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夏至 2
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「青柳君、青柳君」
会長室を退出し、自分の席に戻って仕事をしていた和敬は専務の森に声をかけられる。先程の見合い写真の話が頭をちらりとよぎったが、さすがに仕事中にそんな話はしないだろうと席を立って彼を迎えた。
「会長に御用でしょうか? 本日はご予定が空いておりますのでお会いになる事は可能です」
タブレットで確認しなくても義総の予定は1週間先まで記憶している。それでも念のために操作して予定表を開いて確認し、森に伝える。しかし彼は鷹揚に笑って和敬を制する。
「いやいや、君に用があって来たのだよ。娘の写真、見てくれたかね? なかなか可愛いだろう?」
まさかの私用に和敬の表情はスッと引き締まる。すると今度は慌てた様子で総務部長の境田が駆け寄ってくる。
「専務、抜け駆けとは狡いですぞ」
「いやいや、お互い様だろう」
森と境田は笑顔で互いを牽制し合う。
「うちの娘は器量が良いだけでなく料理も上手いんだ。きっと青柳君も気に入ると思うんだよ」
「いやいや、うちの娘の方が可愛いに決まっている。料理は勉強中だが、きっと温かい家庭を築けると思うんだ」
和敬を無視して己の娘の長所を並べ立てていくが、和敬にとってはどうでもいい事案だ。底冷えのするような視線を2人に向ける。
「仕事に関係のないお話なら、お引き取り下さい」
和敬から漂う怒りのオーラに気付き、けん制し合っていたはずの2人は互いに縋りつくようにして震えている。重役2人が主任の肩書は持っているものの一介の秘書に怯えるという珍事が起きている。会長室がある重役専用のフロアの為、行き交う社員の姿はまばらだが、それでも何事かと様子を伺っている者もいた。
「何やってんの?」
そこへ野次馬を描き分け、幸嗣が姿を現す。青柳の怒りのオーラがわずかに収まり、森と境田はあからさまにホッとする。
「会長に御用でしょうか?」
「あ、うん。今大丈夫かな?」
「お伺いします」
仕事モードに入った和敬はもう完全に森と境田を無視し、存在しないものとして義総に都合を問い合わせた。そしてしばしのやり取りの後、内線を切った。
「大丈夫だそうです。後、森専務と境田部長にもお話があるそうなのでお入り下さい」
「ありがとう。ほら、行くよ」
幸嗣は呆けて床に座り込んでいる2人を促して会長室へ入っていく。同時に呼ばれていた和敬もその後に続く。会長室の扉を閉める前に廊下へ視線を巡らせる。先程まで群がっていた野次馬たちの姿はすでにない事を確認すると、会長室の扉を閉めた。
「で、先程の騒ぎは何だ?」
義総の問いかけは一見穏やかにも見えるが、問われた森と境田にはこれ以上はないくらいの威圧を感じていた。義総のデスクの前で2人は項垂れている。
「その……青柳君にうちの娘のすばらしさを分かってもらおうと……」
「話しているうちについ熱くなってしまいまして……。」
2人の弁明に義総ではなく戸口で控えていた幸嗣が呆れたようにため息をついた。ちなみに幸嗣の隣に控えている当の本人は無反応である。
「業務中に何やってんの」
「いえ、その、青柳君を婿に迎えれば娘も幸せになれるんじゃないかと……」
「娘に最高の婿を迎えたいと思いまして……出世頭の青柳君が来てくれたら、我が家も安泰ではないかと思った次第です、はい」
2人の回答は歯切れの悪いものとなる。幸嗣は再びため息をつくと、傍らの和敬に視線を向ける。
「随分期待されているけど、青柳はどうなんだ?」
「私はあくまで大倉家に仕えています。エトワールに籍があるのも会長のスケジュールを管理できる者がいないからです。便宜上主任という肩書を頂いていますが、後を任せられる者がいればエトワールを辞するつもりです。それに生活の全てが大倉家を中心に回っております。私を婿としたところで、妻となる女性に割く時間はほとんどないでしょう。お二方が望むお嬢様の幸せを私では叶えることは出来ないでしょう」
表情を変えることなく淡々とした口調の和敬に重役の2人も若干引いていた。義総に忠実だと思っていたが、これほどまでとは思ってもいなかったのだろう。
「き、君はそれでいいのかね?」
「まさか、何か弱みでも……」
2人の反応に義総と幸嗣が苦笑する。一方の和敬は表情こそ変えないが、内心ではため息をつきたい心境だった。
「大倉家にはご恩があります。助けて頂けなければ私は今こうしていられなかったでしょう。その御恩を返す為に私は大倉家に仕えております」
和敬には和敬の事情がある。他人から見るといびつに見えるかもしれないが、彼はその信念のもとに義総に仕えていた。理解してもらおうとは思わないが、口出しはするなと言いたかった。
「まあ、そういう訳だ。婿を迎えたいなら他を当たった方が良い。これは返しておこう」
義総はそう言うと、預かっていた写真を2人に返す。そしてまだ呆然としている彼等に退出するように促した。2人は言われるまま、義総に頭を下げると、娘の見合い写真を抱えて会長室を後にしていった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
実は大倉家への愛が重い和敬。
女性へ興味が無いとも思われていて、同性愛疑惑も噂されいます。
会長室を退出し、自分の席に戻って仕事をしていた和敬は専務の森に声をかけられる。先程の見合い写真の話が頭をちらりとよぎったが、さすがに仕事中にそんな話はしないだろうと席を立って彼を迎えた。
「会長に御用でしょうか? 本日はご予定が空いておりますのでお会いになる事は可能です」
タブレットで確認しなくても義総の予定は1週間先まで記憶している。それでも念のために操作して予定表を開いて確認し、森に伝える。しかし彼は鷹揚に笑って和敬を制する。
「いやいや、君に用があって来たのだよ。娘の写真、見てくれたかね? なかなか可愛いだろう?」
まさかの私用に和敬の表情はスッと引き締まる。すると今度は慌てた様子で総務部長の境田が駆け寄ってくる。
「専務、抜け駆けとは狡いですぞ」
「いやいや、お互い様だろう」
森と境田は笑顔で互いを牽制し合う。
「うちの娘は器量が良いだけでなく料理も上手いんだ。きっと青柳君も気に入ると思うんだよ」
「いやいや、うちの娘の方が可愛いに決まっている。料理は勉強中だが、きっと温かい家庭を築けると思うんだ」
和敬を無視して己の娘の長所を並べ立てていくが、和敬にとってはどうでもいい事案だ。底冷えのするような視線を2人に向ける。
「仕事に関係のないお話なら、お引き取り下さい」
和敬から漂う怒りのオーラに気付き、けん制し合っていたはずの2人は互いに縋りつくようにして震えている。重役2人が主任の肩書は持っているものの一介の秘書に怯えるという珍事が起きている。会長室がある重役専用のフロアの為、行き交う社員の姿はまばらだが、それでも何事かと様子を伺っている者もいた。
「何やってんの?」
そこへ野次馬を描き分け、幸嗣が姿を現す。青柳の怒りのオーラがわずかに収まり、森と境田はあからさまにホッとする。
「会長に御用でしょうか?」
「あ、うん。今大丈夫かな?」
「お伺いします」
仕事モードに入った和敬はもう完全に森と境田を無視し、存在しないものとして義総に都合を問い合わせた。そしてしばしのやり取りの後、内線を切った。
「大丈夫だそうです。後、森専務と境田部長にもお話があるそうなのでお入り下さい」
「ありがとう。ほら、行くよ」
幸嗣は呆けて床に座り込んでいる2人を促して会長室へ入っていく。同時に呼ばれていた和敬もその後に続く。会長室の扉を閉める前に廊下へ視線を巡らせる。先程まで群がっていた野次馬たちの姿はすでにない事を確認すると、会長室の扉を閉めた。
「で、先程の騒ぎは何だ?」
義総の問いかけは一見穏やかにも見えるが、問われた森と境田にはこれ以上はないくらいの威圧を感じていた。義総のデスクの前で2人は項垂れている。
「その……青柳君にうちの娘のすばらしさを分かってもらおうと……」
「話しているうちについ熱くなってしまいまして……。」
2人の弁明に義総ではなく戸口で控えていた幸嗣が呆れたようにため息をついた。ちなみに幸嗣の隣に控えている当の本人は無反応である。
「業務中に何やってんの」
「いえ、その、青柳君を婿に迎えれば娘も幸せになれるんじゃないかと……」
「娘に最高の婿を迎えたいと思いまして……出世頭の青柳君が来てくれたら、我が家も安泰ではないかと思った次第です、はい」
2人の回答は歯切れの悪いものとなる。幸嗣は再びため息をつくと、傍らの和敬に視線を向ける。
「随分期待されているけど、青柳はどうなんだ?」
「私はあくまで大倉家に仕えています。エトワールに籍があるのも会長のスケジュールを管理できる者がいないからです。便宜上主任という肩書を頂いていますが、後を任せられる者がいればエトワールを辞するつもりです。それに生活の全てが大倉家を中心に回っております。私を婿としたところで、妻となる女性に割く時間はほとんどないでしょう。お二方が望むお嬢様の幸せを私では叶えることは出来ないでしょう」
表情を変えることなく淡々とした口調の和敬に重役の2人も若干引いていた。義総に忠実だと思っていたが、これほどまでとは思ってもいなかったのだろう。
「き、君はそれでいいのかね?」
「まさか、何か弱みでも……」
2人の反応に義総と幸嗣が苦笑する。一方の和敬は表情こそ変えないが、内心ではため息をつきたい心境だった。
「大倉家にはご恩があります。助けて頂けなければ私は今こうしていられなかったでしょう。その御恩を返す為に私は大倉家に仕えております」
和敬には和敬の事情がある。他人から見るといびつに見えるかもしれないが、彼はその信念のもとに義総に仕えていた。理解してもらおうとは思わないが、口出しはするなと言いたかった。
「まあ、そういう訳だ。婿を迎えたいなら他を当たった方が良い。これは返しておこう」
義総はそう言うと、預かっていた写真を2人に返す。そしてまだ呆然としている彼等に退出するように促した。2人は言われるまま、義総に頭を下げると、娘の見合い写真を抱えて会長室を後にしていった。
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実は大倉家への愛が重い和敬。
女性へ興味が無いとも思われていて、同性愛疑惑も噂されいます。
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