群青の空の下で(修正版)

花影

文字の大きさ
上 下
114 / 435
第1章 群青の騎士団と謎の佳人

105 冬の皇都へ6

しおりを挟む
 アジュガの街には日が高くなった頃着いた。今日は予告していたので家族全員が家に揃っていて、彼とエアリアルの為にいろいろと用意してくれていた。先ずはエアリアルの為にだしをとった後の鶏ガラを用意してくれた。彼はうれしそうに良く煮て軟らかくなったそれを骨ごとバリバリ噛み砕いて食べていた。
 そして家族揃ってお茶を飲み、ルークは焼きたての林檎りんごのパイを味わった。そして道中で食べられるようにお弁当を持たせてくれた上に、温石おんじゃくも用意してくれていた。家族の心づくしに感謝しながら、彼はそれらを受け取った。
「今度は彼女を連れておいで」
 母親の言葉に赤面しながら、ルークは再びロベリアに向けて飛び立ったのだった。



 行きと同様、途中にある砦で2度休憩し、日がとっぷり暮れた頃にルークはロベリアに到着した。彼は真っ先に上司に報告しにエドワルドの執務室へ行く。
「ただ今戻りました」
「お帰り。わざわざ行かせて悪かったな」
「いえ。これが私の仕事だと思っています」
 ルークはそう答えると、腰の小物入れから手紙を取り出す。
「こちらが団長宛の手紙で、残りがグロリア様宛です。お館まで持って行きましょうか?」
「いや、お前は疲れきっている。ゆっくり休むといい。明朝私が持っていこう」
「わかりました」
 ルークはそう答えると、手紙をエドワルド宛とグロリア宛に分けて上司に渡す。彼は用が済んだと思い、頭を下げて執務室を出て行こうとする。
「ちょっと待て、ルーク」
 彼の所作をずっと観察していたエドワルドは何かに気づいたようで彼を呼び止める。
「何でしょうか?」
 エドワルドの机の側に戻ってきたルークの左肩を彼は何気ない仕草でポンと叩く。
「うっ」
 ルークは思わず肩を押さえてうずくまる。所作しょさだけで彼が負傷している事にエドワルドは気づいていたようである。
「それはどうした?」
「これは……その……」
 上司ににらまれ、しどろもどろで青銅狼の爪にかけられたことを白状する。
「このばか者が!」
 エドワルドの一喝いっかつにルークは首をすくめる。そこへアスターが何事かと顔を出す。
「いかがしましたか?」
「ヘイルを呼べ」
「はっ」
 説明も無しに命じられたが、アスターはすぐに医師を呼びに行く。
「そこへ座れ」
 うずくまったままのルークにエドワルドは椅子に座るように命じると、彼はよろよろと立ち上がって椅子に座る。叩かれた所為もあるが、先ほどから傷がズキズキと痛んでいた。
「このまま黙っているつもりだったか?」
「いえ……。どう切り出していいか分からなかったので、医師に診てもらってから報告しようと思っていました」
 ルークが嘘をつけない性格なのをエドワルドは良く知っていたので、それは信じてやる事にした。だが、大事な役目をになっている途中に余計な事をした上、怪我をしたのは許せなかった。
「分かっているな?しばらく謹慎だぞ」
「はい」
 ルークが返事をしたところへアスターがヘイルを伴い執務室へ戻ってきた。
「いかがされましたか?」
「そいつの左肩を診てくれ」
 不機嫌そうにエドワルドが命じると、すぐにルークの服はぎ取られ、包帯も外される。あらわになった傷を見て、エドワルドもアスターも顔をしかめる。
「よくこの傷で帰ってきましたなぁ。処置は完璧ですが、寒さに長時間さらされた上にあちらから帰ってきた疲労があります。今夜はおそらく熱が出るでしょう。しばらくは大人しくなさって下さい」
 ヘイルはそう言いながら傷口に新しく薬を貼り付けて包帯を巻いていく。
「痛み止めはお持ちですか?」
「はい」
「無くなりましたらまた申し出てください」
 ヘイルはルークにそう言うと、彼の上司2人に頭を下げて執務室を後にした。
「全くお前は……」
 呆れたようにアスターが言うと、衣服を直していたルークは首をすくめる。
「私が良いと言うまで部屋で謹慎していろ。分かったな?」
「はい」
「とにかく部屋で休め」
「分かりました」
 ルークは椅子から立ち上がると、上司2人に頭を下げて部屋を出た。確かに彼はくたくただった。部屋に戻ると、着替えもせずにそのまま寝台に倒れこんでいた。
 ヘイルの言葉通り、その夜、彼は熱を出した。体のだるさにまかせて眠っていると、彼はいつの間にか夢を見ていた。それはオリガと2人でアジュガへ向かう、幸せな夢だった。



 ルークが幸せな夢を見ている頃、エドワルドは彼が持ち帰った手紙に目を通していた。父、アロンからも、アルメリアからも彼の体を気にかける内容で、一日も早く完治することを祈ると締められていた。
 一方ソフィアは体を気にかけるだけでなく、マリーリアとの仲は進展したかも気になっている様子だった。彼もだが彼女もその気は無いというのに、苦笑するしかない。その一方で助けてくれたフロリエに感謝以上の気持ちを持つなと釘を刺さしてあった。
「もう手遅れですよ、姉上」
頭を冷やすために側を離れたにもかかわらず、彼女への想いは膨らんでいく一方だった。どうなるかまだ分からないが、それでも皇都に戻ればひと悶着もんちゃくあるのは確実で、それを思うと今から気が重くなる。
 最後にハルベルトの手紙を開く。先ずはエドワルドの体を気にかける文章が並んでいた。その後は少しばかり無理をしたルークをあまり責めるなとも書き連ねてある。そして最後にフロリエについて書き添えてあった。
『最後に、そなたの命を救ったフロリエ嬢についてだが、何ら進展していないのが現状である。これだけ探して手がかりが得られないと言う事は、我が国に籍を置く者ではないと考えるのが妥当だろう。
 来年は国主会議が開かれるから、その折にでも話を持ち出せば新たな情報が得られるかもしれない。気の長い話で申し訳ない。
 遅くなったが、叔母上の事くれぐれもよろしく頼む。』
 手紙は最後にそう締めくくられていた。彼は読み終えると、一つため息をつく。結局はまだ何も分かっていないのだ。残念に思う一方でほっとしている部分もある。もし、身元が判明し、彼女に婚約者や伴侶がいた場合、自分はどうするのだろうか? そう悩みながらも彼女の事が恋しくてたまらなかった。彼女の姿を見、鈴を転がしたような声を聞き、そしてあの優しい手にいつまでも触れていたかった。
「フロリエ……」
 彼の手には彼女からもらった防寒具が握られている。ルーク同様もったいなくて使っていなかった。彼はそうしてしばらくの間愛しい女性に思いをはせていた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



ロベリアに帰ってきたルーク。やはり無茶を怒られてしまいました。
しばらく謹慎という名目で傷の治療に専念することになりました。


12時に閑話を更新します。
しおりを挟む

処理中です...