掌で踊れ

花影

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夏至 4

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『大倉家の内情を探ってこい』
 琴音が普段滅多に話しかけてこない養父からいきなりそんな命令をされたのは年度が改まって間もない頃だった。
 大倉家は以前から若い女性の使用人を探している。その理由は明らかにされていないが、当主の義総が若い婚約者と同居を始めただとか、婚約者が出来たのは弟の幸嗣だとか色々と噂になっている。中にはまだ情勢が不安定なサイラムの姫君を預かっているという噂もある。
 内乱が終結したばかりのサイラムはレアメタルなど豊富な地下資源がある事が分かっている。そう言った開発に長けている企業が多くある中で、大倉家がその採掘権を得ているのも、その姫がいるからではないかというのが噂の根拠らしい。
 養父は大倉家に琴音を推薦しておいたのでその辺りを確認し、あわよくば弱みとなる情報を掴《つか》んで来いと命じたのだ。
「私には無理です」
「女の武器を使えばいいだろう。義総は難しいかもしれないが弟の幸嗣なら簡単だろう。ああ、堅物の青柳でもいい。とにかく情報を集めてこい」
 何でもない事の様に義父はそう言い、反論も許されなかった彼女は承諾するしか道は無かった。そして気分が乗らないまま大倉家の面接に挑んだ。そこで琴音はいつかテレビで見た女性と会った。その驚きが勝り、何を聞かれてどう答えたかははっきりと覚えていない。もし、受からなかったら自分はどうなってしまうだろうか?
 暗澹《あんたん》たる気持ちで日々を過ごしていると、大倉家から合格の通知が届いた。養父は琴音以上に喜び、情報をしっかり集めてくるように念押しすると、家から追い出す様に大倉家へ送り出した。でも、養母の元に行かなくて済むのは正直に言って嬉しかった。



 使用人用の休憩室で、琴音は広げた資料を前に途方に暮れていた。大倉家へ来て1ヶ月余りが過ぎたが、良すぎる待遇に戸惑いを隠せない。仕事は楽だし、何よりも自分の事を評価してもらえる。そして今回は更に自分の価値が挙げられる技能を増やせるよう、資格の習得を勧められていた。
 一番に勧められたのは英会話だった。海外の取引先が多いこともあり、大倉家では必須だと言われた。琴音自身も家庭の事情で進学の道を諦めていただけに、とても感謝していた。ならば費用を出すからと学びたい分野の大学でも専門学校でも受けてみればどうかとまで勧められたのだ。これにはさすがに即答できず、返事は保留にして資料だけ頂いたのだ。
「嬉しいけど、どうしよう……」
 こうして破格の待遇をしてくれるのは、自分を信用してくれての事だろう。だけれど、父親に課せられた使命を思うと心苦しい。女主人たる沙耶はもちろんの事、直接の上司である綾乃や先輩の葉月も皆、優しくて良い人ばかりだ。当主の義総と次期当主の幸嗣と接する機会は少ないが、それでもこうして使用人とは思えないくらい優遇して頂いている。本当に心苦しかった。
「ため息をついてどうしましたか?」
 不意に声をかけられて顔を上げると、戸口に和敬が立っていた。仕事を終えて帰ってきたばかりらしく、手には仕事用の鞄を持ったままだった。
「あ、いえ、その……」
「ああ、技能向上を勧められましたか」
 和敬は彼女が広げていた資料を目にしただけで納得した様子だった。この反応から彼もこの事を知っていたことが分かる。
「はい……。でも本当にどうしようかと……」
「遠慮なくどんどん受ければいい」
 途方に暮れている琴音に和敬は何でもない事の様にそうアドバイスを送る。彼も義総や先代の青柳のおかげで、大倉家に仕えるための様々な技能を身に付けた。その最たるものがアメリカに留学し、MBAを取得したことだろう。この恩もあって彼は義総に生涯仕えると決めている。
「でも……」
「信用の置ける優秀な人材にはいくらお金を費やしても惜しくはないというのが義総様のお考えだ。短期間ではあるけれど、乃木さんは信用に値すると義総様が判断された。乃木さんの為だけでなく、大倉家の為でもあるから費用は気にせず受ければいい。ああ、でも無理だけはしないように」
 和敬がそこまで言うと、タイミングを計ったように彼の携帯端末に連絡が入る。彼は琴音に断りを入れると、鞄を手に自室へ向かった。
「信用……」
 青柳の言葉は嬉しいが、琴音は余計に胸が痛んだ。和敬と話をしたことで、余計に悩みこんだ琴音は、資料を前にしてまた深いため息をついた。



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中々甘い雰囲気に程遠い……。
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