夜空の天ちゃむ

牙夢乃時雨

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人間の世界へ

翌朝

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 翌朝、私は仕事に行っている両親よりも早起きをして、昨日準備したカバンを持って長年暮らしてきた実家に別れを告げた。

(皆、最後に挨拶くらいはしたかったけど、また絶対戻ってくるから。今までありがとうなんて言わない)

 そう心に決めて、一歩、また一歩と前に足を進めた。

「天ちゃむ、まてよ。」

 背を向けた家の方向から、いつもの聞きなれた声が聞こえた。隣の家のやんちゃな狐君だ。

「はぁ、お別れでもいいに来たの?あんたになんか言われてもうれしくなんか、うれしくなんかないんだからね。」

 いつもこの後、狐君は何か言ってくるのだが今日は違った。

「天ちゃむ、正直言ってここにまた戻って来れる可能性低いだろ、なんで行くんだよ。俺は天ちゃむのことがめっちゃ心配で、できれば行かないでほしい、あいつのことは気の毒だけど、踏みとどまってもう少し考える時間があってもいいんじゃないか?天ちゃむの両親だって完全にOKを出したわけじゃないんだろ?俺が親だったら絶対にOKなんて出さない。それに、それに......」

 いつもおちゃらけている狐君から真面目な返答が帰ってきて驚いたが、今はその驚きよりも、狐君の想いに感情が込み上げてくる。

「私ね、あの子の良いところいっぱい知ってるし、もし私が同じように死んだら同じことをしていたと思うんだよ。今まで、あの子にどれだけ助けられたか、あの子ね私が森で食べようとしていた木の実を、本気で止めてくれたんだ、その木の実には一口食べるだけで死んじゃうようなものなんだけど、あの子がいなかったら今頃、同じ場所にいたよ。それに、私彼女の願いを聞いたんだ、叶えなくちゃ成仏できないよ。他のことなんてどうでもいいんだ。」

 狐君がどんな顔をしているかはわからない、背を向けているから。でも私の目には少しの涙が見えることもあり、後ろを振り向きたくない。狐君なんかに自分の弱い所を見せたくはないからだ。

「一回こっち向けよ。」

 狐君に指示され、迷ったが後ろを見た。狐君は、大きな荷物を背負っている。

「天ちゃむ、思いは確かなんだな。絶対行くっていうその言葉を聞きたかったんだ。俺に止められるようじゃ、意志として弱いぞってことを言いたかったんだが、その必要はないみたいだな。ってことで俺も行く。」

 荷物からは想像ができたが、実際聞いてみると驚いた。今日は朝から驚くことばかりだ。

「俺が行く理由は、天ちゃむをちゃんとこの場所に戻すということだ。まぁSPみたいなもんだな!」

 気持ちは嬉しいが、狐君を危険にさらすことは心が痛む。狐君の両親にも何て言ったらいいか。いろいろ考えても仕方がない、こういう時は話し合おう。

「なんで付いて来るの?」

「だから、何度も言わせんなよ、天ちゃむを守りたい......いや、この場所に戻ってこさせるためだよ。」

「そうなんだ、でも両親には何て言ったの?」

「両親とは話し合ったよ、天ちゃむが明日から旅に出るんだけど、手伝ってきてもいいかってね。そしたら、最初は止められたけど真剣に話したら、OKもらえたよ。」

 意外と狐君はしっかりしているんだなぁと改めて思った。ここまで真剣に私のことを考えてくれるなら、一緒に行ってもいいかなと思った。

「いいよ、一緒に行こう。快麻くん。」 
 
 快麻は初めて名前を呼ばれて喜んだが、その喜びの瞳の奥には炎がぎらぎらと滾っていた。
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