蛮族嫁婚姻譚その1:魔術師領主と押し付けられた嫁

ぎんげつ

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婚儀の日

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 北の地の秋空は、たいてい灰色の暗い色をしている。重く垂れ込めた雲の色に、冬がそこまで来ていることを感じるのが、常だ。
 なのに、当日は朝からよく晴れていた。珍しいこともあるものだと思う。

「きっと、“女王”がこの結婚を祝福してるのよ」
 パルヴィの顔の紋様を染めながら、ヘルッタがほんのりと笑った。

 花嫁支度は、夜明けとともに集まった女親族の手で行うのが慣例だ。だから、パルヴィの花嫁支度だって郷の母や姉妹に手伝われるはずだった。
 郷の娘は皆、幼いころからそうして手伝いながら自分の嫁入りを待つ。
 花嫁の装い方も祝い模様の描き方も、手伝いを通して覚えながら自分の番を心待ちにするのだ。
 待ちに待った自分の番には、この日までに用意した衣装や染料で飾られながら夫との新たな生活に思いを馳せるというのが、花嫁支度だった。

 けれど今、町にはパルヴィの母も姉妹もいない。かわりに、一緒に連れて来られた四人の娘が手伝っていた。

「結婚、うまくいくかな」
「大丈夫よ、パルヴィはきれいだもの」
「そうよ」

 今日までイェルハルドの子供扱いは崩れなかった。どんなに言っても、イェルハルドは頑なにパルヴィを子供として接してくる。
 こんなので、本当にうまくいくのだろうか。
 うまくいかなかったら、氏族の冬越しすら覚束なくなってしまうのに。

「でも、私のこと、ずっと、子供のくせにって……」
「そんなの結婚したら変わるわよ。姉さんも言ってたわ。どんなにかっこつけてても、男なんて閨の中では可愛いもんだし、皆一緒だって」
「そうなの?」
「そうよ。パルヴィはきれいだもの。パルヴィが迫れば、きっと領主様だってすぐコロッといくに決まってるわ」
 タラーラがくすくす笑った。
 たしか、タラーラの姉は八歳上だ。十四で嫁いで、すぐに子供を四人産んでいる。その姉がそう言っていたならそうなんだろう。
「私も姉さまからもっと聞いておけばよかった」
「パルヴィのお姉さんは、嫁いでまだ二年でしょう? 悪阻と産褥でずっと大変だったって聞いてるし、あまりゆっくり話ができなかったのもしかたないわ」
 こくんと頷くパルヴィの顎を上向かせ、指でちょんと紅を置くと、アイニも満足そうに頷いた。
 額と目の周りは、花嫁の幸せを祝福するための花模様がぐるりと取り囲んでいる。手の甲にも、繁栄を願う紋様が描かれた。爪もきれいに磨いて形を整えた後、薄紅でわずかに色をつけてある。
 そうして飾り立てた全身をすっぽり覆うように頭からベールを被り、額冠とピンで留めて――。

「できた」

 額冠に花を差して最後の仕上げを終えたエリサがほっと息を吐いた。
 母や祖母たち抜きの、まだ若い娘だけでうまく支度が整うか、少しだけ心配だった。けれど、これはなかなかうまくできたのではないだろうか。
 紋様と化粧、それに、衣装の染めと刺繍がひと続きにベールに透けて、パルヴィを神秘的な精霊のような佇まいに見せている。

「今のパルヴィを見たら、きっと領主様だってもう子供扱いなんかしないわ」
「絶対ね。本当にきれいだもの」
 ようやく笑みを浮かべたパルヴィを囲んで、娘たちはくすくす笑いあう。
「私、がんばる」
 気持ちもわずかに上向いた。パルヴィは今夜こそが一番の勝負どころなのだと、顔を引き締めた。


 * * *


「イェルハルド様、パルヴィ様の支度が整いましたよ」
 侍女に連れられて、パルヴィはゆっくりと屋敷のホールへ続く階段を降りた。いつもよりもずっとゆっくり、慎重に、そしてやや俯き加減に歩を進める。
 ああ、とイェルハルドの返事が聞こえて、パルヴィは視線を上げた。階段の下で待つイェルハルドは、魔術師の礼装を纏っているのだろう。いつも着ている長衣(ローブ)よりずっと飾りが多く凝った刺繍を刺されたそれは、イェルハルドによく似合っていた。
 顔を上げたイェルハルドの視線が、パルヴィと交わった。ぱちくりと瞬(まばた)きをした目は驚いたようにわずかに瞠目し、パルヴィをじっと見つめる。
「イェルハルド様、最初に言うべきことがあるのではございませんか?」
 侍女が笑いを含んだ声で、少々咎めるように口を挟む。
「あ、そうだな……なるほど、時間がかかるわけだ」
「パルヴィ様が、そんな言葉を聞きたいと思うんですか」
 さらに咎められて、イェルハルドは、ぐ、と喉が詰まったような呻き声をあげた。しばし考えて……「ずいぶんときれいなんだな」と、ややぶっきらぼうに、ようやくひと言だけ言葉にした。
 くすりと侍女が後ろで笑う気配に、パルヴィもついつられてしまう。
「さて、もう、皆、外で待っている。教会へ向かおう」
 イェルハルドがごほんと咳払いをして、左の肘をぐいと差し出した。きょとんとその肘を見つめたままのパルヴィに気づいて、「ああ」と右手を取る。
「ここに手をかけて。こうしてふたりで教会まで歩いていくのが慣わしだ」
 パルヴィがこくりと頷くと、正面の扉が開かれた。
 とたんに「わあ」と歓声が上がる。

 領主の屋敷の前はちょっとした広場になっている。地母神教会は、この広場を横切った先だ。
 イェルハルドとパルヴィが並んでやっと歩けるほどの道を残して、広場には町の人々がひしめき合っていた。
 皆、ふたりをどうにかひと目見ようとして、押すな押すなの大騒ぎだ。
 誰かが振りまいた花が、ひらひらと空を舞う。
 抜けるような青い空に舞うたくさんの花にしばし見惚れて……緊張に、パルヴィの喉がごくりと鳴った。

「大丈夫か?」

 見たこともないほど大勢の人出に逡巡するパルヴィへ、イェルハルドが小さく声を掛けた。ハッと我に返ったパルヴィが頷くと、イェルハルドは小さく笑ってゆっくりと一歩を踏み出す。その後に続いて、パルヴィも足を踏み出す。

「周りに顔を見せて、笑って手を振って」

 囁かれて、慌てて笑顔で手を振ると、ますます歓声が大きくなった。

「君は歓迎されているよ」

 言われて周りのひとびとを見回せば、たしかに、皆、笑顔を返してくる。皆、パルヴィが領主の妻だと認めてくれているのか。
 イェルハルドに合わせてゆっくりと歩きながら、ちらりと横を見上げた。



 結婚の儀式は、町のものも郷のものも似ているんだな、と思った。
 違うのは、“女王”の巫子の代わりに大地の女神の前で誓うことと、紙に“署名”をすること、ベールを上げて頬に口付けることくらいだろうか。
 署名だけは、文字の書けないパルヴィに手を添えて、教会の見習い司祭だというものが行った。
 自分の名前を文字にするとこうなのか。
 パルヴィが物珍しそうにじっと眺めていると、そのすぐ隣にイェルハルドの名前が並んだ。
「実りを齎(もたら)し、生命を育むお方の聖なる御名において、イェルハルド・ユースダールとパルヴィは夫婦となった。
 ふたりの新たな道行に、大地と豊穣を司る女神の祝福を」
 司祭が金のリボンで束ねた麦穂をかざし、聖なる祈りの言葉を紡いだ。麦穂が揺れる軽い音と、きらきらと光る細かい粒のようなものが降り注ぐ。

 郷であれば、儀式の後は新たな夫婦のために用意された新居へと送り出され、そのまま三日、そこに籠ることになっている。けれど、町では夜を徹した宴が開かれ、ふたりも日暮れまではそこに参加するのが慣わしだ。


 * * *


 慣例どおり、日が暮れて宴も半ばの頃、イェルハルドとパルヴィはそっと祝いの席を辞した。
 そのままふたり一緒に部屋へ向かうのかと思えば、一度身支度を整えた後、改めて寝室で会うのだった。侍女に連れられながら説明されて、なんだかまだるっこしいのだな、と思う。
 けれど、そのほうが都合がいい。
 あれは既に用意してあるし、改めての席でふたりともに飲むのが郷の慣わしだと言えば、きっとイェルハルドは飲んでくれるだろう。

 ――湯浴みをして化粧を落とされて、この日のための夜着を纏い、寝室で夫と会う。そうやって、初夜を済ませれば、晴れて本当の夫婦となる。
 問題は、今のところイェルハルドにパルヴィを抱く気がかけらもないことだが、そのための方策だってある。きっとなんとかなる。



 教えられた扉の先には、既にイェルハルドが待っていた。
 ベッドにゆったりと腰掛けて、手に何か小さな瓶を持っている。

「――イェルハルド」
「パルヴィ」

 パルヴィに気付いて、イェルハルドは手の瓶をベッド横に置かれたテーブルに置いた。そこには、頼んだとおり、パルヴィが用意したものも置かれていた。
 イェルハルドの瓶は気になったが、それよりも……パルヴィは、用意されていた酒瓶を手に取った。

「あの、イェルハルド。これ……」
「これは?」
「この酒をお互いに飲ませ合うのが、郷の慣わしだから……」

 少し緊張しながら、パルヴィは小さな盃に酒を注ぐ。ふんわりと花のような甘い香りが漂い、「花蜜酒か」とイェルハルドが呟いた。
「なら、君の郷の慣わしに従おうか」
 パルヴィに渡された盃を受け取り、イェルハルドは手を差し出す。その手を取ったパルヴィをベッドのすぐ横に座らせて、口元に盃を当てる。
 パルヴィはゆっくりと酒を飲み干して、それから同じように酒を満たした盃をイェルハルドの口元へと運んだ。そのままこくりこくりと飲んでいくイェルハルドに、パルヴィはほっと安堵した。
「さすが、花蜜の酒は甘いね」
 笑うイェルハルドの言葉に、小さく頷きを返す。
 少し気持ちがほぐれたような気がして、これなら……と、考える。

 が。

「ところで、“証”のことだけど、そう見えるものは用意できたから君は心配しなくてもいい。それから、何度も言ってるが、今はまだ早いというだけなんだ、君に不足があるということじゃないよ」

 パルヴィは軽く唇を噛んだ。

 やっぱりそれか。
 やっぱり用意しておいてよかった。

 パルヴィは無言のまま、いきなりイェルハルドに抱きついた。身体を押し付けるようにしてしっかりと腕を回し、力いっぱいイェルハルドの身体にしがみつくと、そのまま押し倒すようにベッドの上へと倒れこむ。
「パルヴィ、やめなさい。離れて」
 ぶんぶんと頭を振り、全身を使ってしがみつくパルヴィに、イェルハルドは小さく溜息を吐いた。
 しかたない、と無理やり引き剥がそうとパルヴィの腕に手を掛けて……それから、もう一度、今度は困惑したように大きく息を吐く。
 その吐息が、熱い。

「え?」

 怪訝そうなイェルハルドの声に、パルヴィの身体からも熱がじわりじわりと湧き上がりつつあることに気づいた。
 パルヴィの口から漏れた吐息を感じてか、イェルハルドの身体がぴくりと震える。さらりとしていたはずのイェルハルドの身体が、今は湿り気を帯びていた。
 布を通して、イェルハルドの熱が伝わってくる。

 忙しなくなった息を吐きながら、パルヴィも抱きついた腕に力を込めた。イェルハルドの顔を見ることはできず、ただ、ひたすらに抱きついている。
「パルヴィ――」
 どうにか押し退けようとするイェルハルドに抵抗する。腕だけでなく、脚も使ってイェルハルドに必死にしがみつき、太もものあたりに何か熱い塊が当たった。
 イェルハルドの身体がびくりと跳ねる。
 一瞬だけ、これはなんだろうと考えて、すぐに、それこそが自分が今一番必要としているものだということに思い至る。
「イェル、ハルド」
 囁いて、その熱い塊を擦るように脚を動かすと、イェルハルドが小さな呻き声を上げた。母と姉に教えられた閨でのあれこれによれば、それに触れて刺激すれば、たいていの男は発情した家畜のように抑えが利かなくなるはずだ。
 それに、今は母に贈られた“蜜酒”だって使っている。花蜜を醸した酒を使った、呪い師謹製の媚薬だ。本当なら、女のはじめての苦痛と不安を取り除くためのものだけど、男に使えば性欲が増すのだ。
 これでイェルハルドがその気にならなければ、彼は女を抱けない男だということになるのではないか。

「パルヴィ、やめるんだ」

 はあはあと息を荒げて、イェルハルドはパルヴィを押しのけようとする。
 けれど、しがみつくパルヴィの脚がそこを擦れば、わずかな呻きを漏らしてイェルハルドの力はすぐに弱まった。
 パルヴィはゆっくりと手を伸ばす。

「イェルハルド、私を、本当の妻にして」

 薄い夜着の下ですっかり勃ち上がったものを柔らかく掴む。

「……く、っ」

 イェルハルドの腰が揺れる。
 ゆっくりと動かすパルヴィの手に、熱と質量が増したように感じた。
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