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小暑 2
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「それにしても参ったね」
バスローブ姿の幸嗣がブラインドを捲って窓の外を伺うと、叩きつけるような激しい雨が降り、雷光が無機質な町並みを照らし出していた。
「幸嗣様は何を飲まれますか?」
「水でいいよ」
外を眺めている幸嗣に声をかけた和敬は、まだシャワーを浴びている義総の分も含めて手早く飲み物の準備を進める。彼等は取引先との会食を終えて帰宅しようとしたところで激しい雨に見舞われてしまい、所有するマンションに避難してきていた。
只の夕立なら問題ないが、近頃頻発しているゲリラ豪雨となると、冠水の心配も出て来る。既に遅い時間でもあるし、安全を第一に考えて近くにあるこのマンションに避難したのだ。
「青柳、水をくれ」
シャワーを終えたらしいバスローブ姿の義総もリビングに出て来た。幸嗣が見ている窓の外の様子に視線を向けると、自分のスマホを取り出して沙耶と通話を始める。甘い言葉が随所に聞こえるが、雷が苦手の彼女を心配しているらしい。
「あ、狡い」
外を見ていて先を越された幸嗣はその様子を悔しそうに眺め、そんな彼に義総は得意気な視線を向けていた。
「向こうはそれほどひどくないらしい。綾乃と葉月が居るから心配いらないそうだ」
「そうか、それならよかった」
幸嗣はそう返事しながらも、義総の通話が終わるとすぐに彼も自分のスマホで沙耶に連絡を入れる。彼もまた、甘い言葉をささやきながら帰れなくなったことを詫びていた。
「そういえば、乃木さんは?」
義総の話の中に真っ先に出てきてもおかしくない琴音の名前が出て来なかったので、和敬はふと疑問を口にする。同僚とはいえ、彼がここまで他人に興味を示すのは珍しい。
「妹に会いに行ったが、電車が止まって帰れなくなったと連絡があったそうだ」
琴音の妹が通う学校があるのは県境をまたいだ先にあり、電車で1時間ほどの所だと記憶している。電車が止まった場所がどの辺りか分からないが、既に遅い時間の上にこの天候である。今日中の復旧は難しいかもしれない。
「今夜は塚原が手配したホテルに泊まるように伝えたんだって。ホテル側からも連絡があって、無事にチェックインしたそうだよ」
通話を終えた幸嗣の捕捉に和敬は安堵する。その様子を義総と幸嗣は面白いものを見つけたとばかりに眺めている。そんな視線を感じながらも、和敬は作業に没頭するフリをして受け流しておいた。
「先日の調査の続報です」
義総も幸嗣も本宅に戻れば最愛の女性を愛でることに時間を費やすのだが、今夜は男3人で過ごすことになるので、自然と仕事の話になる。そんな中、和敬が切り出したのは、綾乃の子供の件だった。
「資料を精査した結果、子供は母親の写真を添えて施設に預けられていました。預け先は明記されていませんでしたが、それらしき人物を3名まで絞り込みました」
和敬が差し出したタブレットに義総が目を通していく。その資料によると、1人は既に他界していて、他の2人は現住所不明でまだ調査中だった。進展しているのか、していないのか、微妙なところだった。
「哲也さんも随分用心していたみたいだね」
「久子の命令を無視したわけだから、そう簡単に発覚しないようにしたのだろう」
夫婦ではあっても、久子にとって哲也は使い勝手のいい部下という扱いだった。優秀だから傍に居ることを許していただけで、自分の命令にそぐわない事をすれば彼もその立場どころか命も危うかったに違いない。ならばなぜ、そんな危険な真似をして綾乃の子を助けたのか? 今となっては本心を聞くことは出来ないが、単に彼の良心が痛んだだけの様に思えた。
「3人のうち、死亡した少女がいた施設は乃木さんが乃木家に引き取られる前に居た施設でした」
「よく、気付いたな」
「施設名に覚えがありましたので」
和敬の指摘で義総もようやく覚えのある施設だったことに気付く。
「だったら、琴音はその死んだ子の事を覚えているかもしれないね」
「記録によれば、一緒に居たのは2年か3年ほどになります。幸嗣様の仰る通り彼女の記憶に残っている可能性もあります」
記録では病死となっている。子供の頃とは言え、人が死ぬと言う衝撃的な出来事ならば記憶している可能性は高い。だが、それが心の傷となっている事もあり得た。
「……お前、明日琴音を迎えに行ってそれとなく話を聞いてみろ」
「私がですか?」
「沙耶にはさすがに頼めないし、綾乃は私情が入りすぎる。後、この件を知っているのはお前か塚原だ。塚原には明日出かける沙耶の送迎を頼んでいるから、自由に動けるのはお前だけだ」
「幸嗣様は?」
「沙耶の頼みで兄さんから依頼された事にすれば、俺が行くより自然でしょ?」
何とか逃れる術は無いか探ってみるが、その可能性は尽く潰されていく。
「ですが、いきなりそんな話をしても不審に思われるのではないでしょうか?」
「だったら、少し時間をかけても構わない」
「そうそう。琴音とそんな話をしても不自然に思われないような仲になればいいんじゃない?」
「え?」
「手始めに明日は有休を取得して琴音を迎えに行け」
「仕事は俺が引き受けるから、琴音とデートを楽しんでおいでよ」
「調査報告もしっかり頼むぞ」
「は?」
こうして和敬に琴音との仲を深めろという指令が下ったのだった。
バスローブ姿の幸嗣がブラインドを捲って窓の外を伺うと、叩きつけるような激しい雨が降り、雷光が無機質な町並みを照らし出していた。
「幸嗣様は何を飲まれますか?」
「水でいいよ」
外を眺めている幸嗣に声をかけた和敬は、まだシャワーを浴びている義総の分も含めて手早く飲み物の準備を進める。彼等は取引先との会食を終えて帰宅しようとしたところで激しい雨に見舞われてしまい、所有するマンションに避難してきていた。
只の夕立なら問題ないが、近頃頻発しているゲリラ豪雨となると、冠水の心配も出て来る。既に遅い時間でもあるし、安全を第一に考えて近くにあるこのマンションに避難したのだ。
「青柳、水をくれ」
シャワーを終えたらしいバスローブ姿の義総もリビングに出て来た。幸嗣が見ている窓の外の様子に視線を向けると、自分のスマホを取り出して沙耶と通話を始める。甘い言葉が随所に聞こえるが、雷が苦手の彼女を心配しているらしい。
「あ、狡い」
外を見ていて先を越された幸嗣はその様子を悔しそうに眺め、そんな彼に義総は得意気な視線を向けていた。
「向こうはそれほどひどくないらしい。綾乃と葉月が居るから心配いらないそうだ」
「そうか、それならよかった」
幸嗣はそう返事しながらも、義総の通話が終わるとすぐに彼も自分のスマホで沙耶に連絡を入れる。彼もまた、甘い言葉をささやきながら帰れなくなったことを詫びていた。
「そういえば、乃木さんは?」
義総の話の中に真っ先に出てきてもおかしくない琴音の名前が出て来なかったので、和敬はふと疑問を口にする。同僚とはいえ、彼がここまで他人に興味を示すのは珍しい。
「妹に会いに行ったが、電車が止まって帰れなくなったと連絡があったそうだ」
琴音の妹が通う学校があるのは県境をまたいだ先にあり、電車で1時間ほどの所だと記憶している。電車が止まった場所がどの辺りか分からないが、既に遅い時間の上にこの天候である。今日中の復旧は難しいかもしれない。
「今夜は塚原が手配したホテルに泊まるように伝えたんだって。ホテル側からも連絡があって、無事にチェックインしたそうだよ」
通話を終えた幸嗣の捕捉に和敬は安堵する。その様子を義総と幸嗣は面白いものを見つけたとばかりに眺めている。そんな視線を感じながらも、和敬は作業に没頭するフリをして受け流しておいた。
「先日の調査の続報です」
義総も幸嗣も本宅に戻れば最愛の女性を愛でることに時間を費やすのだが、今夜は男3人で過ごすことになるので、自然と仕事の話になる。そんな中、和敬が切り出したのは、綾乃の子供の件だった。
「資料を精査した結果、子供は母親の写真を添えて施設に預けられていました。預け先は明記されていませんでしたが、それらしき人物を3名まで絞り込みました」
和敬が差し出したタブレットに義総が目を通していく。その資料によると、1人は既に他界していて、他の2人は現住所不明でまだ調査中だった。進展しているのか、していないのか、微妙なところだった。
「哲也さんも随分用心していたみたいだね」
「久子の命令を無視したわけだから、そう簡単に発覚しないようにしたのだろう」
夫婦ではあっても、久子にとって哲也は使い勝手のいい部下という扱いだった。優秀だから傍に居ることを許していただけで、自分の命令にそぐわない事をすれば彼もその立場どころか命も危うかったに違いない。ならばなぜ、そんな危険な真似をして綾乃の子を助けたのか? 今となっては本心を聞くことは出来ないが、単に彼の良心が痛んだだけの様に思えた。
「3人のうち、死亡した少女がいた施設は乃木さんが乃木家に引き取られる前に居た施設でした」
「よく、気付いたな」
「施設名に覚えがありましたので」
和敬の指摘で義総もようやく覚えのある施設だったことに気付く。
「だったら、琴音はその死んだ子の事を覚えているかもしれないね」
「記録によれば、一緒に居たのは2年か3年ほどになります。幸嗣様の仰る通り彼女の記憶に残っている可能性もあります」
記録では病死となっている。子供の頃とは言え、人が死ぬと言う衝撃的な出来事ならば記憶している可能性は高い。だが、それが心の傷となっている事もあり得た。
「……お前、明日琴音を迎えに行ってそれとなく話を聞いてみろ」
「私がですか?」
「沙耶にはさすがに頼めないし、綾乃は私情が入りすぎる。後、この件を知っているのはお前か塚原だ。塚原には明日出かける沙耶の送迎を頼んでいるから、自由に動けるのはお前だけだ」
「幸嗣様は?」
「沙耶の頼みで兄さんから依頼された事にすれば、俺が行くより自然でしょ?」
何とか逃れる術は無いか探ってみるが、その可能性は尽く潰されていく。
「ですが、いきなりそんな話をしても不審に思われるのではないでしょうか?」
「だったら、少し時間をかけても構わない」
「そうそう。琴音とそんな話をしても不自然に思われないような仲になればいいんじゃない?」
「え?」
「手始めに明日は有休を取得して琴音を迎えに行け」
「仕事は俺が引き受けるから、琴音とデートを楽しんでおいでよ」
「調査報告もしっかり頼むぞ」
「は?」
こうして和敬に琴音との仲を深めろという指令が下ったのだった。
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