりずるいぞ。私も欲しいのに!」
すかさずダンさんが抗議する。
ベネッサさんは信じられないというようにダンさんを見遣った。
「あなたが組紐を? 本当に使うの?」
「つ、使わなくても欲しいさ。ミカが作るものなんだから」
ダンさんの声が次第に小さくなる。
「分かった、ダンさんのも作るね」
くすくす笑いながら言うと、二人はハイタッチをして喜んでいた。非常に可愛い。
ラスはいつもの巻き布を取り、組紐を何度も触っている。
「どう? 似合う?」
「うん、似合うよ! すごくかわ……カッコいい!」
可愛いという言葉は禁句になっているので、慌てて言い換える。
ラスは満足そうに笑った。
「――体が熱くて、痛い」
昼をいくらか過ぎた頃。そう訴えだしたラスに、私はどうしようもなくうろたえた。
ラスがどこかを痛がるなんて、出会って以来初めてだ。
ラスは身体を二つ折りにし、ソファーに倒れこんでしまう。愛らしい顔は苦悶に歪んでいた。
「ちょ、ラス、大丈夫!? お、お医者さんを呼びに行かないと! ってこの島にはいないんだっけ!?」
居間には私しかいない。
すっかり動転した私は、大声で「ベネッサさんっ……!!」と叫んだ。
「ベネッサさん、来て! ラスが大変なの!!」
外に出て探すことは出来ない。ラスを一人にしておけない。
私は両手を握りしめ、ベネッサさんを呼び続ける。
「ミカ、へい、……き。たぶ、……これが羽化だ、……から」
ラスは、心配いらないというように私を見たが、苦し気な声は途切れ途切れで、どうみても大丈夫じゃない。
――これが羽化?
こんなに苦しいものだったの!?
そこへ私の大声を聞きつけたベネッサさんがのんびり玄関から入ってくる。
「はいはーい。……あ、始まったのね。ちょっと、ラス。家の中ではやめてって言っておいたでしょ。ほら、早く外に出て!」
ベネッサさんは顔を顰め、ラスを急かした。
こんなに苦しがってるのに、外に出ろとか、ちょっと酷くないか。
私は初めてベネッサさんにムッとした。
「う、……ん。待っ……て。いま、でる……から」
ラスはふうふうと肩で息をしながら体を起こし、よろよろと玄関に進んで行こうとする。
慌てて駆け寄ろうとした私の肩を、ベネッサさんはがしりと掴んで止めた。
「ダメよ、ミカ! 今は近づかないで!」
悲鳴じみた声に、ぎょっとする。
「ラスは大丈夫だから! 怪我したらどうするの!? 危ない真似をして私の心臓を止めないで!!」
ベネッサさんの頬からは、すっかり血の気が引いている。
一体何がどうなってるの……?
唖然としている間に、ラスは玄関から出て行ってしまう。
あんなに弱ってる彼を一人にはしておけない。
「ラス、待って!」
「ミカ、落ち着いて! 羽化の時は近寄ったら危ないの。私も一緒に行くから。ね?」
ベネッサさんは私の背中に手を回し、まるで手綱を握るように、きつくワンピースを掴んだ。
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