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第5話「幼馴染に教えを乞う」

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「あぁ、あぁ、ここは違う! なんでマイナスしちゃってるのよ」

「え、ここってこの式で変わるからマイナスじゃんっ」

「はぁ……呆れた。頭悪いくせに数Ⅲの知識あるのよっ。その考え方は虚数でしか使えないわよっ」

「きょ、きょすう?」

「あぁ、もうめんどくさいわねっ。二乗してマイナスになる数よ、虚数って言うのは」

「え?」

「あぁ~~もうっ! うるさい、手を動かして!!」

「す、すみません……」

 まったく、どうしてなんだか。私が和人に教えるなんて変なことになってしまったわね。どうしてもって懇願するこいつの顔が少し可哀想だったから引き受けたけど、ここまで面倒だったら断ればよかったわ。

「いいから、くよくよしてないでしてよ。嫌なんでしょ? 便所掃除」

「んぐっ……それは、それだけは——嫌だ!!」

「ええ、その勢いでやればできるだろうからしっかりして、この馬鹿」

「っく……、今は何も言えねぇ」

 馬鹿。

 さすが馬鹿、私の言葉が心に響いたようだ。いつもぼーっとしてるくせにたまに気の利く所もあるから私がいっつも不意を取られるのよ。だから今日くらいはバンバンいじめてあげようかしらっ。

「馬鹿ね」

「っ」

 お、効いてる効いてるっ。
 もっと近づいて言ってみようかしら。

「——ばぁか」

「っぁ、う……」

「ばかばかばかっ」

「な、ん……なんだっ、よ!」

 耳元で囁くとどうやら和人の顔は真っ赤になっていたようだ。よし、これでせいせいしたわ! いっつもいっつもこいつの方からやってくるものだから今日の日くらいは私からいじりたいもの! こんな馬鹿よりも私の方が上に決まってるものねっ。

「いや、別に。事実をね」

「わ、わざわざたくさん言わなくていいだろうがよ!!」

「事実だって言ったわよね?」

「一回でいいだろうが……」

「一回じゃ足りない」

「はぁ!? 俺ってそんなに馬鹿なのか?」

「——違うと思ってるの?」

 会心の一撃が決まったらしい。ジャブジャブ、そして右ストレートが腐れた顔にヒット! 爽快な気分ね。もう最高っ。

「はいはい、落ち込むのはいいからさっさと解いてねっ。私もお風呂は入りたいんだしっ!」

「くそぉ……やりたい放題しやがって」

「いいじゃない? 報酬だと思えばね?」

「どこがだ、いっつも威張ってくるような四葉に報酬なんて出すわけないだろ……」

「へぇ、じゃあやめる、私」

「あぁ! もう、嘘ですから! いくらですか、お金も払いますから!」

「お金、払ってくれるの?」

「——んぐ、ま、マジで言ってるんすか?」

「——言ったのはどっちよ」

「そ、それはまぁ……言葉の綾というか……はい、その……」

「分かった。私、もうやめるわね、寝る」

「あぁあぁ‼‼ 分かったから、冗談です、ごめんなさい‼‼」

「それでよろしい」

 ——というわけで、今回の報酬は和人を散々虐めていい権利と共に昼ご飯をおごってもらえるという権利も渡され、私としては最高なものになったのだった。

 って、なんで私。
 楽しんでるんだろ、こいつのことなんて嫌いなのに……。


☆霧島和人☆

「——テスト終わりっ! ほら~~筆記用具を机に置けよ~~持ったらカンニングで単位ははく奪だからなぁ~~!」

 そして、あの散々だった勉強会から一週間後の今日。
 期末試験の終わりと共に高校一年の一学期も終わりを告げた。

「っあぁ~~! つっかれたぁ~~!」

「あぁ、俺も最悪なくらいに疲れたぞ……」

 俺の前の席から飛び出してきた両手を受け流し、机で蹲った。
 
 俊介は普段通りの表情できっと学年順位30位以内は固そうだった。俺とはかなり違う次元にいるが、今回だけはその疲れの重みをよく分かっていた。

 あれから、毎日のように四葉の部屋に入っては教えてもらい罵倒されを繰り返してきたがそのせいか、体の疲れもどっとでているようだ。

 テスト勉強なんてしてこなかった俺からしてみれば大きな成長だろう。

 そんな感じでよく高校受験勝ち抜いたなと言われればそれまでだが俺も案外地頭はいい。

 所謂、運だったが実力のうちとかなんとか言うから自信を持っても構わない! 的な軽い精神で入学したが進学校だけあって厳しいのは歴然で、歯など立たず。

 初めての試験は下から数える方が早い。

 そう、そんな俺がここまで伸びるとは——涙が出そうだなぁ!

「——ははっ。いつもならニコニコしてるお前が疲れてるって、意外だなっ」

「あぁ! 頑張ったからな!」

「へぇ、二人の夜も楽しんだ様で何よりだよ……」

 空かした顔でいじってくるのがムカつくところだ。

 今日くらいはめでたい日だし、今までの勉強で溜まったうっぷんを晴らしてもいいだろうか。

「——うるせぇ、あいつはそんなんじゃねえからっ」

「……顔、赤いぞ?」

「はっ——マジ!?」

「嘘。ははっ、ていうことは本当らしいね!」

「っち、てめぇ……まじでぶっ殺すぞ!!」

 試験終わりの教室で響いた怒号、そしてあぁれ~~といった感じで逃げ出す俊介。
 
 結局、この後は二人揃って美人なきむちゃんからの愛の鞭、説教という名のご褒美を堪能したのだった。


 帰り。

「か、帰るか……」

「ええ、そうね」

「また、あれか? 友達が茶化してきたのか?」

「本気で言ってる? それ以外に、私が和人と帰る理由があるかしら?」

 目が怖い。

 一学期終了の日だというのに、どうしてそこまで怒るのだ。この前見せたキスの赤い顔が夢のようだ。それに、俺としてもそこまで言われると傷つくんだけどな。

「——はぁ、分かったよ」

「えぇ、よろしいっ」

 ニヤリと笑みを浮かべてこちらを一瞥する四葉。
 まるで、優位なのは私よ——なんて言っているようだ。そこまで主張しなくてもいいだろう、普通。

 そう思いながら歩いていると彼女が不意に——

「それで、テストはどうだったのかしら?」

「あ、あぁ……結構できたぞ」

「へぇ、そう。それは良かったわね」

「まぁな、これもそれも認めたくはないけど——お前のおかげだな」

「っ——ひ、一言多いわねっ!」

「いたっ——!? な、なんで急に叩くんだよ!!」

「知らないっ! 馬鹿、あんぽんたん、あほくそばか‼‼

 罵倒に次ぐ罵倒、そして暴力に次ぐ暴力。
 数の暴力に身体を痛めながらも、俺の目にはしっかりと映っていた。

 ——頬を赤く染め上げて、目が泳いでいる四葉の照れている顔がはっきりと見えていて、そんな痛みも忘れてしまいそうになるくらい——俺には可愛く見えてしまったのだ。

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