星の代行者

蒼崎シキ

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第0話 プロローグ

②怪しげな来訪者

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「ゴホッ、ゴホッ、はぁはぁ……」



意識が遠のく。

取り込んだ酸素が体内に入っていかないような錯覚に陥るほど呼吸が辛い。

勢いに任せて孤児院を飛び出してみたのは良いものの、どこに向かえばいいのかアテはない。

とりあえず孤児院の正面玄関から真っ直ぐに樹海を突き抜けようとしたのだが、これがまた大変なのだった。

先ほどの大火災が嘘のように鎮火したと言えど、まだ黒煙は燻っており、地面も熱い。

それらから身を守る術を知らない僕は、喉と目を潰しながら懸命に歩を進めた。


「くそっ……」


罵声が思わず口から飛び出る。

一体どのくらい進んだのだろうか。

目が煙にやられて、視界もまともに定まらない中……必死に真っ直ぐ進もうとしているのだが、果たしてこれは自分の思うように前進できているのだろうか。

煙を吸い込んで脳がやられているのではなかろうか、という懸念が義明を更に不安へと陥れる。

"やっぱりマザーの言いつけを守るべきだったかな"。

そんな弱音が脳裏をよぎった次の瞬間。


「うわぁああああああああああああ――ッ!!」


ぼんやりだった視界が反転する。

どうやら小石に足を引っ掛けたらしい。

転げる転げる転げる転げる転げる転げる転げる転げる転げる転げる転げる転げる転げる転げる転げる転げる転げる転げる転げる転げる転げる転げる転げる転げる転げる転げる転げる転げる転げる転げる転げる転げる……。

子供の矮小な肉体は時折、宙に浮きながら森の緩い斜面をどこまでも転げ落ちていく。

大きな遮蔽物にぶつかっても、木々の枝先が皮膚を割いても、人間ボーリングの勢いを止めることは何者にも叶わず。

まるで森という大自然が僕の小さな身体で遊んでいるのではないか、と錯覚するほど僕の身体は、面白いように転がり続けた。

そして――。


「いってぇえええ――ッ!!」


――人間ボールの最終到着地点は、大木の幹だった。

齢百年を優に超えそうな巨木の幹が、人間ボーリングにされた僕の矮小な肉体を押し止めてくれたのだ。

転げ落ちる人間が保有する運動エネルギーを受け止めるには少しばかり硬質だったそれは、しかし僕が人としての尊厳を取り戻すには充分過ぎるほどの役割を果たしてくれた。

クッションと呼ぶにはあまりにも硬すぎる巨木が僕を受け止めたおかげで、ようやく元の静けさが戻った。


「サッカーボールにされたみたいだ……」


自嘲気味な弱音が、ついつい口を突いて出てしまった。

しかし、弱音を吐けるということはまだ意識があるということ。

今は大木を背にもたれかかっているが、先ほどの火事の影響か――地面は今も熱く硝煙が燻っている。

"一刻も早く起き上がらないと焼け焦げる――!!"。

そう直感して、全身に力を入れようと懸命にもがくもその甲斐虚しく指先一つ動かない。

"立て、ここで立たないと死ぬんだぞ!!"。

刻一刻と浸透していく熱に抗いながら、己自身を力強く鼓舞してみるも、身体は一ミリたりとも動いてはくれなかった。

肉体と精神における余力の乖離が凄まじかったのだ。

精神は無事でも、肉体のダメージが限界を超えていた。

所詮、人間は肉体という器に囚われて生きているのだから、その身体が壊れてしまえば精神の強さに関わらず、人という生き物が機能しなくなるのは当然の摂理だった。

不自然なほど静かな森に吹く一筋のそよ風が、僕を笑っているような気がした。

"僕はこのまま死ぬのかな……"。

そんな考えが僕の頭を過った、その時――。


「おや……迷子かな、こんなところにいては危ないよ。怪物どものいい餌だ」


――声がした方へ顔を向けてみるが、そこには誰もおらず。

ただ○○○の気配がするのみだった。

僕はこの感じを知っているような気がした。

……確証はない。

ただ、○○○がいると何故か直感してしまった。

しかし、声音はどこか雑音が混じっているかのように聞き取り辛く、どこまでも中性的で、性別すらも分からない。


「そこに誰かいるの?」

「……」


○○○の気配は感じるが反応はない。

僕が向いた方角には誰もいないはずなのに、視線の先にある大気が歪んでいるような気がするのは、目の錯覚なのだろうか。

僕は不思議に思い、もう一度声をかけようとすると――。


「……なるほど。私はこの世界に拒絶されているという訳か。使い捨てとは悲しいな、思わず涙が溢れてしまいそうだよ」


"悲しい"という言葉とは裏腹にくっくっく……と笑いを押し殺す声が、陰鬱な雰囲気を纏って、聞こえてくる。

そして――。


「――坊や、少し話に付き合ってはくれないか……君はここで何をしているのかな?」


――どこからともない声の主は突拍子もなく、僕の質問には答えないくせに僕に質問を投げつけるのだった。


「僕は……マザーを――みんなのお母さんを探す為に、ここにいるんだッ!!」


僕の声は予想以上に力強く轟いていたと思う。

未だ視界は白煙が揺らめき、お尻をつけている地面は沸騰したお湯のように熱い。

それでも僕は力強い意志を持って、はっきりとそう答えた。


「なるほど……確かにそれはとても大事なことだ。孤児院の子らにとって母という存在は特に重宝されるべきだろう」

「――ッ!? あなたはもしかして孤児院の出身なの?だったらマザーは知ってる?」

「おやおや、質問攻めとはあまり関心しないな。教養がないと思われる行動は控えた方がいい。君たちのいう"マザー"の人格が落ちると、私は思う……」


孤児院を知っているという事実に思わず前のめりになる僕を、宥めるとも煽るとも取れるような言い回しで謎の気配は諭した。

謎の気配が醸し出す相手をいらいらさせる口調……どこかで聞いたことがあるような――。

しかしそれよりも、今言うべきことはただ一つ。


「僕、あんたみたいな人のこと知ってるよ。狂言者っていうんでしょ?」

「物知りだね、坊や。ああ、その通りだとも。あまりにも世相と己が乖離しているとひねくれ過ぎてこのようになってしまうのだ。私のことは反面教師にすると良い……」

「それよりもさっきの答えはどうなの?」


自分の弱みを嬉々と語る気配を制止して、僕は先を促した。


「ふむ……では、一つずつ答えようか。まず私が孤児院の出身かと問われれば否と断ずる。あれは私が成人してから出来た建物でね、私が入所する必要性は皆無だった。続いて君の言うマザーについて……あれを知っているかと問われれば是と答えよう。古くからの付き合いでね、なぜなら彼女は○だからね……」

「今なんて言ったの?」


今まで静観を保っていた森が急にざわついたせいか、いきなり僕たちの間を通り抜けた風が最後の肝心な言葉を攫ってしまった。


「おや、どうやら時間が来たらしい。次に会える時を楽しみにしているよ。君とはまた近いうちに会えそうだ。何故なら私と君には切りたくても切れない――切っても再び交わる『縁』が結ばれているのだから……そして最後にアドバイスを一つ。怪物どもが近くまで来ているが、心配は不要だ。が助けてくれる。胡座をかいての到着を待つが良い」


その言葉を最後に、謎の気配は行方を眩ませた。

彼とは誰のことだろう?

怪物とは何のことだろう?

謎の気配……その正体は一体何だったのだろうか?

色々な疑問が頭を交錯し始めた時、静寂を破るかのようにパキッ……と小枝の割れる鋭い音が閑静だった森を打ち砕いた。
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