掌で踊れ

花影

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プロローグ

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 大きな荷物を抱えた彼女は、慣れた手つきで高級マンションのオートロックを解除して建物の中に入っていった。そして既に顔なじみとなっているコンシュルジュに会釈してエレベーターに乗り込み、高層階で降り立つと指紋認証で目的の部屋の扉を開けた。
「また、つけっぱなし……」
 彼女が来るのは部屋の主が留守にしている平日の昼間の時間帯。それなのに部屋の電気は煌々とつき、リビングからはテレビの音声が聞こえてくる。彼女は一つため息をつくと手にした荷物を持ち直し、スリッパに履き替えて先ずはキッチンへと向かった。
 扉を開けると、高級マンションとは思えないほどの汚部屋が広がっていた。脱いでそのままになっている服は部屋の一角に山となり、リビングやダイニングのテーブルの周りには飲み食いしたゴミが散乱している。中には食べ残しや飲み残しが床にまでこぼれていて、カーペットにシミを作っている所もある。
 毎度のこととはいえ、前回掃除してから3日しか経っていない。それだけの日数でここまでひどく散らかせられるこの部屋の主はある種の才能を持っているとも言えるだろう。
「さて、がんばりますか……」
 持ってきた荷物の中からエプロンや手袋を取り出して身に付けると、腕まくりした彼女は気合を入れて掃除に取り掛かった。



 集中して掃除をしていたせいか、遅ればせながらテレビがつけっぱなしだったことを思い出した。平日の夕刻となるこの時間帯、やっていたのは地域の情報番組だった。
 映し出されているのはどこかの庭園。手入れの行き届いた庭には梅が見ごろを迎えていた。リポーターの女性の説明によると、「旧大倉家」という旧家の庭らしい。やがてカメラは屋内に移り、一面にひな人形が飾られた広い部屋を映し出した。
『ご紹介しましょう、このお屋敷の管理人の塚原綾乃さんです』
 ここでリポーターは1人の女性を紹介する。品の良いスーツをまとった年齢不詳の美女だった。その顔を見て彼女は動きが固まる。そして、何かを確認するように服の上から胸元を押さえた。
 その間にテレビに映る女性はイベントの趣旨をよどみなく説明していく。彼女によるとこれらは全て代々大倉家に伝わるひな人形で、古いものは江戸時代にまでさかのぼるらしい。目玉の一つが長年行方不明になっていたものだったらしく、近頃見つかったとかで今回お披露目される運びとなったらしい。
『こちらがそのひな人形です。見て下さい、細部にまで細やかな細工が施されています』
 画面にはそのひな人形が大きく映し出されていた。少し古めかしいが、リポーターが言う通り、衣装もかぶっている冠等の小物類にも細部まで装飾が施されているのが見て取れる。他のひな人形も映し出されるが、やはり目玉になっているものが一番手が込んでいるのがよくわかる。
 やがて、その大広間を抜けて今度は中庭がよく見える部屋に移動となった。そこはお茶や甘味を提供する休憩所だった。ひな祭りにちなみ、期間限定で桜餅や雛あられをあしらったパフェがメニューに加わるらしい。
 リポーターが美味しそうに食べているが、少々頬張りすぎたらしくコメントがなかなか出てこない。最後は少しバタつきながら中継は終了してしまったが、番組のМCがうまくフォローしてCМに切り替わった。
 中継が終わっても彼女は胸元に手を当てながら静かに涙を流していた。



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後付けの設定ですが、執事の塚原と綾乃は義理の兄妹。詳しくは人物紹介参照のこと。
次話は2月6日0時に更新予定。
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