掌で踊れ

花影

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芒種 1

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今回のサブタイトルは24節気から。ちなみに芒種は6月6日頃。
サブタイトルで日にちの経過を表現できたら……と思っていたり。


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 低く垂れこめた雲から耐えきれなくなった雨粒がポツリポツリとフロントガラスを濡らしていく。梅雨の到来を否応なく感じさせる空模様に、例年であればいとう気持ちしかわかないのだが、一仕事終えた今の青柳和敬には爽快感しか感じられない。
 それは彼が運転する車の後部座席にふんぞり返って座る上司の大倉義総も同じ気持ちだろう。信号待ちの合間にルームミラーでそっと後部座席の様子を伺う。彼が尊敬してやまない上司は背もたれに体を預けたまま外を眺めていた。普段通りの表情にも見えるが、ほんの少しだけ口角が上がっている。
 この時期、最も大仕事となる株主総会を何の問題なく終えることができた。例年……特に昨年は義総の姉久子の横やりで、エトワールの代表を降りる事態となってしまった。それまでも事あるごとに邪魔をされてきたのだが、昨秋ついに決着をつけ、更に老害でしかなかった親族も同時に駆逐した。そのおかげで義総はエトワールの経営権を取り戻し、その手腕を重役たちだけでなく株主達にも認めさせることができた。
 今日はもう帰宅するだけ。明日も1日休みの予定となっているので、甘美な時間へと気持ちが向けられているのかもしれない。何しろ、家には義総が愛してやまない存在が彼の帰宅を待ちわびているのだから。


 渋滞に巻き込まれることもなく、車はスムーズに大倉家の本宅に到着した。まるでホテルのエントランスのような玄関わきに車を止め、運転席から降りた和敬は後部座席のドアを開ける。すると義総が降りたと同時に重厚な玄関扉が開いて一人の女性が飛び出してきた。この女性こそ、義総が溺愛する婚約者の久保田沙耶……本名はサーヤ・ラヴィナ・サイラム。昨秋革命が起きて王権が復活したサイラム王国の王女だった。
「おかえりなさい、義総さん」
「ただいま、沙耶」
 義総は沙耶を抱き止めると唇を重ねる。そして抱き合ったまままるでダンスをするかのようにクルリとターンした。多忙で実に1週間ぶりの再会となったわけで、どれだけ2人が再会を待ちわびていたかが良くわかる。
「おかえりなさいませ、旦那様」
 少し遅れて大倉家の執事を勤めている塚原が出てくる。うやうやしく頭を下げ、放って置けばいつまでもいちゃついている2人に屋内へ入る様に促した。大倉家ではおなじみの光景だが、玄関先ではやめて欲しいと塚原は暗に主張しているのだろう。
 義総が沙耶の腰を抱いて屋内へ入っていくのを見届けている間に、使用人が義総の荷物を車から運び出す。青柳は自身の荷物を取り出すと、塚原の補佐をしている桐谷に車のカギを預けた。
「お預かりします」
 荷物が全て運び出されたのを確認し、カギを預けた桐谷は車に乗り込んで車庫へ移動させていく。昨年、大きな失敗をして退職を願い出たこともあったが、許されてそのまま今日まで勤めている。根が真面目なのか、恩を感じたのか、以前にもまして良く働いている。まあ、今の彼なら義総の愛車を預けても問題ないだろう。
「お疲れ様です」
 玄関から屋内に入ると、先に入っていた塚原が迎えてくれる。主である義総達はどうしたのかと思ったら、階段の途中で一足先に帰宅していたらしい幸嗣も加わって何やら楽しそうに話をしている。そんな3人の姿を綾乃が微笑みながら見守っていた。もはや大倉家の日常の光景となっている。
「ご注文されていた本が届いています。いつもの様に書庫に保管してあります」
「ありがとうございます。後で確認します」
 義総の休みに合わせて和敬も休みを取る様に言われている。以前はなかなか難しかったのだが、吉浦の脅威が無くなったことによりその時間を確保できるようになっていた。塚原に礼を言うと、母屋内にある自分の部屋へ引き上げ、持ち帰った荷物をほどいた。
 その後は様々な雑事を済ませ、和敬が趣味の時間をとれたのは夕食の後だった。書庫へ足を運び、彼専用の書棚から未読の本を抜き取る。そして部屋の隅にあるソファに腰を下ろすと、ページを開いた。
 興味深い論文なのだが、文字を目で追っているうちに眠気が襲ってくる。やはり疲れがたまっているのだろう。和敬は眼鏡を外すと本と共にサイドテーブルの上に置き、ちょっとだけと思って目を閉じた。


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次話は2月13日の予定
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