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第十七話『残留者』
しおりを挟む最初に気づいたのは、**視線**だった。
誰かが見ている。
だが、見られている“感覚”だけがあり、姿はない。
本城は足を止め、ゆっくりと周囲を見渡した。
崩れたビルの影、割れたガラス、錆びた街灯。
どれも静まり返っている。
「……いるだろ」
本城は、あえて声を出した。
「出てこい。
こそこそ観測する趣味は、監理局だけで十分だ」
レイが小さく息を吸う。
だが、止めはしなかった。
沈黙が、数秒続く。
やがて──
**空気が“ずれた”**。
---
「……やっぱり、気づくか」
声は、街灯の影から聞こえた。
そこに“いた”のは、二十代半ばほどの男だった。
だが、輪郭が曖昧だ。
存在しているのに、確定していない。
「珍しいな。
ここで、ちゃんと“見る側”に会うのは」
「お前が……残留者か」
本城が問う。
「そう呼ばれてる」
男は肩をすくめた。
「正式には、“観測失敗例”。
消される途中で、うまく死ねなかった連中だ」
その言葉に、レイの表情が硬くなる。
---
「名前は?」
本城が聞く。
「……もう意味ないだろ」
男は一瞬ためらい、
それでも答えた。
「**加納 恒一(かのう こういち)**。
元・能力者だ」
「“元”?
能力を失ったのか」
「いや」
加納は笑った。
「能力に、**拒否された**」
その言い方が、本城の胸に引っかかった。
---
三人は、崩れたカフェの跡に腰を下ろした。
椅子は歪み、テーブルは半壊している。
だが、不思議と“会話”は成立していた。
「俺の才能は、“共感性”だった」
加納は淡々と語る。
「他人の気持ちが、痛いほど分かる。
革命の日、それが《能力:情動同調》に変わった」
「強力そうね」
レイが言う。
「最初はな。
でも、世界が壊れ始めて……
恐怖、怒り、絶望。
全部、流れ込んできた」
加納は、自分の胸を軽く叩いた。
「耐えきれなかった。
俺は“感じること”をやめたいって思った」
本城の背筋が冷える。
---
「……その瞬間」
加納は続ける。
「能力が、俺を切り捨てた。
“観測に値しない”ってな」
「そんな……」
レイが言葉を失う。
「ガブリエルは言ってたよ。
“才を力に変えた以上、使えない者は誤差だ”って」
本城の拳が、ぎゅっと握られる。
「だから俺は、ここにいる。
消えきれず、観測もされず、
世界から“意味”を剥がされた存在としてな」
---
沈黙。
本城は、加納を見つめた。
《心象透視》は、やはり何も映さない。
だが──
“空白”の奥に、
微かな揺らぎが見えた。
「……なあ、加納」
本城はゆっくり口を開く。
「お前は今でも、“感じてる”だろ」
加納の目が、見開かれた。
「何を……」
「恐怖も、怒りも、絶望も。
全部“感じすぎた”だけだ。
無くなったわけじゃない」
加納は、言葉を失った。
---
「能力が拒否したんじゃない」
本城は続ける。
「お前が、自分を拒否したんだ」
レイが、本城を見る。
その言葉の“重さ”に気づいたからだ。
「……自分を、拒否した?」
「“これ以上感じたくない”って選んだ。
それは弱さじゃない。
でも……」
本城は一度、言葉を切った。
「それでも生きるなら、
感じることから逃げちゃいけない」
---
加納は、震える手で顔を覆った。
しばらくして、小さく笑う。
「……最悪だな。
ここに来て、説教されるとは思わなかった」
「悪いな」
本城は肩をすくめる。
「俺も、似たようなもんだ。
死んでるかもしれないしな」
その言葉に、加納は顔を上げた。
「……亡霊か?」
「さあな。
でも、選ぶことはやめない」
---
レイが、静かに口を開いた。
「加納。
あなたはここに残る?」
「……いいや」
彼は首を振った。
「ここは、“待つ場所”だ。
俺はもう、待つのに疲れた」
「だったら」
本城が言う。
「一緒に来い」
加納は目を丸くする。
「俺を?
観測不能の、失敗作を?」
「だからだ」
本城は迷いなく答えた。
「観測されないなら、
自分で意味を作るしかない」
---
風が吹いた。
その瞬間、加納の輪郭が、ほんのわずかだけ“定まった”。
レイがそれに気づき、目を見開く。
「……本城。
あなた、今……」
「ああ」
本城は頷いた。
「たぶんこれが、
俺の“選択”だ」
観測されなくても、
意味がなくても、
それでも誰かと歩く。
それは、
ガブリエルの用意した“革命”とは、
まったく別の革命だった。
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