掌中の珠のように2

花影

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疑心10

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 仕事上のミスではないが、林物流の会長から義総へ打診されていた縁談の返答を渡部が先方へ伝えていなかったことにより誤解が生まれ、それによって大倉家の賓客が大けがをするという事件が起きた。義総の逆鱗に触れ、渡部は年明けから子会社への移動が通達され、代わりに昇進する元部下へ引継ぎを命じられていた。
 どうにも納得がいかず、どうにか取り下げてもらおうと画策している最中に義総が明人に撃たれるという事件が起きた。一時は意識不明の重体だったが、どうにか持ち直して快方に向かっているらしい。対応を間違えず、義総への心証を良くすれば左遷は回避できるかもしれない。そう考えた渡部は秘書に調査を命じていた。
「見舞われるお時間があるのでしたら、仕事を優先なさって下さい」
 義総の心証を良くしようと思うのは彼だけでは無かったらしい。後ろ暗い所があり、戦々恐々としていた者達はこぞって青柳に見舞いを申し出ていたが、それを知っている有能な秘書はそう言って彼等を退けていた。暗にその方が義総の受けがいい事をほのめかしているのだが、それでも分からない者は入院している病院に押しかけ、周囲を大いに呆れさせていた。
「幸嗣様や大倉家の使用人の方が病院に詰めておられて、他の患者方の迷惑になるからと彼等だけでなく吉浦の御親族方も追い払われたご様子」
「どうにかして御面会出来ないだろうか?」
「難しいのではないかと……」
 渡部の要望に秘書は顔を顰める。
「例外はあるはずだ」
「例外ですか……」
 秘書は何かを思い出したようにハッとした表情となる。
「何か思いついたのか?」
「いえ、ちょっと思い出した事がございまして」
「何だ?」
 渡部は思わず身を乗り出した。
「会長の病室へ自由に出入りする者がいるそうです」
「何者だ?」
「10代後半の少女なんですが、毎日の様に会長の病室に伺っているとか。制服から推察するとあの清尚学園の生徒ではないかと」
 秘書がもたらした情報に渡部は考え込む。
「……身元は分かるか?」
「すぐに調査致します」



 翌日、秘書から手渡された報告書を見て渡部は驚愕する。
「隠し子?」
 その派手な女性遍歴からいてもおかしくないと誰もがそう思うらしく、以前からその存在は噂されていた。そしてその裏付けをとったのが義総の親戚ならなおの事信ぴょう性が高まってくる。
 この半年余りの間にすっかり大倉家に居ついた彼女の登場にまたもや後継問題が浮上しており、情報を提供してくれた人物は危機感を募らせていると言う。血の気の多い吉浦の親戚達の矛先が彼女に向かえば、またもや警察沙汰になりかねない。それは彼女の身の為にもならないし、何よりも義総の輝かしい経歴に傷がつく。その少女の目当ては財産だろうから、金を渡して今のうちに遠ざけておくのが義総の為にもなるだろうと締めくくられていた。
「うーむ……」
 俄かには信じがたい事である。だが、その吉浦の親族の危惧も納得でき、そして少女が母方らしい姓を名乗っているのは義総に歓迎されていない証のような気がしてきた。その懸念を自分が払拭すれば、きっと評価も変わり、左遷も取り消してもらえるかもしれない。
 本来ならばもう少し時間をかけて情報を集めてから行動を起こすのだが、今回はもう後が無くて切羽詰っていた。焦っていた渡部はそう結論付けると早速秘書に指示を与えて行動を開始した。



 人目を避ける為、わざと面会時間を外して人が少ない時間帯を狙う。そして同行する秘書の助言に従い、先ずは義総の病室にほど近い待合に足を向ける。すると、1人の少女が窓の外を眺めていた。控えていた秘書に確認すると義総の隠し子とされるあの少女に間違いない。すぐに行動を開始しようか迷っていると、上品なスーツを身に付けた綺麗な女性が現れて彼女に話しかけた。
「あの女性はもしや……」
 まだ公にされていないが、義総には結婚を考えている女性がいるらしい。先日、本人の口からきいたのだから間違いないだろう。もしかしたらお相手はこの女性かもしれない。確かに言っては何だが林物流の会長の孫娘より余程義総に釣り合う様にも見えてくる。
 しばらく2人の様子を眺めていると、女性は随分と少女を気にかけているのが見て取れる。だが、少女の態度はどこかよそよそしい。相手をするのを諦めたのか、女性はため息をつくと待合を出て行った。その後ろ姿を見送ると、相手をするのが余程嫌だったのか、少女もため息をついた。
 この状態では義総も気苦労が絶えず、療養どころではないだろう。ここは何としても自分が話をつけるべきだと使命感に燃える。
「あー、お前か? 会長が養っている子供は」
 なおも窓の外を眺めている少女に渡部は威圧的に声をかけた。驚いた様に振り返った少女は思っていたのとは正反対で随分と大人しい性格の様だ。だが、それが渡部の加虐心を煽る。
「お前のような汚れた存在が側におるからあの方の経歴に傷をつけたのだ。これ以上あの方に傷をつけない為にも、お前は即刻あの方の元から去れ」
 横柄な態度できつく言い放つが、意外に強情で返事もしない。
「何とか言ったらどうだ?」
 再度促して少女はようやく頷いた。渡部が秘書に目配せすると、心得ている彼は自分の携帯の番号を記した紙を手渡す。これで先日の失態も取り消せるはずだ。渡部は満足して病院を後にした。



 その数日後、少女から連絡は無かったものの、義総の側からあの少女の姿が消えた。そう報告を受けた渡部は満足気に頷いた。


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喜んでもらうどころか火に油を注ぐ結果になると分かっていないのは当の本人だけ。
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