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36. 先に立つもの ②
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四人が修道院を目指して歩いていくと、途中に素朴な祠があった。男性が言っていたものだろう。リリアンはみんなに呼び掛け、少し観察する。祠は綺麗に清められ、パンと椀が供えられている。椀にはなみなみと山羊の乳が注がれていた。
修道院は男子禁制なので、ジェラールとブノワには外で待機してもらうことにし、リリアンとアニエスで聞き取り調査をすることにした。一人では心もとなかったし、なによりアニエスは僧侶なので、リリアンはほっとする。
自分達は魔犬駆除に雇われた冒険者で、情報収集のために被害にあった修道女に会いたいのですと告げると、ほどなく穏やかそうな若い修道女が二人の前にあらわれた。農作業をしていたとのことで、彼女の僧衣には少し土が付着している。
「お忙しいところご協力に感謝いたします。魔犬に襲われた時の状況をご教示いただきたいのです」
アニエスが修道女に訊ねると、彼女は憂いを帯びた表情で語る。
「あれは大雨の翌日でした。私は孤児院へパンを届けるために籠を抱えて歩いていたのです。まさか昼間から魔犬に遭遇するとは思わなかったので、たいそう驚きました」
リリアンが大きく頷くと、修道女は続ける。
「神の定めに従おうと、私は籠を地面に置き、瞼を閉じて祈祷文を暗唱しました。全て唱えあげて瞼を開くと、籠は消え、魔犬もいなくなっていたのです」
アニエスは不思議そうな表情を浮かべ、修道女に問いかける。
「怪我は負わされなかったのですか?」
「ええ。パンを盗られただけで、襲い掛かられた訳ではありません。そもそも魔犬から邪悪な気配は感じませんでした」
修道女は魔犬に好意的であるようにリリアンには感じられた。不思議に思っていると、アニエスが質問を続ける。
「怪我を負わされてはいなくても、パンを盗られていますし、唾棄すべき邪教の神とは思わないのですか?」
「きっと魔犬にはパンが必要だったのでしょう。求めるものには与えます。そして、私が私の神を信じ続けることと、魔犬を否定することは違います。私は魔犬を崇めることで安寧を得ている方を知っています。人に害をなさなければ、魔犬も、魔犬を信仰する方達も、尊重されるべきです。宗教は違えど、善くあろうとする気持ちは同じなのですから」
寛容の精神。これは宗教の本来あるべき姿の一つかもしれない、とリリアンは思う。
「では、なぜ被害を訴えられたのです? お話をうかがっていると、あなたは魔犬に嫌な感情をお持ちではないように見受けられる」
「私があえて被害を訴えたのは、これまで男性しか襲われていなかったからです。私も『自分は女性だから大丈夫だろう』と無意識に思っていました。同じように考えている女性が魔犬と出会った時、人によってはひどく錯乱するかもしれません。心構えがあるのとないのとでは、全く違います」
自分が損害を被った苦情ではなく、注意喚起のために事案として報告したのか、とリリアンは納得する。
おそらくこれ以上得られる情報はないので、二人はお礼を言い、修道院を出ることにした。リリアンはパンと野菜を多めに購入し、自分の財布から献金をする。倣うようにアニエスも献金すると、修道女は外の二人を含めたパーティー全員に加護の祈りを捧げてくれた。
結局、有力な情報はあまり得られなかったので、四人は宿へ戻り、話し合いを持つことにした。
「被害者に共通点はないの?」
「若者であることくらいだ。一緒に襲われた者同士はもちろん知り合いだが、別の被害者達との接点は特にないようだ。複数回襲った日も犯行現場が比較的離れている。ついでという訳でもなさそうで、余計理由がわからない」
アニエスとジェラールの会話を聞きながら、リリアンは七曜表に事件の起きた日を記入していく。ジェラールが地図を用意して被害範囲を可視化したように、資料を眺めるだけでは気づけない規則性があるかもしれない、と思ったのである。
「これは……」
ジェラールがぼそりとつぶやく。規則性があった。修道女のパン強奪以外は、被害が水曜に集中している。資料に曜日は書かれていなかったので、気づかなかったのだ。
地元の人間にしかわからないこともあるかもしれない、とリリアンは考え、宿屋の主人に訊ねることにした。
「この町は水曜に何かあるんですか?」
「休み、だな」
「休み?」
「国教会の聖日は日曜だろう。この町の聖日は水曜だ。魔犬が町の創始者を助けた曜日だから。魔犬を信じている人間なんてもう数えるほどしかいないが、慣習はしっかり残っていて、どの店も休みだ。むしろ日曜は書き入れ時で、開いている店が多い」
四人は顔を見合わせる。今日は火曜だ。明日、何かが起きるかもしれない。
「シリウスが祠へ来るのは夜だ。駆除は明日にして、今日は充分睡眠を取ろう」
ジェラールの言葉に三人も強く頷いた。
修道院は男子禁制なので、ジェラールとブノワには外で待機してもらうことにし、リリアンとアニエスで聞き取り調査をすることにした。一人では心もとなかったし、なによりアニエスは僧侶なので、リリアンはほっとする。
自分達は魔犬駆除に雇われた冒険者で、情報収集のために被害にあった修道女に会いたいのですと告げると、ほどなく穏やかそうな若い修道女が二人の前にあらわれた。農作業をしていたとのことで、彼女の僧衣には少し土が付着している。
「お忙しいところご協力に感謝いたします。魔犬に襲われた時の状況をご教示いただきたいのです」
アニエスが修道女に訊ねると、彼女は憂いを帯びた表情で語る。
「あれは大雨の翌日でした。私は孤児院へパンを届けるために籠を抱えて歩いていたのです。まさか昼間から魔犬に遭遇するとは思わなかったので、たいそう驚きました」
リリアンが大きく頷くと、修道女は続ける。
「神の定めに従おうと、私は籠を地面に置き、瞼を閉じて祈祷文を暗唱しました。全て唱えあげて瞼を開くと、籠は消え、魔犬もいなくなっていたのです」
アニエスは不思議そうな表情を浮かべ、修道女に問いかける。
「怪我は負わされなかったのですか?」
「ええ。パンを盗られただけで、襲い掛かられた訳ではありません。そもそも魔犬から邪悪な気配は感じませんでした」
修道女は魔犬に好意的であるようにリリアンには感じられた。不思議に思っていると、アニエスが質問を続ける。
「怪我を負わされてはいなくても、パンを盗られていますし、唾棄すべき邪教の神とは思わないのですか?」
「きっと魔犬にはパンが必要だったのでしょう。求めるものには与えます。そして、私が私の神を信じ続けることと、魔犬を否定することは違います。私は魔犬を崇めることで安寧を得ている方を知っています。人に害をなさなければ、魔犬も、魔犬を信仰する方達も、尊重されるべきです。宗教は違えど、善くあろうとする気持ちは同じなのですから」
寛容の精神。これは宗教の本来あるべき姿の一つかもしれない、とリリアンは思う。
「では、なぜ被害を訴えられたのです? お話をうかがっていると、あなたは魔犬に嫌な感情をお持ちではないように見受けられる」
「私があえて被害を訴えたのは、これまで男性しか襲われていなかったからです。私も『自分は女性だから大丈夫だろう』と無意識に思っていました。同じように考えている女性が魔犬と出会った時、人によってはひどく錯乱するかもしれません。心構えがあるのとないのとでは、全く違います」
自分が損害を被った苦情ではなく、注意喚起のために事案として報告したのか、とリリアンは納得する。
おそらくこれ以上得られる情報はないので、二人はお礼を言い、修道院を出ることにした。リリアンはパンと野菜を多めに購入し、自分の財布から献金をする。倣うようにアニエスも献金すると、修道女は外の二人を含めたパーティー全員に加護の祈りを捧げてくれた。
結局、有力な情報はあまり得られなかったので、四人は宿へ戻り、話し合いを持つことにした。
「被害者に共通点はないの?」
「若者であることくらいだ。一緒に襲われた者同士はもちろん知り合いだが、別の被害者達との接点は特にないようだ。複数回襲った日も犯行現場が比較的離れている。ついでという訳でもなさそうで、余計理由がわからない」
アニエスとジェラールの会話を聞きながら、リリアンは七曜表に事件の起きた日を記入していく。ジェラールが地図を用意して被害範囲を可視化したように、資料を眺めるだけでは気づけない規則性があるかもしれない、と思ったのである。
「これは……」
ジェラールがぼそりとつぶやく。規則性があった。修道女のパン強奪以外は、被害が水曜に集中している。資料に曜日は書かれていなかったので、気づかなかったのだ。
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