最終的には球体になる

ゆれ

文字の大きさ
11 / 27

11

 
「誰にも言うなよ」
「はい」
「うち姉が三人いるんだけど、やつらに思春期にからかわれて無理っつうか、若干トラウマになってな……」
「それは……」

 思ったより根が深いというか可哀想な感じだった。入谷が悪いわけでもない。唯織は幸か不幸か同性のきょうだいしかいないが、友人などは兄や弟がいるので家の中で薄着したくてもできないと嘆いていた。無頓着なタイプと神経質なタイプがいるらしいけれど、後者は圧倒的に損をする。

「まあ、思ったより気にならないというかあんま見てなかったし、憶えてなかったのかもしれないけど、俺が考えてたのはその前とか後のことで、なんかいろいろ変なこと言ってたなあとか、たぶん、幸せな恋愛してこなかったんだろうな、とか」
「!」

 図星を指されてつい、唯織の足が止まる。草履の底が敷石の上の砂利を踏んでかすかに鳴った。
 反応して首を返した入谷がくちびるだけでごめんと言った。いいえ、ひどいことをしたのはあなたじゃない。そう返したいのに嵐のような羞恥でそんな余裕もなかった。唯織は思わず手を振りほどいて顔を覆った。

「あの朝いつ高頭さんが出てったのかも気づかなかったし、最後がそんな別れ方でいいっていうのも正直びっくりして、あんまり潔すぎてほんとは俺を好きとかじゃなくて一遍寝てみたかっただけだったんじゃねえかと思ってた。で、目的果たして今頃もう、あっさり幸せになってんのかと思ったら腹が立って、さっさと忘れようとしたけど忘れられなくて」

 気が付いたら、実家調べて車乗ってた。

 すこしだけ熱の引いてきた顔を恐る恐る上げると、入谷がゆるりとほほ笑んでいた。きらきらと光が粒になってそこだけ輝いて見える。特別なひと。ずっと、身体が熱に浮かされていたとしてもあの告白に偽りはない。今も、すきですきで仕方ない。
 起きている状態で別れることがどうしても出来ずに、入谷の寝顔を眺めたあと結局ありがとうございましたと書き置きだけ残して去らざるを得なかった。いざとなるとあんなにも惜しがった自分に嫌気がさして、でもおなじだけどこか誇らしかった。

「俺は高頭さんのことが好きなんだと思う」
「――っ……」

 おなじ勘違いをしていたからあの反応か。顧みればなるほどこっちも充分ヤリモクめいていた。何度もかぶりを振る唯織を、優しい目はひたと見据えてつなげる。

「……それで、もし、きみが厭じゃなければ、最初からやり直さないか」
「最初から?」
「ああ」

 つき合い始めるところから。
 願ったり叶ったりの提案に、しかし一も二もなく頷く気になれないのは現在進行形で人目を惹きまくっている入谷の容姿というか存在の所為なのだが、心なしか選択肢がひとつしかないような気がする。「わたしやきもち焼きですよ」と申告してみても、「どうぞ?」と不敵に笑まれただけで済まされてしまった。

 現実的なことを考えると、今日縁談がご破算になってしまって、それで諦める栞奈ではないだろう。仲居としても修業を積まなければならないし、もしまた東京に戻るのなら、まずは彼女を説得しなければ。

(でも)

 好きなものは好きだ。どうしようもない。だからあんな博打に出てしまったのだ、しかも激しく幻滅されて、というほどそもそも好印象もなく、さっと散って終わる筈だった恋。
 唯織がくしゃくしゃに丸めて捨てたそれを入谷は、わざわざ拾って、たいせつに皺を伸ばしてとっておいてくれた。

「入谷さん、変です」
「……マジで高頭さんにいわれたくねーんだけど」

 そんなの初めて言われたし、とくちをへの字にする。子どもみたいに拗ねている。ひとつひとつは些細な変化なのかもしれないが、そこににじむ感情の色に敏感になれるのは肌を重ねたからだろうか。

 春の陽が足元にまつわりつく影の角度をゆっくりと変えていく。明日もまた会えないことの苦しみは、今日会わなければ知らずに済んだのにと思う。潔いなんて言うけれどそれは、自分が置いていく側だったからだと痛感した。今度はこうして、入谷を送り出さなければならない立場で、本当に関係を続けていけるのかという不安よりもまず離れ離れになる寂しさにちぎれそうだった。

 毎日こんな思いをしていたら気が変になる。でもそれを、選び取ろうとしている。すくなくても入谷は。

「だめ?」
 などと可愛いことを言って、首なんて傾げて、大の男が。という発想自体がもうない。だってこれは好きな人といういきものなのだ。

「だめじゃない! です! けど!」
「うお、」

 いきなり、がっしと抱きついてぎゅーっと腕で締めつけた唯織に頭の上から驚いた声が降ってくる。もういっか~では諸々済まない。あの夜じゃないのだ。胸の痛みは解消されたわけではない。

 頭が悪いからどうしていいかわからなかった。入谷が言うなら、それに任せればいいんだろうか。衆人環境で、どこからどう見ても見合い仕様で男性にしがみついている唯織を、如何にも気難しそうな和服を着慣れた感じの女性が非難の眼でじろじろ見て通り過ぎる。羨ましかろう。フンと鼻で笑ってやった。つれの女性はそんな彼女の態度を申し訳なく感じているのか眉を下げている。
 

あなたにおすすめの小説

課長と私のほのぼの婚

藤谷 郁
恋愛
冬美が結婚したのは十も離れた年上男性。 舘林陽一35歳。 仕事はできるが、ちょっと変わった人と噂される彼は他部署の課長さん。 ひょんなことから交際が始まり、5か月後の秋、気がつけば夫婦になっていた。 ※他サイトにも投稿。 ※一部写真は写真ACさまよりお借りしています。

触れられないはずの私が、ただ一人の彼にだけ心も体も許してしまいました

由香
恋愛
男性に触れられると体調を崩す令嬢リリア。 そんな彼女にとって唯一“触れられる”存在は――幼なじみの公爵令息レオンだけだった。 手を取られ、抱き寄せられ、当たり前のように触れられる日々。 それがどれほど特別なことなのか、彼女はまだ知らない。 やがて政略結婚の話が持ち上がり、“触れられない相手との結婚”か、“彼に触れられる人生”かを選ぶことに。 「お前に触れていいのは俺だけだ」 逃げ場のない独占と、甘すぎる溺愛。 これは、触れられないはずの少女が、ただ一人にだけすべてを許していく物語。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

義姉と押し入れに隠れたら、止まれなくなった

くろがねや
恋愛
父の再婚で、義姉ができた。 血は繋がっていない。でも——家族だ。そう言い聞かせながら、涼介はずっと沙耶から距離を取ってきた。 夏休み。田舎への帰省。甥っ子にせがまれて始まったかくれんぼ。急いで飛び込んだ押し入れの中に、先客がいた。 「……涼介くん」 薄い水色の浴衣。下ろした髪。橙色の光に染まった、沙耶の顔。 逃げ場のない暗闇の中で、二人分の体温が混ざり合う。 夜、来て。 その一言が——涼介の、全部を壊した。 甘くて、苦しくて、止まれない。 これは、ある夏の、秘密の話。

優しい雨が降る夜は

葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン 無自覚にモテる地味子に 余裕もなく翻弄されるイケメン 二人の恋は一筋縄ではいかなくて…… 雨降る夜に心に届いた 優しい恋の物語 ⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡ 風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格 雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない

絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。