【R18】取り違えと運命の人

テキイチ

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本編・取り違えと運命の人

057 君の名は ②

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「ジュ、ジュリエッタ?」

 私の顔を見て、リカルドがおろおろしてる。

「悔しい……!」
「び、微妙だよね! 俺もそう思う! もっと別の名前……」
「え?」
「その、だって、全然関係ない俺の母ちゃんの名前からとか……いや、違うかもしれないけど……」
「ううん、それは別に。名づけをどうするかなんて、たいして気にしない家だし。あいつ、そういう掛け言葉とかムダに好きだから、たぶん合ってる。っていうか、フラヴィオのくせに、むしろなんかちょっと気の利いた真似を……」
「じゃ、じゃあ、なにが悔しいの……?」
「だって……。私、リカルドのお母様の名前……知らなかったのが……」

 なんで、私、大切な人のこと、こんなに知らないだめ人間なんだろう。

「そ、そんな話にならなかったから、仕方ないよ!」
「そんなことない……。こんなに一緒にいるのに、私、リカルドのこと、全然、知らなすぎる……!」
「え、ええと、それ、たぶん、一緒にいるからだよ!」
「え……?」

 やっぱり、リカルドの言葉は、たまに意味がわからない。

「一緒にいると、いつでも聞けるから、そんな話、かえってしないんだよ、たぶん。観光地の近くに住んでるとかえって行かない、みたいな感じで。フラヴィオさんとは、会う時間が限られるから、会ったら具体的な質疑応答が繰り広げられるし」
「そんな、ものなの?」
「そんな、ものなの! ジュリエッタが俺のこと知らないのは、きっとそれだけ一緒だからだよ!」

 そう言ってリカルドはにこにこ笑う。

「これからもずっと一緒なんだから、ゆっくり知っていけばいいんだよ。俺、ジュリエッタが俺のこと知りたいと思ってくれてるだけで、すごく嬉しいし!」
「でも……」

 不意に、お得意先の店主エリザさんの言葉が脳裏をかすめた。

『それ、直接言ってあげたら、旦那さん、きっと喜ぶわ』

 今こそ気持ちを伝えるべきな気がする。
 自分から言うのは、すごく恥ずかしいけど。リカルドと暮らし始めて、きちんと言葉にするのは大事なんだなと思うようになったし。

「私……毎日、リカルドと結婚してよかったなあ、幸せだなあって思ってるわ。リカルドのこと、大切なの、すごく。だから、知りたい」
「ジュ、ジュリエッタ……」
「……好きよ、リカルド」
「う……ん」

 ちらりとリカルドの顔を見ると、真っ赤になってる。

「思いを言葉にすると、軽くなるような気がしてたんだけど」

 私もたぶん同じくらい真っ赤になってるだろう。血が昇ってる感じがする。

「そうじゃなかった。だって、リカルドから好きだって言ってもらうたびに、思いが積み重ねられてく気がするもん」

 もう少し勇気を出して、そっと抱きつく。

「たぶん、口にできない勇気のなさを、ごまかすための口実だったんだと思う」

 リカルドはそっと抱きしめ返してくれて、こう続けた。

「ええと、言葉がちゃんと重みを持つようになったのは、俺と暮らし始めてから?」
「うん……」
「最初に会った日にさ、いつか君が俺のこと、好きになってくれたらいいなって、思ったんだけど」
「うん……」
「思ってたよりもずっと早く、そして、求めてた以上に、俺、愛されてて、すごく幸せだ」

 そう言って、リカルドは優しくキスを落としてくれた。
 思いを言葉にしてちゃんと気持ちが伝わるのは、すごく嬉しいことなんだって、リカルドと暮らして、初めて知った気がする。

「ジュリエッタ」

 リカルドが優しくささやいてくれる。

「俺、君が初めて名前を呼んでくれた時、ものすごく嬉しかった。こんなによくある名前が、君の声で呼ばれるだけで、まるで違う特別な響きを持ったんだ」
「……私も、今、そう思ってるわ。リカルド」

 私達は二人とも魔力なんか持ってない。でも、きっと二人だけに使える魔法がある。愛しい愛しい君の名は、口にするだけで、耳にするだけで、こんなにも世界を美しく彩ってくれる。

「でも、私、よくばりだから、もっともっとたくさんリカルドのこと知りたいし、これからめいっぱい一緒に楽しいことするんだから!」
「うん! いっぱい一緒に楽しもうね!」

 二人でいれば、楽しくて、人生はきっとあっという間だ。あっという間なら、少しでも後悔しないように、思いは言葉にして、行動していかなきゃ。生まれたばかりの赤ちゃんと、すっごく悔しいけど兄から、そんなことを改めて教えられた日。
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