蛮族嫁婚姻譚その1:魔術師領主と押し付けられた嫁

ぎんげつ

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何をすればいいのか

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 うっすらと瞼を透かす光と、ぎゅうと締め付けられる感触に目が覚めた。
 カーテンの隙間から差し込む陽光で、部屋の中はずいぶんと明るい。
 身体を起こして視線を下に向けると、パルヴィが抱き付いて顔を押し付けていた。むにゃむにゃと何かを口の中で呟いて、にへらと笑っている。
 その無防備な顔につられて笑って、それから、またかと小さく嘆息した。
 乱れて縺れたパルヴィの髪を、指でそっと梳く。

「ん……旦那様?」

 パルヴィが薄目を開けてもぐもぐと呟き、シーツに潜り込んだ。
 こうしていると年相応なのに、などと考えてしまう。
 ぺたぺたとあちこちを確かめるように直接手が触れる感触に、夜着を着ずにあのまま寝てしまったのかとも考えて……。

「あっ、パルヴィ、やめろ!」
「でも旦那様、その気になってる」
「ちが、これは違うんだ!」
「でも」
「やめるんだ、もう朝だろう!?」

 慌てて手を引き離してほっと息を吐くと、少し不満げにむくれたパルヴィがもぞもぞとシーツから顔を出した。



 身なりを整えて朝食を取ったところで、ようやく落ち着いた。イェルハルドはパルヴィを連れてリビングへ赴き、暖炉の前に置いた長椅子に並んで座る。
 茶を用意して人払いをしたところで、さて、と言い淀む。改めて話をしようと考えたのだが、何から切り出せばよいのだろうか。
 イェルハルドは、しばしの間パルヴィを見つめる。

「旦那様?」
「その、パルヴィの額の模様には、何か意味があるのか?」

 パルヴィがこくりと頷いた。
 何かとっかかりを、とパルヴィの顔に鮮やかな赤い染料で描かれた紋様へと目をやった。額の中央には二重の円。その両脇に、羽根や翼を単純化したような模様だ。目の下には隈のような線を引いている。
 刺青ではないから、毎朝自分で描いているのだろう。

「丸は重なり合う月なの。外側が主たる月で内側が従たる月。両側は白鷲の両翼で、どっちももう結婚してますっていうこと」
「なるほど」

 ふたつ揃いのものを並べているのかと、続ける言葉を探しつつ考える。
 
「――パルヴィは」

 イェルハルドを見上げて不思議そうに首を傾げるパルヴィに、小さく咳払いをしてどうにか言葉を続ける。

「結婚が、嫌じゃないのか」
「どうして?」
「いきなり勝手もわからない土地に連れて来られて、十以上も離れた見知らぬ男といきなり結婚しろと言われて、君は嫌だと思わなかったのか?」
「結婚するのは決まってたけど、父さまが死んじゃって、“森”の長の第二夫人か“大氷原”の長の息子のどっちがいいかって考えてたのが、宙ぶらりんになっちゃったとこだったの。どうしようって思ってたら、すぐ旦那様のところに決まってよかった」

 にこ、と笑うパルヴィに、イェルハルドの眉が寄る。「それに」と続けて、少し考えて、また、パルヴィは笑った。

「魔術師って聞いてたから、最初はちょっと怖かったの。
 けど、旦那様の見た目は怖くなかったし、竜も呼べるすごい魔術師で強いって聞いたし、だから嫌じゃないよ」
「そうじゃなくて……まさか、君はぼくを好きだとでも言うのか?」

 パルヴィはいったい何をとでも言わんばかりの表情で、渋面のイェルハルドをきょとんと見つめる。

「だって、旦那様だし。嫌な旦那様じゃないのに、なんで嫌いになるの?
 ――旦那様は、やっぱり私が気に入らない?」

 不安げにきゅっと口を引き結ぶパルヴィに、イェルハルドは少し慌てて「いや、違う」と手を振った。

「君を気に入らないということはない。
 ただ……初対面で歳も離れていて、しかも君からすれば敵であった町の長だ。ぼくを好きになる理由がないだろう?」
「でも、戦いの後、手を結ぶために勝った長に娘を嫁がせることはよくあるし、それでおさめようって兄さま……長が決めたことだから。
 それに、旦那様は乱暴するような嫌な旦那様じゃないから、嫌いじゃない。どっちかっていうと、好き」
「そうか」

 その好きは何か違うんじゃないかと、イェルハルドは軽く吐息を漏らす。けれど、その“違い”をどう説明すればいいのかはさっぱりだ。

「あの……じゃあ、旦那様は、私のこと嫌いなの?」
「いや、嫌いではない。けど……正直、困っている」
「困ってるの?」

 なんと答えたものかと、イェルハルドは視線を泳がせる。
 パルヴィの眉尻が下がり、スカートを握り締める。

「ひとつめは、君の年齢だ。ぼくの常識ではどうしても、君はまだ子供だと思えてしまう。せめてもう少し身体ができてからでないと……」
「でも、もう儀式をして契りも終えたんだから、私は旦那様の妻だもん」

 眉間に縦皺を寄せて、パルヴィは上目遣いにじっと見上げる。

「わかってる。それと、子供のことだ」
「うん。早く息子を産まないとね」

 少しだけほっと息を吐くパルヴィに対して、イェルハルドはまた嘆息した。

「そうじゃない。確かに結婚はしたが、君は子供を産むには若すぎる年齢だ」
「そんなことないよ。姉さまだって、私と同じ歳でお嫁に行って翌年にはちゃんと息子を産んだもの。だから、私も大丈夫。ちゃんとたくさん産むからね」
「大丈夫じゃない。それはたまたま大丈夫だっただけだ」
「でも」
「この町にだって、出産で生命を落とすひとがそれなりにいる。都では十八を過ぎてからの出産が奨励されているし、身体がきちんと出来上がるのは、最低でも十六を超えてからだと言われているんだ。
 根拠のない“大丈夫”で、危険を冒すわけにいかない」
「そんな、危ないことなんて……」
「いや。出産は魔術でも神術でもどうにもならない分野だ。癒しに長けた太陽神の高神官がついていたって死ぬときは死ぬ。今すぐ子供を産まなければ死んでしまうわけじゃないんだから、もう少し後にしよう」
「でも……それじゃ、私、何をしたらいいの?」
「え?」

 大きく目を見開いて呆然とするパルヴィに、イェルハルドは「何を?」と首を傾げる。何をと言われても、他にいくらでもやりたいことをやればいい。

「この家に家畜はいないし、家事はお手伝いさんが全部やっちゃうんだよ。羊がいないと糸紡ぎだってできないし、糸がなきゃ機織だって編物だってできないもの。女の仕事で残ってるのは、もう、子供を産んで育てることだけなのに、私、何したらいいの?」
「パルヴィ」
「それに、結婚して何年も子供を産まない女は役立たずだし、そうしたら、旦那様だって次の妻を娶るんでしょう? それに息子を産んでやっと一人前なのに、私、いつになれば一人前になれるの?」

 あ、とイェルハルドは小さく声を漏らす。
 そうか、習慣の違いかと。

「パルヴィ、ぼくは君を役立たずなんて言わないし、その、妻を何人も娶るつもりもない。パルヴィひとりだけで終わりだ。だから、そこは心配しなくていい」
「でも、でも」
「少し後にしようと言ってるだけだよ。ずっといらないわけじゃない。君の身体がもう少し育って大きくなったらにしよう」
「でも、女は夫に抱かれて育つのに、私、ずっとこのままになっちゃう……」
「――は?」

 いつまでも育たないし、息子も産めないのかと、ぐすぐす泣き出すパルヴィに、今度はイェルハルドが絶句する。
 どうしたものかとしばし考えて……。

「心配しなくても、ちゃんと育つから大丈夫だ」
「だって、そんなの……」
「この町の女性は皆、十六を過ぎてから結婚する。遅いひとは二十を過ぎてからだ。今だって君より年上で未婚の女性はたくさんいるけど、皆、ちゃんと育っているだろう? 歳とともにちゃんと成長するから心配ない。だから、先に成長してから子供を産めばいいんだよ」
「旦那様は私が嫌い? 嫌いだからすぐ子供を作りたくないの?」
「そんなことはない」

 潤んだ目でじっと見つめるパルヴィを見返して、冷や汗が背を伝う。

「君のことは……嫌いではないし、かわいいと思う」
「本当?」

 とたんにぱあっと顔を輝かせるパルヴィの頭をそっと撫でて、イェルハルドも少し表情を緩めた。

「本当だよ。けれど、少し……いや、考え方もずいぶんと違うし、まずはお互いの違いをよく知ったほうがいいと思うんだ」
「違い?」
「そう。君が知っている常識とぼくが知っている常識はかなり違うだろう?」

 たしかに、とパルヴィも頷く。
 イェルハルドが“常識”だということの半分はパルヴィには納得のいかないことで、戸惑うばかりだったから。

「だから……そうだな。時間を取るから、毎日君たちのことを……氏族のいろいろな決まりごとや習慣や、生活のことを聞かせてほしい。ぼくは、この町の決まりごとや習慣について話そう」
「旦那様のことも、教えてくれる?」
「ああ。だから、パルヴィのことも教えてくれ」
「うん」

 頷いて、ぎゅっと抱き付くパルヴィの背を、イェルハルドが優しく撫でる。

「……羊毛はないけど、毛糸や糸は買えるから、後で買いに行こうか。織り機はさすがにすぐには無理だけれど、なんとか用意しよう。
 それに、羊は難しいけど、犬なら飼えるよ。後で心当たりを聞いてみようか。その代わり、犬の世話は君が全部見なきゃならないけどね」

 こくこく何度も頷きながら、パルヴィが「旦那様、大好き」とさらに力を込めてしがみつく。イェルハルドは、パルヴィはやっぱり猫のようだと考えながら、ゆっくりと背中を撫でた。


 * * *


「じゃあ、子供はもう少し先にってことになったの?」
「うん。抱かれなくてもちゃんと育つから、育ってからにしようってなったの」
「ふうん」



 あの後、イェルハルドはさっそくパルヴィを連れて、猟師や牧場を訪ねた。
 ちょうど秋が深まって冬の迫る時期でもあり、早生まれの仔犬もちらほらといて……そこで、灰色の、身体の大きな仔犬を一頭譲り受けた。
 何代か前に狼の血も混じってるという犬は、主人にはよく懐いても他人にはそうそう懐かないから、護衛にも最適らしい。
 産まれてひと月を過ぎたばかりだが、パルヴィの腕ほどもありそうな太い脚で、元気に後を付いて歩いた。

 今日も、パルヴィの後を追って一緒に教会を訪ねているところだ。
 ヘルッタに転がされてお腹を擽られながらパタパタと尻尾を振る仔犬の頭を、パルヴィがわしわしと撫で回す。



「で、代わりにこの犬?」
「そうなの。旦那様の護衛ができるように、強い犬に育てるんだ」
「賢そうだし、大きくなりそうだからちょうどいいね。じゃあ、“谷”の犬みたいに訓練するの?」
「そのつもり。私じゃ狩りに連れていけないけど、追跡とかの訓練はなんとかできないかなあって思ってる」

 鼻先を指で撫でて、体格や四肢を確かめるように触って、ヘルッタがにっこりと笑った。

「この犬なら、どうにかなるんじゃないかな。うちの父さんが、前に犬を訓練してたでしょ? 私も少しは手伝って覚えてるから、わからないことがあったら来て」
「うん。あ、それとね、旦那様が、なるべく皆が里帰りできるよう、手配するって言ってたんだ」
「里帰り?」
「そう。帰りたい時に“谷”に帰れるのが普通なんだって、旦那様が言うの。
 でも、追い出されて戻って来たって思われるのはまずいから、そうならないように、まずは“谷”の長と話をするって」
「帰って、いいんだ……」

 ヘルッタがぽかんと口を開ける。
 負けた代わりに引き渡されたのだから、もう“谷”には帰れないし、家族に会うこともできないと諦めていたのだ。
 うっかり帰して、戻ってこないことだって多いのだから。

「旦那様がそう言ってたの。いくらなんでも、ずっと家族と会えないのはおかしいし、なんとかするって」
「皆、喜ぶね」
「うん」

 犬を撫で回しながら、くすくすとふたりで笑う。
 変な決まりごとが多いし、魔術は相変わらず得体が知れなくて怖いけれど、イェルハルドは悪い人間ではないし、町もそう悪い場所ではなかったなと考えて。
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