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第十章 扉が閉じて別の扉が開く
288 五月の薔薇を忘れないで ④
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連休明けに実家近くで面接を受けることになった。だから、新くんと話し合って、今年の誕生日は面接後にお祝いしようと決めた。残念だけど仕方ないし、お祝いしてもらえるだけでとってもありがたいこと。お祝いしてもらうのを励みにがんばろうと思う。
がんばろうと思ったのにな。
回答に詰まって黙ってしまい、「わかりました、もう結構ですよ」と言われてしまった。面接官の方の口調は優しかったけど、目が笑ってなかった。落ちた、と思った。
「今日のお夕飯、私が作るね」
翌日の土曜日、私はお母さんに申し出た。気分転換をしたくて。
お料理を作ったり、手芸をしたり、そういう確実に成果が出ることをしたかった。創造的な作業でもあるし。
通いなれた商店街を歩く。お母さんから聞いていたけれど、以前あったお店がいくつかなくなっていた。お豆腐屋さん、果物屋さん、魚屋さん。近くに大型スーパーとショッピングモールができて人が流れたのは痛手だったし、店主が亡くなって閉めたお店もあると聞いた。どこもおいしいものを売っているお店だったからとても寂しい。あたりまえだけど、いつまでもあるとは限らないんだ。
「若葉ちゃん! ひさしぶりだねえ!」
「こんにちは! 就職活動で何日か帰省してます!」
馴染みの八百屋さんは健在でほっとする。店主のおじさんが明るい声を掛けてくれたので、私もつられて元気に挨拶をした。
「就職活動! 早いねえ! 俺も年取る訳だ」
「そんな! おじさん、全然変わらないです!」
「若葉ちゃんが来てくれたから元気が出たよ!」
「今日、何かおすすめありますか?」
「葉物は旨いのがたくさんあるし、アスパラガスなんかもいいし。あ! 昔流行った懐かしいやつを仕入れたんだった!」
「なんですか?」
「これ! ツタンカーメンのえんどう豆!」
紫の莢のえんどう豆! 大和くんが小学生の頃エミリーちゃんと育てていたっけ。
「懐かしい! 弟が昔育ててました!」
「これで豆ごはん作ると旨いよ!」
「豆ごはん! いいですね! じゃあ、付け合わせは豚しゃぶのサラダとアスパラガスのお吸い物にしようかな!」
「旨そうだねえ!」
帰ってきてからずっと、大和くんは元気がなかった。少しでも喜んでくれるといいな。
帰宅してしばらくすると、大和くんが帰ってきた。今日は土曜だから帰宅も早い。
「あのね! 懐かしいものを見つけたから、買ってきたの!」
やっぱり浮かない顔。八百屋さんでの戦利品を見せる。
「えんどう豆! ツタンカーメンの! 今日は豆ごはんだよ!」
「ああ……」
「どうかした?」
「それ、嘘。ツタンカーメンの墓に入ってたって話」
ベートーヴェンは読めなんて言っていないシェイクスピアの「テンペスト」。たらことじゃがいもじゃないタラモサラタ。シャンパンの紛い物のシャンメリー。
「そうなんだ」
「姉さん、あんまりびっくりしてないね」
「夢とロマンがある嘘の方が有名になっちゃうことは、あるかもなあって」
大和くんを見ると、やっぱり表情が冴えない。
「大和くんは悲しかったの?」
「そりゃ、信じてたものがニセモノだった訳だし」
「でも、大和くんは一生懸命えんどう豆を育てて楽しかったし、豆ごはんもおいしかったよね」
「うん」
「それは本当のことだよ!」
大和くんは素直ないい子だから、私の言葉に優しい笑顔を見せてくれた。
本当は、大和くんのためじゃなくて、私は自分に言い聞かせようとしただけ。たとえ事実ではなかったとしても、わくわくさせてくれたことは、嘘じゃないって。
私が作った夕飯をお母さんも大和くんもおいしそうに食べてくれた。出張中のお父さんと会えないのは残念だったけど、今度帰省した時にいろいろ話せばいい。
がんばろうと思ったのにな。
回答に詰まって黙ってしまい、「わかりました、もう結構ですよ」と言われてしまった。面接官の方の口調は優しかったけど、目が笑ってなかった。落ちた、と思った。
「今日のお夕飯、私が作るね」
翌日の土曜日、私はお母さんに申し出た。気分転換をしたくて。
お料理を作ったり、手芸をしたり、そういう確実に成果が出ることをしたかった。創造的な作業でもあるし。
通いなれた商店街を歩く。お母さんから聞いていたけれど、以前あったお店がいくつかなくなっていた。お豆腐屋さん、果物屋さん、魚屋さん。近くに大型スーパーとショッピングモールができて人が流れたのは痛手だったし、店主が亡くなって閉めたお店もあると聞いた。どこもおいしいものを売っているお店だったからとても寂しい。あたりまえだけど、いつまでもあるとは限らないんだ。
「若葉ちゃん! ひさしぶりだねえ!」
「こんにちは! 就職活動で何日か帰省してます!」
馴染みの八百屋さんは健在でほっとする。店主のおじさんが明るい声を掛けてくれたので、私もつられて元気に挨拶をした。
「就職活動! 早いねえ! 俺も年取る訳だ」
「そんな! おじさん、全然変わらないです!」
「若葉ちゃんが来てくれたから元気が出たよ!」
「今日、何かおすすめありますか?」
「葉物は旨いのがたくさんあるし、アスパラガスなんかもいいし。あ! 昔流行った懐かしいやつを仕入れたんだった!」
「なんですか?」
「これ! ツタンカーメンのえんどう豆!」
紫の莢のえんどう豆! 大和くんが小学生の頃エミリーちゃんと育てていたっけ。
「懐かしい! 弟が昔育ててました!」
「これで豆ごはん作ると旨いよ!」
「豆ごはん! いいですね! じゃあ、付け合わせは豚しゃぶのサラダとアスパラガスのお吸い物にしようかな!」
「旨そうだねえ!」
帰ってきてからずっと、大和くんは元気がなかった。少しでも喜んでくれるといいな。
帰宅してしばらくすると、大和くんが帰ってきた。今日は土曜だから帰宅も早い。
「あのね! 懐かしいものを見つけたから、買ってきたの!」
やっぱり浮かない顔。八百屋さんでの戦利品を見せる。
「えんどう豆! ツタンカーメンの! 今日は豆ごはんだよ!」
「ああ……」
「どうかした?」
「それ、嘘。ツタンカーメンの墓に入ってたって話」
ベートーヴェンは読めなんて言っていないシェイクスピアの「テンペスト」。たらことじゃがいもじゃないタラモサラタ。シャンパンの紛い物のシャンメリー。
「そうなんだ」
「姉さん、あんまりびっくりしてないね」
「夢とロマンがある嘘の方が有名になっちゃうことは、あるかもなあって」
大和くんを見ると、やっぱり表情が冴えない。
「大和くんは悲しかったの?」
「そりゃ、信じてたものがニセモノだった訳だし」
「でも、大和くんは一生懸命えんどう豆を育てて楽しかったし、豆ごはんもおいしかったよね」
「うん」
「それは本当のことだよ!」
大和くんは素直ないい子だから、私の言葉に優しい笑顔を見せてくれた。
本当は、大和くんのためじゃなくて、私は自分に言い聞かせようとしただけ。たとえ事実ではなかったとしても、わくわくさせてくれたことは、嘘じゃないって。
私が作った夕飯をお母さんも大和くんもおいしそうに食べてくれた。出張中のお父さんと会えないのは残念だったけど、今度帰省した時にいろいろ話せばいい。
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