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本編
15 秋の進行 ④
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秋の夜は静かで、調べ物がはかどる。
会社から三十分圏内で、家賃が手頃、駅の近く。そんな条件で新居の候補を絞っていく。今のうちにある程度調べておけば、相場がわかるし、不動産屋に行った時に選択しやすくなると思って。まあ、最終的には条件じゃなくて、実際見てなんとなくしっくりくるものにするんだろうけど。
そんなことを考えながら検索をかけていると、翼から声を掛けられた。
「新しい部屋?」
「うん。会社から近くて、手頃で、駅近いってなるとなかなか……」
「ここらへんは?」
翼が示したところは、なかなか便利そうで治安もよさそうなエリアだ。家賃も思っていたほど高くない。でも会社から一時間ちょっとかかる。通勤時間を睡眠時間にしたい。
「もっと会社の近くで探そうと思ってるんだけど」
「それだと俺の会社から遠くなるから、料理に時間かけられなくなるし」
「なんで翼の会社が関係あるの?」
「……これからも一緒に住むから」
「は?」
顔を向けると、翼の目がなんだか冷たい。大変面倒な気配がする。
「こんだけ俺に食生活頼り切ってて、働き始めてから生きていけるのかよ!」
確かに食事を依存している自覚はある。
「でも、まあ、買えばいいし。スーパーの総菜とか」
翼の目が更に冷たくなった。
「一応、確認するけど。俺のこと、まさかセフレとか思ってないよな」
「いや、まあ、さすがに……」
でも、彼氏だとか恋人だとか、そういう色っぽい呼び名が、なんだかぴんとこない。
「じゃあ、なんだと思ってる?」
あ、直球キタ。
答に窮していると、翼が少しむっとした表情で言った。
「じゃあ、俺が呼び名決める! 今から婚約者な!」
「は?!」
「働き始めてしばらくして、婚姻届提出したら配偶者! 以上!」
「そんな無茶な……」
一人で勝手に進んでいくと思ったら、なんか、階段三段くらい飛び抜かして上ったぞ、こいつ。どう返してよいやらわからない。
「美羽、俺、結構お買い得物件だよ」
それはそうなんだろう。なんだかんだで綺麗な顔をしているし、内定した会社は安定しているし、料理も上手い。
「ちゃんと美羽のいいとこも覚えたし」
「いいとこ言うな」
ちょっと盛りのついた犬だけど、確かに気持ちいい。
「俺は、美羽がいいんだよ。美羽じゃなきゃ、嫌だ」
一瞬、翼が口にした言葉の意味が解せなくて、つい斜め上を見た。
えらく熱烈な。翼から初めてそんな言葉を聞いた気がする。
「美羽。俺に決めなよ」
もう一度翼の顔を見る。思ったより無表情だ。
なんだろう、最初に翼の涙を見た時の気持ちと似ている。翼の声が少し震えているからだろうか。それとも瞳にどこか不安の色が見えるからだろうか。
人を愛するとはなんだ。
そんな難しいことはわからない。わからないけれど、もう、翼を泣かせたくないなと思う。
私は配偶者の本当の語源なんか知らない。面倒だから調べる気もない。
でも、偶然配された者という字面は、私達をこれ以上なく的確に表現している気がして、しっくりくる。
私達の間にあるのは、いつも、「なんとなく」だ。なんとなく、いいか、と思った。
うんと頷くと、ものすごく嬉しそうにぎゅうぎゅう抱きしめられた。手加減しろ。でも、なんとなくの決断で、こんなに喜んでもらえるなら、いいか。
翼は気づいたら部屋に居ついていた。
いつのまにか一緒にいるのがあたりまえになってしまった。
まるで空気や水のような存在。
それはつまり「いないと駄目」ということなんだろう。
なんで笑ってんの? と問われたので、「秘密」と答えた。一つくらい秘密があってもいいだろう。
以前抱いた翼への嫉妬が、いつのまにか消えていることに気づいたのだ。
会社から三十分圏内で、家賃が手頃、駅の近く。そんな条件で新居の候補を絞っていく。今のうちにある程度調べておけば、相場がわかるし、不動産屋に行った時に選択しやすくなると思って。まあ、最終的には条件じゃなくて、実際見てなんとなくしっくりくるものにするんだろうけど。
そんなことを考えながら検索をかけていると、翼から声を掛けられた。
「新しい部屋?」
「うん。会社から近くて、手頃で、駅近いってなるとなかなか……」
「ここらへんは?」
翼が示したところは、なかなか便利そうで治安もよさそうなエリアだ。家賃も思っていたほど高くない。でも会社から一時間ちょっとかかる。通勤時間を睡眠時間にしたい。
「もっと会社の近くで探そうと思ってるんだけど」
「それだと俺の会社から遠くなるから、料理に時間かけられなくなるし」
「なんで翼の会社が関係あるの?」
「……これからも一緒に住むから」
「は?」
顔を向けると、翼の目がなんだか冷たい。大変面倒な気配がする。
「こんだけ俺に食生活頼り切ってて、働き始めてから生きていけるのかよ!」
確かに食事を依存している自覚はある。
「でも、まあ、買えばいいし。スーパーの総菜とか」
翼の目が更に冷たくなった。
「一応、確認するけど。俺のこと、まさかセフレとか思ってないよな」
「いや、まあ、さすがに……」
でも、彼氏だとか恋人だとか、そういう色っぽい呼び名が、なんだかぴんとこない。
「じゃあ、なんだと思ってる?」
あ、直球キタ。
答に窮していると、翼が少しむっとした表情で言った。
「じゃあ、俺が呼び名決める! 今から婚約者な!」
「は?!」
「働き始めてしばらくして、婚姻届提出したら配偶者! 以上!」
「そんな無茶な……」
一人で勝手に進んでいくと思ったら、なんか、階段三段くらい飛び抜かして上ったぞ、こいつ。どう返してよいやらわからない。
「美羽、俺、結構お買い得物件だよ」
それはそうなんだろう。なんだかんだで綺麗な顔をしているし、内定した会社は安定しているし、料理も上手い。
「ちゃんと美羽のいいとこも覚えたし」
「いいとこ言うな」
ちょっと盛りのついた犬だけど、確かに気持ちいい。
「俺は、美羽がいいんだよ。美羽じゃなきゃ、嫌だ」
一瞬、翼が口にした言葉の意味が解せなくて、つい斜め上を見た。
えらく熱烈な。翼から初めてそんな言葉を聞いた気がする。
「美羽。俺に決めなよ」
もう一度翼の顔を見る。思ったより無表情だ。
なんだろう、最初に翼の涙を見た時の気持ちと似ている。翼の声が少し震えているからだろうか。それとも瞳にどこか不安の色が見えるからだろうか。
人を愛するとはなんだ。
そんな難しいことはわからない。わからないけれど、もう、翼を泣かせたくないなと思う。
私は配偶者の本当の語源なんか知らない。面倒だから調べる気もない。
でも、偶然配された者という字面は、私達をこれ以上なく的確に表現している気がして、しっくりくる。
私達の間にあるのは、いつも、「なんとなく」だ。なんとなく、いいか、と思った。
うんと頷くと、ものすごく嬉しそうにぎゅうぎゅう抱きしめられた。手加減しろ。でも、なんとなくの決断で、こんなに喜んでもらえるなら、いいか。
翼は気づいたら部屋に居ついていた。
いつのまにか一緒にいるのがあたりまえになってしまった。
まるで空気や水のような存在。
それはつまり「いないと駄目」ということなんだろう。
なんで笑ってんの? と問われたので、「秘密」と答えた。一つくらい秘密があってもいいだろう。
以前抱いた翼への嫉妬が、いつのまにか消えていることに気づいたのだ。
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