掌中の珠のように2

花影

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波紋8

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颯爽と幸嗣君登場。


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「いっ……お前は!」
 幸嗣がねじり上げた明人の腕を離すと、彼はその場へ無様にしりもちをつく。そしてその気魄きはくに気圧されたようにそのまま慌てて後ずさりする。
「な……」
「ひぃっ……」
 今度は男子学生達に鋭い視線を向けると、彼等もその恐怖にガタガタと足が震えだす。
「まさか……」
「清尚の氷の悪魔……」
 昔、陰で呼ばれていたそのあだ名を聞き、幸嗣の眉が跳ね上がる。周囲の気温が一気に氷点下に下がったかのように、彼等はその場に凍りついて動けなくなった。命の危険すら感じるのだが、恐怖で口が思う様に動かない。図らずもそんな彼らを救ったのは、彼等が襲おうとしていた沙耶だった。
「幸嗣様……」
「大丈夫か?」
 沙耶が信じられないといった面持ちで幸嗣を見上げると、彼は一転して優しい眼差しを彼女に向け、左腕で優しく抱き寄せる。その様子にジェシカも他の3人もようやく肩から力が抜ける。
 ちょうど警備員も駆けつけてきたので、もう男共には興味が無いといった様子で幸嗣は事後処理を彼等に任せた。
「こ……こんなことしてただで済むとおもうなよ。ママに言いつけてやる!」
 警備員に腕を掴まれ、連れて行かれる間も明人は諦め悪く聞くに堪えない言葉を喚き散らしていた。幸嗣も沙耶もその場にいた少女達もややげんなりとした表情でそれを見送り、一同はようやくほっと息をつく。
「あ、杏奈さん!」
 チアの同級生3人は、慌てて杏奈を探しに戻ろうとするが、それを幸嗣が制した。
「直哉に任せた。今頃は医務室だろう」
 沙耶を抱きしめ、その髪に顔をうずめる様にして幸嗣は答える。電話やメールでやり取りしていたが、実際に会うのは一月ぶり。沙耶の匂いを堪能しているのか幸嗣はまだ彼女を離そうとしない。
「あの……」
 皆が見ているので沙耶は恥ずかしくて仕方ない。躊躇いがちに声をかけるが、幸嗣は何時まで経っても彼女を離そうとはしない。
「杏奈さんが心配だから医務室行きたいんだけど……」
「分かった、行こう」
 もう一度躊躇いながらお願いすると、今度は彼女の肩を抱いて歩き始めた。大倉兄弟の沙耶に対する溺愛ぶりを知っているジェシカは肩を竦め、初めて目の当たりにする他の3人は目を見開いて驚いている。
「行きましょうか?」
 ジェシカに声をかけられてようやく3人は我に返る。気付けば幸嗣に連れられて沙耶は随分先へと行ってしまっていた。
「あの、ジェシカさん、大倉先輩って沙耶さんの事……」
「ああ、気にしないで。いつもの事だから」
 ジェシカは肩を竦めると3人を促して医務室へと向かったのだった。



「ごめんね、杏奈さん」
 医務室で応急処置として足に厳重に包帯を巻かれた杏奈の姿を見た沙耶は蒼白となり、涙ぐんで謝罪する。だが、彼女は笑って答える。
「沙耶の所為じゃないでしょ。気にしないで」
「でも……」
「悪いのは沙耶じゃないさ」
 なおも沙耶が何か言おうとするのを幸嗣が制し、そしてその額に優しく口づける。彼は先程からずっと彼女の肩や腰に腕を回して離れようとはしない。杏奈やジェシカには最早見慣れた光景だが、杏奈に付き添っていた直哉も、3人の同級生も唖然としている。特に直哉は沙耶にメロメロな親友の姿に魂をどこかへ持っていかれたように呆けている。
「そうよ。責任感が有るのは美徳だけど、全てを気にし過ぎてはいけないわ」
 そこで初めて部屋の隅で生徒たちを見守っていたエレンが声をかけた。
「先生……」
「もしかしたら後で話を聞かなければならないかもしれないけれど、杏奈さんと沙耶さんは、今日はもう帰りなさい。担任にはもう了承を得ているから心配ないですからね。それから、あなた達はそろそろ教室へ戻りなさい。ホームルームが始まるわよ」
 エレンに指摘されて時計を見ると、既に学園祭の公開時間は過ぎていた。生徒達は各自の教室でホームルームを済ませた後、片付けが待っている。しかし、時期的に日没が早いので、適当なところで切り上げて残りは代休となっている明日、生徒が自主的に出て片付ける事になっている。
「は、はい」
 同級生の3人は我に返ると、エレンに頭を下げて医務室を慌てて出て行く。ジェシカもその後を追おうとすると、エレンが呼びとめて一言二言何かを囁く。彼女は了承すると沙耶と杏奈に手を振って医務室を後にした。
「沙耶、紹介が遅れたが、彼は俺の親友の桜井直哉だ。薬の開発に関しては右に出る物がいない程優秀なんだ。今使っている薬の改良を頼んだら快く引き受けてくれたよ」
「本当ですか?」
 杏奈やジェシカに彼の事を聞いた時には一瞬背筋が冷たくなったのだが、今は幸嗣が側に居てくれることもあってそういった症状は起こらなかった。沙耶は直哉に体を向けると、丁寧に頭を下げた。
「久保田 沙耶です。よろしくお願いします」
「は、はい、こちらこそ……」
 声をかけられてようやく直哉は我に返る。まだまだ勉強中だが、沙耶の立ち居振る舞いは清尚に相応しい淑女のもので、はかなげな少女の姿に思わずドキリとする。但し、横から幸嗣がちょっかいを出さなければの話だが。
 気付けば幸嗣は医務室のベッドに腰掛け、その膝の上に沙耶を乗せている。彼女自身は恥ずかしいらしく、どうにか降りようとしているが腰に回された腕にがっしりとホールドされていた。
「いつもはね、おじ様があんな風に沙耶を離さないの」
 こっそりと杏奈が教えてくれるが、あの義総が……と思うと余計に想像できない。
「兄さんはいないし、沙耶に会うのは一月ぶりなんだ。独占してもいいだろう?」
 しっかり聞こえていたらしく、幸嗣は沙耶を抱きしめる腕に力を込めた。沙耶はもう恥ずかしくてたまらない。
「失礼します。2人の荷物をお持ちしました」
 そこへジェシカが2人分の荷物を抱えて医務室に入ってきた。先程エレンに頼まれていたのはこの事だったのだろう。
「ありがとう、ジェシカさん」
 2人が礼を言うと、ジェシカはクスリと笑ってそれぞれの荷物を床に置き、頭を下げてすぐに医務室を後にする。ホームルームがまだ終わっていないのだろう。
「車が来たわ。直哉君、杏奈さんをお願いしていいかしら?」
「……はい」
 目の当たりにした事実からまだ立ち直っていない直哉はまだどこか上の空だ。エレンに促されて慌てて杏奈を抱き上げた。荷物はエレンが手にしている。このまま病院に行き、その後家まで彼が付き添う事になっているらしい。ちなみに美弥子は事件を受けてすぐに訴訟の手続きをすると言って出かけてしまっていた。
「じゃ、俺達も帰ろうか」
「はい……」
 既に塚原から連絡を受けていた幸嗣も沙耶を促して立ち上がり、彼女の荷物を持つとエスコートして医務室を出る。エレンが気を利かし、普段は来客用に使われる車回しに付けられた車に2人は乗り込み、家路についたのだった。



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ふふふ……次はエロくなる予定(あくまで予定)
それにしても明人はキモい……。
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