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ふと、再婚前の食事が思い出され、思わず口を開いていた。
「お願いが、あるんだけど」
「なに?」
「家族みんなでスキーに行きたい」
「うん! 行こう! 冬まで待てないから、夏スキーできるとこ見繕っとく! そこで練習して、冬に本格的に挑戦しよう!」
たったこれだけで、父の喜びようといったらなかった。今度の休みにウェアや板や必要なものを買いに行こう! と私に約束させ、これが母を落とした根気か、と見せつけられた気がした。
「スキーに行くって言ったら、お母さん、絶対喜ぶよ!」
別にスキーとか、興味なさそうだけどな? そう思いながら、父の部屋を後にする。
「お母さん」
「なに?」
台所で皿洗いをしている母に後ろから声をかける。
「スキーに行きたいって、お父さんにお願いしてきた」
母の動きが止まって、水の流れる音だけが響いた。
ざあ、ざあ、ざあ、ざあ。まるでどしゃぶりの雨音みたいだ。
「水、もったいないよ」
そう言って、蛇口を下げる。
「ええ、そうね。一緒に、行きましょう」
「お母さん、そんなにスキー好きだっけ? お父さん、絶対喜ぶって言ってたけど」
「修学旅行なんかめんどくさいし行きたくない、っていうの、真に受けてたの」
急に修学旅行の話になって、どきっとした。
「いいえ、違うわね。ユキがそう言ってくれて、正直ほっとした。先のこと考えたら、あの時お金が出ていくのは痛かったから。でも」
母はここで言葉を止め、表情を暗くした。
「同級生が修学旅行に行ってる日、ユキが泣きながら寝てるのを見て、本当に胸が苦しかった」
「え? 泣いて……?」
全然記憶にない。悔しくて、負けたくなくて、絶対泣かないと決めていたから、私の涙の記憶は、戸籍上の父が出ていった日が最後だ。
「店を閉じたのは、今度こそちゃんと家族と向き合って過ごしたかったから。特に、ユキ、あんたに母親らしいことをしてあげたかったからなの」
「今までだって、ちゃんと母親だったよ」
「そう思ってくれる? でも、もっと、細やかに世話を焼きたかったし、なにより、普通の子供らしく過ごさせてやりたかった。お金の心配とか遠慮とか、そんなこと何も考えないですむような。あんたが贅沢だって言ってることは、贅沢でもなんでもないんだって、思わせてやりたかった」
母は、私の気持ちをわかっていなかったのではなく、仕方ないと割り切っていた訳でもなかった。そんな風に葛藤していたなんて、全然気づいてなかった。
「一生懸命働いて私を育ててくれたお母さんも、今の笑顔のお母さんも、私にとってはどっちも自慢のお母さんだよ」
そう言うと、母は私をぎゅっと抱きしめ、涙を流した。二人で毎日あんなに大変だった頃は一度も見たことなかった涙を。
「苦しいよ、お母さん」
絞り出すように言葉にしたけど、それを皮切りに、変な声と涙が止められなくなった。ずっと泣いていなかったから、一度決壊するとどうしていいかわからなくなって、父がやって来るまでそのまま二人でわんわん泣いた。父の焦る姿を初めて見て、母と二人、泣き笑いになった。
「お願いが、あるんだけど」
「なに?」
「家族みんなでスキーに行きたい」
「うん! 行こう! 冬まで待てないから、夏スキーできるとこ見繕っとく! そこで練習して、冬に本格的に挑戦しよう!」
たったこれだけで、父の喜びようといったらなかった。今度の休みにウェアや板や必要なものを買いに行こう! と私に約束させ、これが母を落とした根気か、と見せつけられた気がした。
「スキーに行くって言ったら、お母さん、絶対喜ぶよ!」
別にスキーとか、興味なさそうだけどな? そう思いながら、父の部屋を後にする。
「お母さん」
「なに?」
台所で皿洗いをしている母に後ろから声をかける。
「スキーに行きたいって、お父さんにお願いしてきた」
母の動きが止まって、水の流れる音だけが響いた。
ざあ、ざあ、ざあ、ざあ。まるでどしゃぶりの雨音みたいだ。
「水、もったいないよ」
そう言って、蛇口を下げる。
「ええ、そうね。一緒に、行きましょう」
「お母さん、そんなにスキー好きだっけ? お父さん、絶対喜ぶって言ってたけど」
「修学旅行なんかめんどくさいし行きたくない、っていうの、真に受けてたの」
急に修学旅行の話になって、どきっとした。
「いいえ、違うわね。ユキがそう言ってくれて、正直ほっとした。先のこと考えたら、あの時お金が出ていくのは痛かったから。でも」
母はここで言葉を止め、表情を暗くした。
「同級生が修学旅行に行ってる日、ユキが泣きながら寝てるのを見て、本当に胸が苦しかった」
「え? 泣いて……?」
全然記憶にない。悔しくて、負けたくなくて、絶対泣かないと決めていたから、私の涙の記憶は、戸籍上の父が出ていった日が最後だ。
「店を閉じたのは、今度こそちゃんと家族と向き合って過ごしたかったから。特に、ユキ、あんたに母親らしいことをしてあげたかったからなの」
「今までだって、ちゃんと母親だったよ」
「そう思ってくれる? でも、もっと、細やかに世話を焼きたかったし、なにより、普通の子供らしく過ごさせてやりたかった。お金の心配とか遠慮とか、そんなこと何も考えないですむような。あんたが贅沢だって言ってることは、贅沢でもなんでもないんだって、思わせてやりたかった」
母は、私の気持ちをわかっていなかったのではなく、仕方ないと割り切っていた訳でもなかった。そんな風に葛藤していたなんて、全然気づいてなかった。
「一生懸命働いて私を育ててくれたお母さんも、今の笑顔のお母さんも、私にとってはどっちも自慢のお母さんだよ」
そう言うと、母は私をぎゅっと抱きしめ、涙を流した。二人で毎日あんなに大変だった頃は一度も見たことなかった涙を。
「苦しいよ、お母さん」
絞り出すように言葉にしたけど、それを皮切りに、変な声と涙が止められなくなった。ずっと泣いていなかったから、一度決壊するとどうしていいかわからなくなって、父がやって来るまでそのまま二人でわんわん泣いた。父の焦る姿を初めて見て、母と二人、泣き笑いになった。
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