蛮族嫁婚姻譚その1:魔術師領主と押し付けられた嫁

ぎんげつ

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わけがわからない

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 先の戦いで、“北爪谷ほくそうこくの民”の男たちは皆、“谷”が勝つと思っていた。
 町の男はひょろひょろと細い者ばかりだったし、氏族には怪しい魔術に惑わされるような軟弱なものなんてひとりだっていないからだ。

 けれど、蓋を開けてみたら。

 確かに、ひとりひとりの力なら氏族の男たちのほうが上だった。
 だが、町の男はとても統率が取れていたのだ。
 いかに力自慢の戦士でも、何人もの弓兵やら槍兵やらに囲まれてはたまらない。近づいたら退いて弓を射掛け、少し近付いたら槍で突いて……その繰り返しで苛ついたところに、今度は町の魔術師の作り出すとてつもない火柱やら爆発やらが襲い来る。さらには恐ろしい竜を召喚したり酸の雨を降らせたりと、とてつもない魔法を使っては戦場を思いのままに操って、氏族の男たちをいいように翻弄するのだ。

 戦いのしばらく後、町の男を率いていたのがその魔術師であり、おまけに町の長だと聞いたパルヴィは心底驚いた。
 魔術師というのは、人には理解しがたい“魔術”という怪しい技を操る、得体の知れない者である。普通なら遠く離れた場所で踏ん反り返ったまま、戦場などに出て来ることはない。たいていは人嫌いで偏屈な変わり者で、簡単な魔法ひとつですらもったいぶるものだ。
 ――魔術師が領主で、しかも戦場で町の者を率いて戦っていたなんて、何かの間違いなのではないか。

 ともあれ、その戦いの終わりに、氏族の長だったパルヴィの父は生命を落としてしまった。今頃はきっと、冬と氷を司る女神たる“女王”のもと、永遠に続くオーロラの平原で、歴代の長とともに女王に仕えているのだろう。

 長を継いだ真ん中の兄は、いきり立つ男たちを抑えて今が潮時だと判断した。ここを越えたら氏族が滅ぶまで戦いは終わらないと、そう考えたのだ。

 戦いに秀でた兄がそう判断したことと、戦える男の数は半減していたことで、皆、新たな長の決定にはしぶしぶながらも従った。
 夫や息子を亡くした女は次の冬をどうやって越えるか考えなければならなかったし、重い怪我を負った男が回復するまでも時間が掛かる。
 何より、“女王”の巫子の占いでは“長が次の満月を迎えれば我らの勝ち”だとされていたのに、長が満月を迎えられなかったのだ。氏族には、もう、負けを認めるか皆が死ぬかのどちらかしか残されていなかった。

 もし上の兄が生きていたら、きっと氏族は最後のひとりまで戦うはめになったろう。上の兄は、良くも悪くも父にそっくりだったから。
 正直、そんなことにならなくて良かったと女たちはほっとした。

 だが、問題はこの後だ。
 短い夏は過ぎ、既に秋だ。冬の兆しはすぐそこに見えている。秋はこのまま一瞬で過ぎて、すぐに“女王”が目覚めるだろう。
 なのに、氏族の冬備えは十分と言えない。
 狩りを担う男手も足りない。

 だから、パルヴィは氏族のために町の長へ嫁ぐことを了承したのだ。
 町の長にうまく気に入られれば、氏族のための便宜だって、きっと十分以上にはかってもらえる。
 氏族が無事に冬を越して再び力をつけるために、パルヴィは町の長を十分に誑し込まなくてはならない。
 そのための方策も何もかも、母や姉から教えられたうえでここへ来たのだ。
 氏族の未来はパルヴィの肩にかかっている。


 * * *


 つい今しがた、町の長……イェルハルドに告げられた言葉にしばし呆然として、それから、パルヴィは屈辱と怒りでわなわなと震えだした。
 パルヴィのどこが妻として不足だというのか。
 十二の歳に初潮を迎え、大人と認められてからずっと、いつ嫁いでも良いようにと、母からしっかりと教育されてきたのに。
 確かに腰や胸はまだ薄いかもしれない。だがそんなもの、男に抱かれればすぐにでも育つと姉だって言っていた。
 そもそも、長を務める立場のくせに、女を育てようという気概もないのか。
 これだから、町の男は不甲斐ないのだ。

「でも、でも、私は……」
「君はまず、成人することを考えるんだ。町の風習だってあまり知らないんだろう。“証”のことは心配しなくていい。ぼくがなんとかしよう。
 とりあえず、今日のところは部屋で休むといい」

 それでもなんとか反論を、と口を開くパルヴィを制して、イェルハルドは立ち上がる。そのままこの話はもうこれで打ち切りだと追い立てるようにして、用意されていた部屋へとパルヴィを押し込んだ。

 パタリと閉じた扉を、パルヴィは大きく見開いた目でじっと見つめていた。そのままうずくまるように、パルヴィは座り込んでしまう。
 このままじゃいけない。
 このまま為されるがままにしていたら、パルヴィがイェルハルドの妻になるのは、難しいんじゃないのか。

 考えなきゃいけない。

 悔しさに唇を噛み締めて、それからふと思い出して、パルヴィは顔を上げた。
 部屋の隅に積み上げてあった荷箱を引っ張り出し、母に持たされた嫁入り道具をあれこれと広げ始める。
 パルヴィ自身が嫌々嫁いで来たのだと、決めつけてかかっているあの態度が気に入らないのだ。
 いつ、パルヴィが妻になんかなりたくないと言ったのか。
 なら、絶対に、パルヴィがもう大人であることを、氏族のために進んでここへ来たことを、妻の務めだって問題なく果たせることを証明してみせよう。



 だいたい、魔術師なんていうから、夫になるのはどんな恐ろしげな男なのかと恐々としていたのだ。
 ところが、イェルハルドの見目の印象は案外悪くなかった。

 厚い長衣ローブに隠れてはいるが、氏族じゃめったに見られないような細身の身体はきっと引き締まっているはずだ。
 長く伸ばして背に流した金の髪は太陽のように輝いてるし、青みがかった濃い灰色の目も凪いだ夏の海のように穏やかだ。
 顔立ちだって、氏族の産まれであればきっと“女王”の巫子に選ばれるくらいにはきれいで整っている。

 “魔術師”と言われて想像する、いかにもなおどろおどろしい出で立ちではなかったことに、それどころか、考えていたよりもずっと好ましい容姿だったことに、パルヴィは心底ほっとしていた。

 もっと言ってしまえば、パルヴィの容姿だって悪くない。
 薄い白金の髪は陽光に照らされる雪原に、濃紫の目は夜の帳が下りたばかりの空の色に例えられることも多かった。顔立ちも、雪を割って春一番に咲く花のようだと褒められるほどにはきれいなはずだ。
 身体は確かに細すぎるが、それだってイェルハルド次第だろう。イェルハルドがその気になれば、きっとすぐに母や姉のように育つと決まっている。
 何も問題ないはずだ。

 なのに、パルヴィを見たイェルハルドは何の反応も示さなかった。表情をぴくりとも変えなかった。
 これから自分の妻になる女だというのに、眉ひとつ動かさず、ただ面倒臭いという表情ばかりを浮かべていて……。



 持ち込んだ衣装や装飾品を並べながら、パルヴィはきりりと歯を軋ませる。
 パルヴィが侮られることは、すなわち、“北爪谷の民”が侮られることだ。そんなの、許せるわけがない。
 なんとしても、パルヴィはイェルハルドの本当の妻にならなきゃいけない。
 それも、第一の妻に。

「あった」

 目的のものを見つけて、パルヴィはようやくにんまりと笑った。
 母から贈られたそれは氏族の呪(まじな)い師謹製で、効果は折り紙つきのはずだ。本当は、パルヴィ自身が使えと言われて渡されたものだけど、イェルハルドに使ったっていいだろう。
 絶対、絶対、自分を大人として、妻として認めさせてやる。



 それからの十日間はあっという間に過ぎてしまった。

 ふたりの結婚式の準備は、手が空いた者の総出で行われた。
 パルヴィは“女王”を信仰していて、イェルハルドは知識と魔術の神を信仰していたが、誓いの儀式は地母神の教会で行われることになった。
 地母神は大地と豊穣を司るから、この結婚を祝福する神としてふさわしい。
 教会のあちこちが花で飾られ、花嫁のベールも用意された。
 衣装はパルヴィ自身が持参したものだが、羊毛を織ったのでは作れないベールの薄く繊細な布地に、パルヴィは大きく目を瞠った。
 この薄く美しい布は、いったい家畜何頭分になるのだろう。

 たった十日しか暮らしてないのに、町で見聞きしたものはどれもこれもパルヴィを驚かせてばかりだった。

 まず、人質も同然の立場であるのに、パルヴィがどこへ行こうとイェルハルドが頓着しないことに驚いた。
 ただ、侍女役だと言う女がひとり付くだけで、どこを歩くのも自由だった。

 それに、女兵士だ。
 氏族の女は絶対に剣を持たない。戦いは男の仕事で女の仕事ではないからだ。
 なぜ女が戦うのかとイェルハルドに尋ねたら、「戦いの神は女が戦うことを厭わないから」と返されて、さらに驚いた。
 氷原は“女王”が統べている。“女王”が嫌がるから、戦いに女が出てはいけない……そう、巫子は言っていたのに、ここでは違うのか。

 地母神の教会に預けられた、氏族の娘たちのようすにも驚いた。教会で、彼女たちは読み書きと計算を教えられていたのだ。

 司祭によれば、この町にあるどの神の教会でも、子供たちを集めて文字と計算を教えているらしい。もっと南の大きな町では、少し余裕のある者は皆、文字も読めるし計算もできるのが普通だ。
 だから、読み書き計算が必要なのだと、イェルハルドが決めたという。
 読み書きも計算もできなければ、南から来る商人に騙されることも多くなる。そうなれば、いつまでもこの町は貧しいままだ。

 文字なんて、氏族では堕落の象徴だと言われていた。
 氏族の大切な知識は親から子へ口伝で伝えられるのが普通で、よけいな知恵は身を滅ぼすものだとも語られている。
 連れてこられた四人の娘たちも、最初は文字なんてとんでもないと考えていた。けれど、司祭の話を聞くうちに学んだほうがいいと思えたらしい。
 どうせ、氏族の元には帰れないのだ。巫子の言葉も関係ない。



 翌日は儀式だという日。

 朝が早いからという理由で、いつもより少し早めの夕食となった。
 専門の料理人が作る夕食には、郷では見たことのない料理や食材も多く……見よう見まねで食べながら、パルヴィはやっぱり戸惑うばかりだ。

「わからない」
「何が?」
「――変なことばかりで、わけがわからない」
「ここは町で、君の住んでいたところとは違う。明日が終われば君も落ち着くだろう。それから、いろいろ学ぶといい」

 ぽつりとこぼすパルヴィに、涼しい顔で、イェルハルドが返す。
 そのイェルハルドこそがいちばんわけがわからないと、パルヴィは思う。

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