【R18】朝も昼も夕も夜も

テキイチ

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本編

16 冬の僥倖 ①

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 煮物は幸せの匂いがする。

 ことことと肉じゃがを煮ていると、ただいまという美羽の声がした。

「あれ、肉じゃが? 今日、湯豆腐じゃなかったっけ?」
「これは明日の分」
「一口ちょうだい」
「やめとけ」

 やめとけと言うのに、美羽は欠片をおたまですくう。取り皿に移す時、左手の指輪に西日が反射した。
 口に含むと、美羽は、あれ? という顔をする。ほらみろ。

「いつもと味が違う」
「煮物は冷める時に味がしみるんだよ」
「ふうん」

 準備をしてくれるというので、カセットコンロと食器を出しておいてくれと頼んだ。わかったと言って、美羽は隣の部屋に消える。

 就職活動で離れていることが多くなっていた時期に痛感した。俺達の関係は、一緒にいる時間が長いからなんとか成立しているに過ぎないのだと。お互い試験や面接で移動や宿泊が増えると、途端に関わりが激減した。でも、それを気にしていたのは俺だけで。

 ああ、俺はもう、美羽を失いたくない。でも、美羽は俺がいなくなったところで、変わらず淡々と生きていくのだろう。正直、すごくくやしい。
 束縛したい訳じゃないし、自由にしていてほしいけど、美羽の人生にもっと俺が必要だったらいいのに。そんな詮無いことを考えてしまう。

 俺達の関係はあまりにもあやふやで、はっきりさせたいのは俺だけだったから、強引に押し進めてしまった。
 普段アクセサリーをつけない美羽が、俺の贈った指輪は嵌めてくれている。
 ずっと一緒にいる約束をしてくれたんだから、それで満足すべきなんだと思う。
 ただ、きまぐれな野良猫を無理矢理閉じ込めて、首輪をつけ、仕方なく相手をしてもらっているような。少しだけそんな気分になる。



 今夜は湯豆腐だ。美羽は豆腐が好きだし、野菜も摂れるし、寒いから鍋は旨いし、いい日本酒も手に入った。
 くつくつと煮える鍋。昆布の香り。
 美羽がはふはふしながら豆腐を口に運ぶ。

「あー、幸せー」

 美羽は本当に旨そうに食う。作りがいがある。

「このポン酢、すごくおいしい」
「すだちと醤油合わせた」
「手作りなんだ」
「絞るだけだし。旨いだろ」

 豆腐が早々になくなったので、他の具を投入する。椎茸、えのき、春菊、白菜、にんじん、鶏肉。もはやただの鍋。いいんだ、旨ければ。

「あんまり日本酒飲んだことないけど、おいしいね」
「だろ?」

 俺達はいつもビールばかりだし、ちょっと趣きを変えてみるのもよいかと思った。
 日本酒を飲み干す美羽の喉元がそそる。唇が艶めいていて、頬も上気して桃色に染まって。美羽、和の雰囲気、似合うな。ちょっといい発見をした気分。

 辛口ですっきりしているから、くいくい飲んでしまう。そんなに大きい瓶ではなかったのもあるけど、結局二人で一本空けてしまった。
 鍋は最後雑炊にして、綺麗になくなった。
 部屋が暖かいのもあって、美羽はすごく眠そう。

「片づけ……」
「いいよ。そんなにないし、寝てて」
「ん……」

 美羽は酔いが廻ると寝てしまうタイプだ。まさに寝子。

 片づけといっても、空になった鍋と小皿と箸を洗うだけだ。調理道具は食べる前に洗って片づけたから、大した量じゃない。
 夕方に作っておいた肉じゃがの味をみる。よく味がしみていておいしい。夕飯が残らないことを見越して、作っておいてよかった。
 米を研ぎ、炊飯器のタイマーをかける。常備菜もあるし、明日の朝は味噌汁作るだけで充分だ。

 俺が部屋に戻ると、美羽が目を覚ました。

「……ごめん。すごく気持ちよくて、寝ちゃった」
「気持ちよさそうだった」
「翼、片づけありがと」
「たいしたことないし、大丈夫」

 美羽が俺に近づいてくる。両手を床についたまま、四つ足で。本当に猫。

「何?」
「ん……」

 寝起きだからか、なんだか瞳が潤んでいる。白い肌、ほんのり桃色に染まった頬、艶めいた唇。はらりと落ちた横髪をそっと耳に掛ける。綺麗だなと思う。
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