蛮族嫁婚姻譚その1:魔術師領主と押し付けられた嫁

ぎんげつ

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何度でも教えればいい

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 “証”を確認した“北爪谷の民”の使者たちは、満足そうに戻っていった。
「これで我らの血は繋がった。ここは、もうひとつの“谷”となろう」
 そう、言い残して。

 はあ、とイェルハルドは大きく溜息を吐く。
 ひとつだけ、懸念事項は片付いた。けれど、本意でない手段によって、だ。

 ――魔術師が魔術を行使するにあたっては、己の精神のありようが制御できなくてはいけない。感情、理性、意思……そういうものを制御することができてはじめて、力ある言葉で魔力を従わせ、魔術を思いのままに使うことができる。
 見習いから正式な魔術師となって八年、十分に制御できるようになったはずなのに、昨夜はまったく抑えることができなかった。
 どれほど言い訳をしても、結局、自分が衝動に負けたことに変わりない。まだ十三の子供を相手に盛るなんて、まるで獣のようではないか。
 あんなに偉そうにパルヴィを諭そうとしていたくせに、結果はこれだ。

 もう一度溜息を吐いて、それから、パルヴィは目を覚ましただろうかと二階の寝室のほうへと視線を向ける。
 顔を合わせるのは気が重いが、万が一、媚薬の効果が残っていてはまずいだろう。確認しなければと、のろのろ腰を上げて寝室へ向かった。



「パルヴィ」
 小さくノックをして、そっと扉を開ける。
 声を掛けても返事がないところを見ると、まだ目を覚ましていないのだろう。
 シーツに潜り込むようにして丸まった塊を見て、そばに置かれた椅子に腰を下ろす。深く吐息を漏らして、どうしようかと考える。

 まだ十三なんだから、と考えていた。
 吹き込まれた義務感と責任感だけで、ここに来たのだ。
 だから、結婚は形だけのものにして、ゆくゆくはパルヴィが望むとおりにしてやろうと考えていた。

「ん……」

 もぞもぞと固まりが動いて、シーツの隙間からひょこりと頭が出た。まだ眠いのか、少し寝ぼけているようでもある。

「――パルヴィ」

 呼ばれて振り向いたパルヴィが、イェルハルドを見てふにゃりと笑う。

「旦那様」

 髪はくしゃくしゃなままで、声は掠れている。
 手を伸ばし、髪をかきあげるように頭を撫でると、喉を鳴らす猫のように目を細めてくたりと横になる。

「身体が痛むんじゃないのか?」
「ん……少し、だけ」
「これを飲んでおきなさい」

 用意しておいた、手のひらにすっぽり収まるくらいの小さな瓶を渡す。
 受け取って、不思議そうに瓶を見つめるパルヴィに、つい、笑ってしまう。

「傷治しの薬だよ」
「傷治し?」
「無茶をしてしまったから、結構な傷になってるはずだよ」

 パルヴィの頬がほんのりと赤く染まって、こくりと頷く。小瓶の栓を抜き、くいと飲み干すと、たちまち驚いたように目を見開いた。

「痛くない。ぜんぜん、痛くない」
「それはよかった」

 むくりと起き上がったパルヴィが、のそのそとシーツに巻かれたまま近づいた。身を乗り出すように手を伸ばされ、イェルハルドが慌てて抱きとめると、腕を回してぎゅうっとしがみつく。

「そんなふうに乗り出したら……」
「旦那様」

 顔を上げたパルヴィは、ふにゃふにゃと幸せそうに笑っていた。危ないだろう、と言いかけた言葉が止まってしまう。

「――君はまだ十三で、こんなに幼い」
「旦那様?」

 急に、また何を言い出すのかと、パルヴィは怪訝そうに眉を顰める。もう妻にしたくせに、まだそんなことを言うのかと。
 イェルハルドは、シーツに包んだまま、パルヴィを膝の上に抱え直す。

「望んで来たわけじゃないのに、すまなかった」
「え?」
「本当なら、このまま何年か学びながら過ごした後、君の希望が叶えられるように手配しようと考えていたのに、折ってしまった」
「私の……?」

 イェルハルドの表情と声音に、どきん、と心臓が跳ね上がる。
 まさか、パルヴィを妻にしたことを後悔しているのだろうか。

「それ、どういう……」
「君は、もっといろんなことを知るべきだ。君に用意された選択肢はひとつじゃない。もっと多くの中から選べるんだ」
「わ、私が、妻になったのは、間違いなの?」
「君は、それしか選べないから、ここへ来ただけなんだよ」
「でも、でも、結婚したのに……契りの夜だって……」
「やめることもできる」
「でも、それじゃ、“谷”の皆が」
「心配しなくていい。君との結婚がなくても、約束はきちんと守る」
「でも、私は、イェルハルドの妻になって……儀式だって」
「パルヴィ」

 呼ばれて、びくんと肩が跳ね上がる。
 しがみついた腕に力が込もる。

「無理をしなくていい。何度も言うが、君はまだ十三だ。本来であれば、命令だからといって十以上も離れた男に嫁ぐ必要はなかったんだから」
「私……私は、イェルハルドの妻になるために来て、もう、妻なのに」
「ゆっくり考えればいい。君がどうしたいか、今すぐ決める必要はない」

 パルヴィの腕をそっと外して、ぽんと頭を撫でる。

「さあ、もう少し休んでなさい」

 呆然とするパルヴィをベッドに寝かせて、イェルハルドは部屋を出た。
 パタリと閉じた扉を、パルヴィはただただ見つめるだけで……。

「なんで?」

 ぽつりと呟いてから、どうしよう、と考える。


 * * *


 起き出したパルヴィは、身支度を整えるとすぐ、地母神教会へ向かった。
 昨日の儀式の際に、夫婦のことで夫に相談しづらいことがあったらいつでもいらっしゃいと、司祭が言ったのを思い出したのだ。
 夫婦のことと言うなら、きっと閨のことも含むはずだ。

「パルヴィ!」
「タラーラ」

 教会に預けられている谷の娘タラーラが、パルヴィを見つけて声をかけた。

「もう出歩いたりして、パルヴィったらどうしたの? こっちは三日もこもらないって聞いたけど、本当なのね」
「うん。その……旦那様のことで、話がしたいなって……」
「え?」
「いろいろ、司祭様に訊きたいことがあるの」
「司祭様は、今、病人を診に行ってて不在なの。どうしたの、パルヴィ。何かあったの? 私でも助けになる?」
「ん……」

 タラーラはパルヴィの手を掴むと、建物の陰に引っ張っていった。

「昨夜が契りの夜だったのよね。もしかして、うまくできなかったの? でも、蜜酒はあったんでしょう?」
「それはなんとかなったの。でもね……」

 言い淀むパルヴィにタラーラは少し考えて、「ここじゃなくて、ちゃんとゆっくり話しましょう」と手を引いて宿舎へと向かった。



「それで、旦那様は何かっていうと、私がまだ十三の子供だからって……もしかしたら、私が気に入らないのかもしれないって思って」
「そう」

 しょんぼりと話すパルヴィに、タラーラはじっと眉根を寄せて考える。まさか、妻として娶って契りの夜も済ませておきながら、そんなこと言うなんて。

「確かに、昨夜は蜜酒をたくさん使わなきゃだめだったし……でも、もう蜜酒はないから、今夜から、どうすれば旦那様がその気になるのかわからなくて」
「不能ってわけでもないのよね。母さんが、不能な男は蜜酒を使ってもだめだって言ってたことがあるわ」
「やっぱり胸が足りないのかな。子供みたいな身体ってことかな」
「でも、女は嫁に行って抱かれれば、あっという間に育つのよ。パルヴィの家の女だって、皆そうでしょ? お姉さんも、お嫁に行ったらすぐ胸も腰もたっぷりになってたじゃない。まさか、育った後の女じゃなきゃだめってこと?」
「わかんない。旦那様は魔術師だから、好みが普通と違うのかな」

 ふたりで額を突き合わせて考える。
 パルヴィが気に入らないにしろ、第二夫人を娶るというなら、せめて、息子をひとり産んだ後にしてもらわないと困る。
 第一夫人はパルヴィなのだ。パルヴィの立場がなくなってしまう。

「タラーラ、いる?」

 いきなりバタンと扉が開いて、ヘルッタが飛び込んできた。

「なあに、慌ててどうしたの?」
「パルヴィ来てたの? あ、でも、ちょうどよかったかも! これ見て!」

 ヘルッタが差し出したのは、少し大きめの書物だった。厚さはさほどでもないが、皮の表紙は擦り切れて、ずいぶん人の手を経ているように見える。

「書物? ヘルッタ、字が読めるようになったの?」
「そんなわけないじゃない。でもね、これ、絵が多くて字は少ないの。だから、読めなくても大丈夫みたい。それで、すごいのよ」

 ふふ、と笑ってヘルッタが広げた本には、どう見ても男女が絡み合う図が詳細に描かれていて……。

「これ……」
「ここの図書室にたくさんあったの。大地の女神は豊穣を司ってて、子作りの相談にものってるっていうから、それでかも」

 ぱらぱらと頁をめくっていくと、かなり詳細な絵で閨でのあれこれを説明しているようだった。これなら確かに文字が読めなくても内容は理解できる。
 それに、これには母や姉から聞いてないものもたくさん載っていそうだ。

「パルヴィ、これ持っていったらどう? 司祭様には私が話しておくから」
「そうする!」
「パルヴィ、何かあったの?」

 きょとんとするヘルッタに、実は、とタラーラが掻い摘んで説明した。
 ぽかんと呆気に取られた表情のヘルッタが、呆れて吐息を漏らす。

「要するに、パルヴィのこと妻にしておきながら、子供と侮って手を出そうとしない領主様を、蜜酒なしでどうやってその気にさせるかってことね。
 わかった。他にもいい本がないか、図書室を探しておく」
「ありがとう、助かる」
「パルヴィは、帰ったらそれをよーく見て、使えそうなのを覚えるといいわ」
「うん」

 その気にならないというなら、その気にさせればいいのか、とパルヴィは食い入るように絵を見つめてからぱたりと閉じる。
 この中にすぐにでも試せそうなものがあれば、今夜にでも挑戦しよう。そうだ、蜜酒無しでその気にさせればいいのだ。妻の沽券にかけて。
 気合とともに頷いて、パルヴィはぐっと拳を握り締めた。



 その日、夜まで部屋にこもり、持ち出した書物をじっくり何度も何度も眺めては、今夜はどうやってと考えた。
 衣装箱を漁ってちょうどいいと思えるものを用意して、夜、イェルハルドが寝るのを待って……。
 子供だ子供だというなら、何度だってパルヴィが大人だと教えればいいのだ。閨の中で男に覇気がないなら、女が頑張ればいい。

 準備を済ませ、パルヴィはじっとイェルハルドを待つ。

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